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揺れる傘の中

作者: 蒼あかり


 傘をさして歩く雨の朝。

 いつもは自転車での通学も、雨の日はそうもいかない。

 天気予報では午後から雪のマークが付いていた。

 そんな日に自転車では、帰り道に転んでしまうかもしれない。

 徒歩での通学は倍の時間がかかってしまうから、いつもよりも大分早く家を出る。

 そんな億劫な雨の通学路。

 

 暗い天気と寒さで心も塞ぎそうになりながら、重い足を前に動かし歩き続ける。

 気持ちも沈みかけ、足元ばかり見ながら歩く道のりで傘越しにふと前を見た。

 そこには見覚えのある傘と、スニーカー。

 

『あの子だ』


 見間違えるはずのないそれを、視界から外したくなくて俯くことを止めた。


 去年まで同じクラスだったあの子。今はクラスが変わってしまって顔を合すこともほとんどない。去年同じクラスにいたって、まともに話したこともほとんどないのに。

 僕の事なんてきっと、ただのクラスメイトだったくらいにしか思っていないだろうな。と、そんなことを思いながら少し離れた距離を保ちつつ歩き続ける。

 住宅街を抜け、大通りの交差点。横断歩道を渡るあの子をみつめながら、信号の点滅で思わず小走りになってしまった。

 着かず離れずの距離を保てていたのに、一気にその距離が縮んでしまう。

 足音が聞こえる距離になり、どうして良いかわからず狼狽える。

 前を向くあの子は、後ろに人が近づいていることは気が付いているはず。でも、誰かはわからないと思う。

 わざと歩みを遅らせて距離を取るのも変に思われるし、追い越すのもどうかと思う。

 それに、この距離と時間を惜しいとさえ思えてくる。

 並んだわけでもないのに、顔が見えるわけでもないのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう。

 追い越しざまに「おはよう」って声をかけたらどんな反応をするだろう?

「寒いね」って話しかけながら、少しだけでも一緒に並んで歩けるかな?

 でも、誰かに見られたら何か言われるかもしれない。そしたら「関係ない」って言うのはなんだか悔しい気がする。

 バシャバシャとしぶきを上げ歩く足音を聞きながら、少しずつ激しくなる雨音が鼓動と重なるのに気が付く。


『今はまだ、もう少しこのままで……』


 学校までの距離がもっと遠ければ良いのに。

 このまま誰にも会わずにいられれば良いのに。



 そんなことを考えながら、揺れる傘の中で自然に顔がほころぶのを少年は感じていた。





―・―・―・―





傘をさして歩く雨の朝。

 いつもは自転車だけど、雨の日は徒歩での通学。帰りはお爺ちゃんが迎えにきてくれるから。

 雨の日は憂鬱な気分になる。足取りも少しだけ重い気がする。いつもは自転車で風を切り走り抜ける道のりも、雨では傘に遮られて前しか見えない。

 自転車で通う子達も、雨の日は車で送ってもらう子が多い。だから、周りに同じ学校の子はあんまり見かけない。

 少し寂しいけど、少しだけ気が楽な気もする。

 のんびり一人で歩くのもたまには悪くないがするから。

 大通りに出ると丁度信号が青に変わった。このまま行けば走らずに渡れるなと、そんなことを思いながら歩いていたら、後ろからバシャバシャと走る足音が聞こえて来た。

 信号の点滅で慌てて渡ったんだろうと思いながら、ふと視線を後ろに流した。

 傘を肩にかけ、顔だけを後ろに回せば相手は見られていると気が付かない。

 すると、視界に入ったのは見覚えのあるスニーカー。

 見間違えるはずが無い。


『あの子だ』


 少し後ろを歩くあの子の足音が聞こえる。

 去年一緒のクラスだった。でも、まともに話したことなんて一度も無い。

 きっと、私のことなんてただのクラスメイトの一人くらいにしか思っていないだろうと、そんなことを考えていたら少しだけ歩調がゆっくりになったことに気が付く。

 でも、今さら歩調を早めたら嫌がられているって思われるかもしれない。

 わざと横にそれて追い越してもらおうか。そしたら、さりげなく気が付いたふりをして「おはよう」って声をかけたら変に思われないかな。

 「寒いね」って言ったら何か返事してくれるかな?

 

 そんなことを考えながら俯きがちに歩く歩幅は、自然とあの子の歩調に合っていることにまだ気が付いていない。

 少しずつ激しくなる雨。

いつもは歩かない道のりに疲れているのか、心臓が傘を打つ雨音と同化していく。


『今はまだ、もう少しこのままで……』


 少し先に、友達の傘の花々が見え始めてしまった。

 あの傘の波に紛れてしまう未来を残念に思いながら、少し後ろに歩くあの子の足音に耳を傾ける。

 雨音と溶け込むように聞こえるその音は、心地よい響きで胸を締めつける。



 そんなことを考えながら、揺れる傘の中で自然に顔がほころぶのを少女は感じていた。




お読みいただき、ありがとうございました。


本当はこれとまったく反対のことを思っていたのかもしれません。

「邪魔だなぁ。早く歩けよ」

「なにやってんの。早く追い越せばいいじゃん」とか......。

でも、信号待ちでぼんやり見かけた二人の歩みが、そうじゃない気がしたんです。

互いを意識しつつ、どうして良いかわからない感じがして。

あらやだ。青春だわって思ってしまいました。


少しでも甘酸っぱい雰囲気を感じていただけたら嬉しいです。


これから益々寒くなります。お体に気をつけてお過ごしください。

ありがとうございました。

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