大判焼き屋の三郎さん 後編
次の日の朝早く、おばけ柳の井戸の回りで女性達が、水をくんでいると、朝市帰りの紅葉さんがやって来ました。
「あら紅葉さん、お盆ぶりどうしたのこんなところで」
お盆には、毎年、墓参りの帰りに団子屋で団子を買ってくれる、すみさんがそう言うと、少しハッとした顔をしたと思ったら……。
「また、誰かを追いかけまわしに、やって来たのかい?」
すみさんは、顔馴染のお客さんなので、紅葉さんの話をいろいろ知っています。こうなると相手を、しにくいお客ですが、まぁ客商売と言う事で紅葉さんも、特に怒ったりは致しませんでした。
「いや、ここの家主の坂上さんに三郎さんを――」
「三郎さんを追いかけまわしにやって来たのかい!?」
「うんまぁ、それは違うが、あんたの事を追いかけまわしてもいいんだぜ」
紅葉さんも、客商売ですが、紅葉さんなので忍耐力はあまりありませんでした。
「あらやだ、怖い、怖い、冗談もこれくらいにしょうかね」
そうすみさんは、言うと一番奥の部屋を指さし、「三郎さんならあそこの部屋だよ」と、教えてくれます。
「ありがとよ!」
そう言って一番奥の部屋の引き戸をガラッと横に開けると、二十歳そこそこの娘さんが、釜の前でに立っていました。
「天女……」と一言、紅葉さんは、つぶやくと慌てて扉を閉めました。
慌てて、息をすう――はぁ――と整えていると、三郎さん家の引き戸がガラガラっと開き天女……、では無く町娘が引き戸から顔を覗かせます。
紅葉さんは、ありったけの社交性を前面に出し、挨拶をするのです。
「おれは歳月和尚の寺の下で、団子を焼いている紅葉と言うが、三郎さんの事をここの家主の坂上さんに頼まれて来たんだが……」
「あぁ!貴方が紅葉さんなんですね。大家さんから話は、聞きました。三郎の娘の薫です。父はあいにく井戸手前の坂上さんの家に行っていて留守なのですが、父の事よろしくお願いします」
「あぁまぁ、出来る事はやってみる、じゃ――また来る」
そう言って足早に立ち去ろうとします。
「いってらしゃい」
薫は、そう言うと小さく手をふった。紅葉は、こうやって毎日家から送り出されるのもいいかもしれない……。そう思いながら、坂上さんの玄関の手前で、四十は越えた頑固そうな男が立っていました。
「あんた薫さんの父親か?」
「ああそうだが、お前は誰だ?」
「俺は紅葉だ、坂上さんに、あんたの事を頼まれて来た」
「なんで、お前それを早くいわねぇんだ? そんでなんで薫の……ちょっと待ってろ」
彼は一旦考え込んだのちに、そう言うと三郎さんは、箪笥の中から一枚の服を取り出し、薫さんに、「これ隣町の磯部さんの所へ返しに行ってくれ」と頼みます。
「えっ? おとっさんこれはいつでもいいってさっき」
「いつでも、いいから今でもいいんだよ」と言って無理やり薫さんを、用事に行かせました。
「では、いってきます」
「あぁ」「あぁ、さっさと行け、行け」と、なおも薫さんを追い立てます。
「どうしたんだ、薫さんのお父さん?」と、紅葉さんが言うと「お前が、俺の事をお父さんと言うな!」と怒られてしまいました……。
「じゃ……あずきを、作るかと言って」紅葉さんは、朝市で買ったあずきを、三郎さんに手渡しました。
「何だこりゃ? うちで、買ってるあずきと同じ位の値段じゃねぇか」
「いいから、それで餡子を作って貰う。しかし俺の言う通りにだ」
「だが、よう」
「一度だけだ、それで終わる。逆に言うと一度しか言わんそれで、覚えてくれ」
そう言う紅葉さん、1つ1つの工程に口うるさく言うのです。ですが、その1つ1つにちゃんとした理由を言うので、いつしか三郎さんも黙って紅葉さんに話を、聞き、質問をし理解するのでした。
「出来た」そう言った。三郎さんの前には、いつもより少し美味しそうな、餡子が出来上がりました。それをさじで2つのお椀によそい。違うさじを出し食べました。
三郎さんは思ずくぅ――――ぅ!と、声をあげ、「俺は悔しい。お前みたいな若造に、長年餡子を作って来た俺は教えをこうのが! そしてうまいと感じてしまうのが悔しくてならねぇんだ! でもよ、これであの店に勝てるんならそんなもんへでもねぇ! お前にわかるか? 若造!」
