第01話 悪役転生
もう歩けません、と言われたときのことを今でも忘れることができない。
高3の10月。受験を控えていた俺が塾から帰っていたときのこと。
横断歩道を渡っていた俺は、赤信号を無視した車に轢かれた。
激しい痛みと衝撃で気を失い、目覚めた後に待っていた色々な検査の末に医者から言われたのがそれだった。
脊椎損傷による下半身不随。
名前をつけるなら、多分これになるんだろう。
一生をかけて付き合っていかないといけないのに、医者の先生からはやけにあっさり言われた気がして、俺はクラクラした。悪い夢でも見ているような気がした。
事故のおかげで、受験勉強からは早々に解放された。
その代わり、つらいリハビリが待っていた。
下半身が動かなくても、上半身は動く。
だから、上半身を動かすリハビリが待っていた。
そんな中での唯一の楽しみは、ゲームだった。
流石にパソコンとか、据え置き機は病室に持ち込めないから携帯ゲーム機だけだが、それでもゲームは俺に足をくれた。
リハビリ以外の起きている時間の全てでゲームをした。
将来はゲームプログラマーにでもなろうか。無くなった大学受験の代わりに専門学校に行くことを考えると、そんなことすら思ってしまうほどに。
「……ゲームしてぇ」
足が動かなくなってから3️ヶ月。
退院した俺を待っていたのは、流行り病による高熱だった。
ようやくリハビリから解放されたのに、これだ。
家に引きこもってずっとゲームをしていたのだが、久しぶりに学校にいったらこれである。どうやら入院生活で免疫がすっかり落ちてしまっていたらしい。
両親が俺のために買ってくれたゲームの数々に視線をやると、脇に挟んだ体温計がぴぴぴ、と音を鳴らした。
表示された体温を見ると『41.8℃』。
「……運悪すぎだろ」
体調が悪けりゃ運も悪い。
寝ながら体温計をケースにしまい込むと、深くため息をつく。
42℃を過ぎたら人は死ぬらしい。
そんな話を思い出して少し怖くなりながら、
「どうせ死ぬなら、ゲームの中に行きてぇなぁ」
その怖さを振り払うように、そう呟いた。
転生するならどこが良いだろう。
死にゲーは嫌だし、パズルゲーとかは転生したってすることが無さそうだ。
やっぱりストーリー重視のRPGとか、恋愛ゲーとかかな。
でも、恋愛ゲーって主人公に転生しなきゃ楽しく無さそうだしな。
「…………」
上半身は悪寒と熱で体調悪いことが分かるのに、動かなくなってしまった下半身からは何も伝わってこなくて気持ち悪い。
そんな気持ち悪さから逃れるために目をつむる。
目を瞑ってから、少しだけ思考を深めた。
どの世界なら楽しいだろうか……と、そんなことを考えていると段々と眠たくなってきて。
気がつけば、そのまま意識を失った。
ふと、誰かが自分の手を触っている気がして目を覚ました。
部屋に誰か来たのか? でも、家族だったら俺の部屋に入る前にノックくらいはする。
そんなことを考えていると、ベッドの端から急に声が聞こえた。
「当主様! 坊っちゃんが! 坊っちゃんの脈が戻ってきました!!」
当主様? 坊っちゃん?
普通に生きていればまず聞くことのない言葉に、思わず意識が引っ張られる。
もしかして開きっぱなしのスマホで、変な動画でも踏んだのだろうか。
目を開く。
開いた瞬間、飛び込んできたのは見たことがない部屋だった。
……どこだ? ここ。
さっきまでいた自分の部屋と全く違う場所に戸惑いながら、身体を起こそうとベッドに手をついて……気がついた。
「……あれ?」
下半身に、感覚がある。
もしやと思って足に力を入れてみると、足が動いた。
布団ごしに、もぞり……と自分の足が動いたのだ。
「動いた……!?」
もしかしてと思って布団を剥ぐと、目に入ったのはでっぷりと太った腹と、黄金の刺繍が入った赤いパジャマ。まるで、貴族みたいだ。
しかし、今はそんなことはどうだって良い。
恐る恐る足に力を入れてみると、ぴくり、と指が動く。
そのままベッドから足を下ろすと、ひやりとした床の感触が伝わってきた。
そして、そのまま全身を持ち上げた。
「……立てる」
立てる。立てた。
両足で立てた。
「治った……?」
一歩だけ、足を前に出す。
俺の足は、俺の思ったとおりに前に出て埃ひとつないタイルを踏んだ。
やっぱり冷たい。
だけど、冷たいのが分かる。地面が硬いことが分かる。
足に、感覚が戻ってきている……!
「治った! 治った! 俺の足が、治ってる!!」
思わず叫んでから、部屋の机を中心としてぐるりと2周走った。
身体は重たかったが、それでも走れる嬉しさが上回った。
「走れる! ははっ、足が動くッ!」
だけど、2周で体力の限界が来て思わず足をその場で止めた。
しかし、足が動く嬉しさにたまらずその場でぴょんと跳ねた。
跳ねた瞬間、金の髪が視界に入った。
「うぇ……!?」
金髪……?
両親ともに日本人の俺は、当たり前というか生まれ持った髪は黒。
大学に受かってもいないので、金に染めた思い出もない。
なのに、指でつまんで無理やり目の前に持ってきた俺の目に映ったのは黄金のような金の髪。
「どうなってんだ……?」
金髪を手放すと、俺は改めて自分の身体を見直した。
動く両足。その両足が生えている豚のように丸々と太った身体。
高級そうな赤い布地と、金の刺繍のされた服。
「…………?」
足が治った衝撃でこれまで無視していたものを改めて見つめ直す。
絵画の描かれた天井。
大理石っぽいタイルの敷き詰められた床。
気品の漂うテーブルと、椅子。
「…………どういう状況?」
まず、口をついて出たのはそれ。
明らかに今の今までいた場所と違う状況を、しばらく飲み込めず……俺はきょろきょろと周りを見直してから、ふと気がついた。
「そうだ! 鏡だ。鏡!」
自分を見れば分かるだろうと思って、俺はテーブルの上に置かれていた手鏡を手に取った。鏡面が下に向けられていたそれをひっくり返した瞬間、俺の目の飛び込んできたのは金髪碧眼のデブだった。
「…………」
どこかで見覚えのある顔に、少しだけ誰かを考えて……はっと気がついた。
「……ウィルだ」
ウィル。
ウィルム・ロズマリア。
俺が入院生活中にやり込んだゲームの中でも、珍しく何周もしたアクションRPG『蒼天に坐せ』に登場するキャラクター。
ヒロインごとにシナリオが分岐するゲームで、分岐する前のチュートリアルで死んでしまう敵キャラ。
「なんで、俺がウィルになってるんだ……?」
そのウィルに、なっていた。