第14話 スタートライン
「一応確認なんだが、お前の魔法は動物でも植物でも関係なく石にできる。……で、あっているか?」
「はい。あっています」
修練場から場所は変わって自分の部屋。
窓枠から差し込む日光が照らし出す机の上に、俺はチェスのコマを並べながらメルサに聞いた。
「私の魔法は目に入ったものを石にします。その時、対象は関係ありません」
「だろうな」
俺は彼女に適当な相槌を打ちながらコマを並べ終えた。
ちなみに彼女たち蛇の魔族は、完全なる石化耐性持ち。
自分の魔眼でも、同族の魔眼でも石にならない。ここら辺はメルサがラスボスとして君臨した時に、ゲームが詰まないようにという開発陣の配慮だろう。彼女と戦う時は、必ず彼女の妹である『アルナ』とともに戦う。
その妹は、何があってもメルサの魔眼で石にならないのだ。
とはいっても、パーティーで戦うゲームなんだから多対1が塞がれたらキツイのは言うまでもない。
「さて、メルサ。俺はいま机の上にチェスのコマを並べたんだが……分かるか?」
「えぇ、はい。分かります。分かりますが……」
少しだけ歯切れが悪くメルサが答えると、顔を上げて目隠しで俺を見た。
「さっきの鳥と比べたら、かなり見えづらいです」
「木だからか?」
「熱があるものや、動いているものの方が捉えやすいんです」
淡々とメルサが続けるが、その内容に俺は納得。
というのも、テレビで見た蛇の生態と一緒だったからだ。蛇にはピット器官という獲物を捉えるために発達した器官がある。彼女たち蛇の魔族にも同じようなものがあると考えるのが妥当だろう。
「じゃあ、これで分かりやすくなるか」
俺はキングのコマを机の上から取り上げると、ぎゅっと手のひらで包み込む。
「そういえばメルサはチェスをやったことはあるか?」
「いえ、全く……。ご主人さまは?」
「昔な」
何を隠そう『蒼天に坐せ』のミニゲームに、チェスがある。
NPCと対戦し勝ったら回復アイテムがもらえるソロモードと、全国のプレイヤーと対戦できるマルチモードの2つがあった。
俺はと言うとNPCに勝ち続けたらもらえる『チェスの名人』というアイテムを回収するためにルールを覚えたくらいである。マルチモードは熟練者にボコボコにされたので秒でやめたが。
なんて、懐かしいことを思い出しながら握っていたキングを手放して、机の上に置く。
そうしてメルサの目隠しに手をかけた。
「俺がさっき握っていたコマは分かるな?」
「ええ、とても分かりやすくなりました」
「それだけを石化しろ」
俺はそう言ってから、彼女の目隠しを外した。
その瞬間、俺は面白いものを見た。
まず最初に石化したのは、ずっと握っていたキング。木で作られたそれが、石へと変化していく。次に変わったのは、机の上に並べてあったポーンたちだった。8個、乱雑に置かれたそれが石になると……最後に石になったのは、他のコマたちだった。
順繰りに石になっていくコマたちを前に、その理由を考えようと思考を動かした瞬間。
「いま惜しくなかったですか!?」
ばっ! と、こっちを振り向いたメルサによって俺は石になった。
目を覚ましたら、メルサが解呪薬のビンを手にして頭を深く下げていた。
「…………大変、申し訳ありません」
ぱきぱきと、自分の周りの石化が剥がれていくのを感じながら、俺は静かに返した。
「……良い。舞い上がった時に我を忘れるのはよくあることだ」
俺はそう返して、コマを並べた机の上を見る。
そこには石になったコマたちが、俺が置いたままに置かれていたが……やはり、というべきか。彼女の視界に入っていたはずの机や、窓ガラスは石になっていなかった。
魔法にとって大切なのは目的意識。
そのことの確度が高くなったところで、俺はメルサにそうと気づかせるべく話を振った。
「さっきの石化……コマが順番に石化していることに気がついたか?」
「は、はい! あれはご主人さまが持っていたコマだけを石にするように強く願ったのです。そうしたら、真っ先にコマが石になって……しかし、気を緩めたら他のコマも石になってしまって……。し、しかも、舞い上がってご主人さままで石にしてしまって……」
魔法の成長に気づかせるためだったのに、一人で語りながらどんどんと気落ちしていくメルサ。
これメンタルが悪い方に入っちゃってない?
俺も入院したばかりのころに同じことをやったことがある。
「……そう気を落とすな」
「わ、私は、いつもこうなのです。少し良いことがあって油断したら、全部台無しにしてしまうんです……。小さい頃に、両親から誕生日だからと買ってもらった人形を舞い上がって橋から落としてしまったりとか……」
そういって、どんどん縮こまっていくメルサ。
すごい。どんどんバッド入っている。
こういう時に下手な慰めは無駄になるので、俺は淡々と続けた。
「……俺の許可無く感傷に浸るな。事実だけを受け入れろ。良いか、コマは順番に石化したな? その時のテーブルはどうなっていた」
「テーブル……? あっ」
言われた通りに彼女はテーブルを振り向くと、小さく声をあげた。
「石化してない……?」
「そうだ」
短く、頷く。
「石にしたい対象を強く選べば、他のものを巻き込まないのだ。つい先ほど鳥を狙ったときも同じことが起きていたな」
「そう……だったのですか?」
「ああ」
「気づきませんでした……」
メルサは意外そうに小さく呟く。
それも仕方ないことだろう。
普通に過ごしていて、視界に入る風景に意識を飛ばす人間はそういない。
だから、彼女は自分の能力が屋敷に発動しなかったことに気が付かなかったとしてもおかしくない。
「目的意識だ。石にする対象を強く念じろ」
「はい……!」
こくり、とメルサが頷く。
その顔は少しだけ上気していて、
「ご主人さま。次の練習をお願いします」
「その意気だ」
俺はそう返すと、手でキングを握った。
何かを掴み始めた瞬間が練習する中で一番楽しいのだ。
それはゲームも、勉強も、スポーツも、そして魔法だって変わらない。
俺は握っていたキングを手放すと、先ほどと同じようにテーブルの上に置いた。
「これでどうだ?」
「……やってみます」
メルサはパチリと止めていた目隠しを外す。
ひゅう、と短く息を吐き出しながら彼女はゆっくりと視線を上げていく。
その視線の動きに釣られるように、キングのコマがびくりと動いた。
見ればキングの上の方からゆっくりと石になっている。
「すごいぞ、メルサ!」
明らかにこれまでと違う石化の反応。
その上達速度に感激して、思わずそんな声を上げてしまう。
「話しかけないで! 集中が途切れます!」
「す、すまん……」
上げたらメルサに怒られてしまった。
そんな大きな声で言わなくても……。
しかし、怒られたかいもあってキングのコマだけがゆっくりと石になっていく。
果たして、これで成功するのか――そう注目していたら、キングのコマが音もなく完全に石になった。石になって、その場に鎮座していた。
一瞬、メルサが息をのんだ。俺も、注視する。
「……できた」
初めてそう言ったのは、メルサだった。
その声には明らかに嬉しさが染み出しており、思わずそんな彼女に声をかけようとしたら、ばっ! と勢いよく彼女が俺に飛び込んできた。
それを慌てて抱きとめた瞬間に、彼女が視線を持ち上げた。
「できましたよ! ご主人さま!」
その顔に広がる一面の笑みと、透き通るような黄金の瞳に目が奪われて、
「おい、これ二度目……」
全てを言い切らないうちに、俺は再び石化した。