紅葉さんは、それに「わかる」と、一言答えました。 「へっ、そんな口下手な事じゃ――うちの薫はやれねぇな――」と言うと、「薫さんとの事に何で父親が、関係あるんだ?」と言い。
三郎さんは、まぁ……そうかもな?と思いましたが、そんな口下手な事で大丈夫かよ?とも思いました。しかし、そんな事を思いもよらない紅葉さんは、朝市で買ったあずきの事や、作り方について口が酸っぱくなくまで三郎さんに言うのでした。
そのおかげで、祭りに店を出しに行く用意を大急ぎでする羽目になりました。その横で座って居た紅葉さんに、「ありがとうな」とだけ言うと二人で一緒に長屋を出ました。
そしていつまでも付いてくる紅葉さんに、「なんでついて来るんだよ」と言うと紅葉さんは、「お前の商売敵を見に」と言うので、「それなら長屋から出た時点で言えよ!」と、また怒りだしました。
お祭りに着くと、化け猫が来ていて「もう! 遅いですよ、待ちくたびれました――」と子供の恰好で言うので、三郎さんが怪訝な顔で「お前の子どもか?」と聞くので――。
「紅葉さんにお世話になっています化け猫です」と、口下手な紅葉さんの代わりにちゃんと返事をするのでした。
「なるほど」
三郎さんも、紅葉さんが化け猫を追い回したと言う話は聞いているので納得します。3人で、三郎さんの屋台を一緒に作ると、神社に行く人々の列がどこまでも続く様になりました。
皆、晴れ着をきて、それぞれの町人は自分の晴れの日の祭りの為に皆すくない賃金をためて、今日やその日をわらって過ごしているのです。
明日になればまた辛い仕事が待っているかもしれない、なんて事を考える人はここには居なくて、楽しむ為のここにいました。
でも、例外は居るもので、紅葉さんと三郎さんは、この祭りをその名前の通り、紅葉の様に彩る為にいるのでした。そしてそんな人たちの中に、商売敵の大判焼き屋を見つけます。
紅葉さんは、そこへ行って大判焼きを2つ買いました。
1つを3つに割り、食べた紅葉さんは、ゔ――んとうなります。
「どうです? 美味しいでしょう?」
その声に振り返ると、商売敵の亭主が後ろにいました。お店の方を見てみると弟子が、お店を回している様です。
「ああ、これはうまい、特に小豆が違う」そう言う紅葉さんに、男は笑いかけます。
「貴方にそう言って貰えるとうれしいです。実は貴方のお店も見に行って食べた事があります。貴方には噂がいろいろありますが、貴方の団子はどれも旨い。私も今の貴方と同じ様に唸りそして考えて、小豆がうまいと言う事で有名な、私の故郷の小豆を取り寄せる事にしたのです」
「そうか、でも、俺の団子の方がそれでも旨いがな!」紅葉さんはそう言うので、商売敵の店の主人は少し笑って頭を下げて、自分の店に帰って行きました。
「あぁ……せっかく、紅葉さんが、教えてくれたの」にと言って三郎さんは唸りました。紅葉さんは、残りの1つを懐にいれて言いました。
「あの男が、言ってたじゃねぇか」
「なんて言ったのですか!?」
「故郷の小豆を取り寄せたって」
「私の故郷は、そこまでうまい小豆は……」そう言うと、団子屋の紅葉さんを見ました。
「なんかわかりそうか?」
「うまく行くかどうか、わかりませんがやってもます」
「ちゃんと、うまく出来たらお前の長屋に、食べに行くから」と、紅葉さんは言うので……「薫は、小料理屋で住み込みですよ」と言う三郎さんの言葉に。
「じゃ……小料理屋で食べるか……」って考え込みながら紅葉さんは答えたのでした。
「何言ってるんですか? 紅葉さん小料理屋で持ち込みなんて駄目に決まっているじゃないですか!?」と言う、化け猫の声にみんなで笑ったのでした。
それからどれ位過ぎたでしょう。
三郎さんは苦労に苦労を重ね、お芋を使った、誰にも負けない芋餡を作りだし、行列のでる大判焼き屋になりましたとさ。
おしまい
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またどこかで~