大判焼き屋の三郎さん 前編
三題噺:三つ葉、家主、 夜店
収穫の秋、食欲の秋は、今回はそんな話でございます。
むかし、むかしあるところにお祭りや、夜店で大判焼き屋の屋台を出している。三郎さんがおりました。
三郎さんこの道、30年の屋台で大判焼きを売っている職人でした。しかしいつの頃からでしょうか? 彼の他にもう1つの大判焼き屋が、お祭りに現れる様になりました。どうも、そのお店の大判焼き屋は、美味しい様でそのお店の前には、とても長い列が出来るのです。それを見ては、三郎さん大変落ち込んでしまうのでした。
それを見て大変心配した、三郎さんが住む長屋の家主の坂上さんが、山の上にお寺のある和尚様に相談を持ち掛けたところからこの昔話は始まります。
「和尚様うちの店子の三郎さんが、どうにか商売敵の大判焼き屋に勝つ! ……までは、いかなくとも同じくらい売れるには、どうすればいいですかね……」
坂上さんは、手土産に持って来た三郎さんの大判焼きを、前に手を付いて頼み込みます。
「うーん、私には、商売の事はなんとも……そう言う話なら、団子屋の紅葉さんに相談した方が……」
「下のお団子屋の台風亭主にですか?」
大家の坂上さんも、お寺の下の団子屋の紅葉さんの話は知っていました。彼のお団子はとても美味しくそして元気が出るが、彼がかかわると毎日が台風の様に慌ただしくなるのです。なので、口の悪いものは、紅葉さんの事を台風亭主と言うのです。彼のおかげで幸せになった者の話をもちろん坂上さんも知っていました。しかしそれ以上に落ち込んでいる三郎さんに、紅葉さんを合わせるのは心配でした。坂上さんは、また、うーんと言って唸ります。
「和尚様……大変、落ち込んでいる三郎さんに、私は紅葉さんを合わせていいのでしょうか?」
「そうですね……坂上さんが、三郎さんの大判焼きについてまず、聞いてみるのはいかがでしょう?」
「和尚様が、そう言うなら……」
坂上さんは、三郎さんの為に自分が紅葉さんと会い、もしもの時は、自分が身をていしても止めよう。そう考えての決断でした。
「そう言う事なのでよろしくお願いします。紅葉さん」
「俺は受けるって言ってねぇぞ」と言う声と、大判焼きに手を伸ばす腕が、坂本さんの横から出てきました。後ろを、振り返ると細身で、目つきは少し鋭いがまぁまぁの色男が、板前の恰好で立ち大判焼きを食べています。
「うーん普通にまぁ旨い、和尚の頼みだ、一度作っている所を見てみるがあずきがな……。俺の使っているものより少し劣る、そこは話して見ねえとわかんねぇけど……みんなに安い値段でって方針なら仕方ないかもな。それとこれを1つ持って行くといい。茶碗蒸しだ」
紅葉さんは紫の風呂敷から、せいろに入った。茶碗蒸しを取り出しました。一番上には、三つ葉としいたけが、ちょこんとのった茶碗蒸しです。
「おおぉ、いつもありがとう!」「これはこれは、三郎さんの分まですまないねぇ」
「なんか化け猫と、一緒に歩いているといろいろ貰うんだよ。そんでここへ持って行けって、あいつがうるさい。そんであんた、あんたの長屋は確か、井戸の隣のお化けが出そうな柳の隣でいいんだよなぁ? 明日、一度行ってみるから、せいろとかはその時返してくれ」
和尚さんが、せいろから茶碗蒸しを取り分ける横で、坂上さんは「どうかお頼み申し上げます」と、深々と頭をさげた。
「いや、一度見に行くだけだから、礼はそう要らねえ」そう言って紅葉さんは、とっとと帰ってしまいました。
「なんだい、ただの気のいいだけの男じゃねぇか、人の噂もあてにならないね」と、坂上さんは、言いましたが……和尚さんは、いつもと違う様子の紅葉さんが、心配になってしまいました。
心配すぎて茶碗蒸しを入れる陶器を、その日の内に返しに行き、そっと化け猫に紅葉さんがいつもより、元気ではない事を聞いてみました。
「あぁ――和尚様、僕も体の調子でも悪いのかと思い聞いてみたのですが……ただ単に、場所は違いますが、商売敵なのであまり気が乗らないだけらしいですよ」
「あぁ……そうなのか……紅葉さんもあんがい普通のところがあって安心したわい」
「そうです、お団子の事にはいつもの何倍も何千倍も繊細なんですよ」
化け猫と和尚さんは、安心してにこにこ笑顔になりました。
紅葉さんが、調理場ののれんから「聞こえているぞぉ……」と、いつもより怖い顔で顔を覗かせるまでは、ですが……。
つづく
見ていただきありがとうございます!
またどこかで!