味の変わる幻燈(げんとう)
三題噺:にんにく・仙人・幻燈
を題材に書いております。
むかし、むかし中国の奥深くに、天竺牡丹仙人と言う仙人がいました。
長い髪に長いおひげ、ゆったりとした柿渋色のころもは、仙人が実る前の柿を自らしぼってそめた布で作られました。
彼は、今でいう魔法の様な力、仙術や神通力と言われる不思議な術が得意でしたが、手先が器用だったのでいろいろな道具を作るのも得意でした。
「おぉ出来たわい」
今日も仙人は、自分の部屋で何やら作っていました。そんなてんじくぼたん仙人に、弟子の風信子道士が、声をかけます。
「何が、今日は出来たのですか?」
「今日出来たのは、幻燈じゃ、この使えばほれこの通り」
てんじくぼたん仙人は、幻燈の前に皮をむいたにんにくを置き、幻燈の中にあまいあんこの書かれた紙をいれました。少しするとにんにくが、ほんのりとあんこ色に染まりました。
「これで出来上がりじゃ。今日の特別の晩御飯は、わしにはこの蒸したにんにくひとかけ。お前は残りを粟のおかゆにいれて食べると良のじゃ」
そう言っててんじくぼたん道士は、そのにんにくをヒヤシンス道士に手渡しました。ヒヤシンス道士が、よく見てもそのにんにくは、少し紫色にそまっただけの普通のにんにくでした。
しかしほかならぬ仙人の言う事です。ヒヤシンス道士は、棚の奥底にしまった蒸し器を取り出し、にんにくを1つだけ蒸すのでした。
しばらくたってヒヤシンス道士が、蒸し器のふたを取るとほんのりあまいあんこの匂いまでするようになったので、道士は大喜びで、仙人の分のにんにく以外を自分のおかゆに入れました。
待ちに待った晩御飯の時間、仙人は大事そうに、にんにくひとかけを食べました。
「どうやら成功じゃ」
そう言って仙人が満足そうに自分のひげをなでるのを見て、ヒヤシンス道士も少しずつ食べ始めます。久しぶりのあまさ、そのやさしい甘さに、道士はぽろぽろと涙をこぼして、あまいにんにくいりのおかゆを食べました。
「ほほ、これぐらいの甘さで泣いておる様じゃ、お前が仙人になるのはまだじゃのう」
仙人は開け広げられた扉から外へ出て、白くかかる霞をたべながらそういいました。それでもヒヤシンス道士は、貧しい家では食べる事の出来なかった、甘いおかゆを食べるのをやめる事も、泣き止む事出来ずにただ少しずつ大事そうにたいらげたのでした。
それからは月に一度、幻燈の力を使って味の変わったおかゆを食べるのが、仙人とヒヤシンス道士の楽しみでした。
くり、山芋、わかめ、にんじんやみその時もありました。どれも食べた事ない味で、ヒヤシンス道士は、その度にしくしく泣くのでした。
その日もヒヤシンス道士は、幻燈の用意をしていました。今日はとって置きのまつたけの絵を仙人をくださったのです。道士は、いけない事だと思いながらうきうきが止まりません。
ふと……てんじくぼたん仙人をみて、自分も仙人の様になるんだ。そう思ったあの最初に仙人との出会い日を思い出し、一瞬手が止まりました。
その一瞬の合間に、幻燈は地面に落ちバラバラになってしまいます。
「あぁぁああぁ」思わず漏らした、その声を慌てて手で、口をふさぎ封じ込めました。
偶然、仙人は山の下の村へ出かけて行って留守でした。ヒヤシンス道士は、胸に響く心臓の音を耳で聞くかの様な錯覚を覚えるほど、動揺しましたが少しずつ大きく息を吸ったりはいたりしながら息を整えて、幻燈を元の姿に戻していきます。そうやってやっと完成した幻燈に、ゆっくりと慎重にまつたけの絵の入れていきます。幸いな事に絵は、にんにくに映し出され、にんにくを茶色に染めます。
いつもの様に蒸し器でひとつだけのにんにくを蒸し、どなべでおかゆを作ると丁度、仙人が帰ってきました。
仙人は、とても疲れているようで、もし幻燈が壊れていたら、仙人はまつたけ味ではないにんにくにがっかりし、もしかしたら私が壊した事がわかってしまうかもしれない。そして私の失敗に激怒し、私を破門するのかもしれない。
でも、まつたけの味ならすべてがうまく行くのに……。そう思い壊した事を、言い出せず途方に暮れる。そうしている間に、おかゆは少しこげ、蒸し器の水もあと少しになってしまうところでした。
それでもてんじくぼたん牡丹仙人に、にんにくをひとかけ差し出しました。仙人が食べ終えると「これはうまいね」と、一言いいました。
そのとたんヒヤシンス道士は、いつもの様に大粒の涙をただ流しました。それをただ見つめるてんじくぼたん仙人。それでようやくわかりました。自分はここへ修行をしに来たことやっと思い出したのです。
「てんじくぼたん仙人すみません、私は幻燈を一度壊してしまいました。そしてその事を黙っていたのです。貴方にいろいろ教えて貰いながらなんと浅はかな、ずるい考えでした」
それを聞いて、てんじくぼたん仙人は、笑いました。「貴方は、まだ人間なのだから、それ位は普通の事、世の中には、許されない事もあるでしょうが……。それでも今の私には、貴方の口から自分の誤ちを自分のから私にわびてくれた事が何よりうれしいのですじゃ。それに新しい発見したのです」
そう聞いてヒヤシンス道士は、顔を上げました。
「てんじくぼたん仙人、それは何でしょうか?」
そうすると、仙人はまだ手を付けていないおかゆをそっと、ヒヤシンス道士に手渡しました。道士はだまってそれを食べると、一言。」
「美味しい」とつぶやいたのでした。幻燈の使われていないにんにくはそれだけで美味しかったのです。
それからはヒヤシンス道士は、その素材の味を楽しみつつ暮していくと……やがて立派な仙人なったのでした。
おわり
見てくださりありがとうございました。
またどこかで~。