旧い、とても旧い世界(2)
「さて、どうやって降りようかな」
トイレから伸びた氷の下を覗き込んで、東都は考え込む。
冷気は白い霜まじりの空気となって下へ降っていく。
(このまま氷を下に伸ばしてみるか……よし)
東都は氷の上に、もう一つのトイレを出した。
トイレの重みで氷の足場がキシキシと音を立ててきしむ。
(うへぇ……まるで生きた心地がしない。はやいとこ終わらせよう)
東都は氷の上に鎮座するトイレのドアを開いた。
次に彼はトイレを肩で押して、向きを微調整しはじめた。
(狙いは……よし、あそこがいいな)
東都は氷の結界のスキマにトイレを向ける。
いったい何をしようというのか。
「よし、ウォシュレット、中くらい寄りちょっと強いパワーで!」
トイレは東都の言葉に従って水を放ち、暗闇に優雅な弧を描く。
水の筋は塔の壁に当たり、下に向かって落ちていった。
(下は水浸しになるだろうけど、非常時だし……許してもらおう)
「冷房を強くして。すこしづつ固めていくんだ」
東都の指示を聞いたトイレがうなり、白い息を吐く。
水の筋はたちまちシャーベット状に凍りつき始めた。
しかし、固まった氷はその場に留まることが出来ない。
とめどなく後ろから送られる水によって、前に押し出されるからだ。
壁とトイレの間に緩やかな氷の橋ができあがり、次第に太くなっていく。
しばらくすると、橋は人間ひとり通れるくらいの幅になった。
そう、東都は壁を伝う氷の橋を作って、下に降りようとしているのだ。
「よし……この方法ならイケそうだぞ」
コツを掴んだ東都は、同じような方法で壁に氷の橋をかけていく。
そうして塔の壁に螺旋を描くスロープが出来上がった。
「ちょっと怖いけど……いってみるか」
東都はゆっくりとスロープの上に足を乗せる。
が、一歩踏み出した東都は、そのままスロープの上を滑り出してしまった。
「わわわっ!」
壁はつるっとしていて、何も掴むところがない。
何も抵抗できず、東都はそのまま氷の上を尻で滑っていく。
「ぬわーっ!!!」
橋の終点にたどり着いた東都は、空中を飛んで地面に叩きつけられた。
<どしんっ!!!>
「あふんっ?!」
衝撃に悶絶する東都。
幸いにも骨折はしていないようだ。
尻が冷たいことを除けば無事だ。
「あいたたた……」
塔の底で立ち上がった東都は、足元がビシャビシャなのに気づいた。
おそらく、東都が氷の結界と橋をつくったせいだろう。
「ここまでやったら、さすがに怒られるかなぁ?」
塔の地下は水浸しになっている。
頭上のトイレを放っておいたら、そのうちおおごとになるかも。
そう思った東都は、トイレに指示をとばす。
「冷房と水出すの中止、とめて!」
東都が叫ぶと、頭上から聞こえてきたうなり声が消える。
彼の指示が聞こえたらしい。
「そのうち崩れ落ちるかもだから……さっさとここから出よう」
東都は壁でゆらめいている松明にむかって歩く。
するとそこにはぽっかりとアーチ状にくりぬかれたような横穴があった。
東都は松明を取り、穴にむかって掲げてみる。
すると、穴の先に下へ向かう階段があるのが見えた。
「ここからさらに下に……?」
東都は階段をみて尻込みした。
あれだけ下に落ちたのに、ここからさらに下へ行くなんて。
ひるんだ東都は階段の前で足を止めてしまった。
(どうしよう、降りていいんだろうか。)
階段の先に広がる闇を前にして、東都は思い悩んだ。
松明のはぜるパチパチという音が地の底に吸い込まれていく。
(このままここにいても仕方がない、か。)
意を決した東都は足を前に出す。
濡れそぼった階段に足を取られないよう、慎重におりる。
階段は螺旋を描いており、降りていると頭がくらくらしてくる。
下を向いてまわっているため、めまいを覚えているのだ。
8回か10回、まわったところで、階段の終わりが見えてきた。
階段の先に出口がみえたのだ。
出口に扉はなく、上部がゆるやかにアーチを描いている。
東都がそのアーチをくぐると、ふっと空気の質感が変わった。
(暗くて見えないけど、ここはかなり広い場所みたいだな。)
目で見えなくとも、感覚でわかった。
耳に入ってくる足音、衣擦れの広がりがなくなった。
空間が広すぎるために、反響した音が東都の耳まで戻ってこず消えているのだ。
(あまりにも静かだ。静かすぎて、逆に耳鳴りがしてきそう。)
松明のたてる音がなかったら、ここは本当に無音になってしまうだろう。
東都は松明を掲げ、周囲を見回してみた。
「当然だけど……何も見えないなぁ」
松明の明かりでは力が弱すぎる。
炎は東都の足元を照らすが、その先を明かすことは出来ない。
「うーん……もっと強い光が必要だな。トイレのライトを使ってみるか」
東都はトイレを置いて、トイレの室内灯で空間を照らす。
すると、彼の目の前にあるモノが現れた。
「これは……壁画?」
トイレの白い光に照らされて現れたのは、壁一面に描かれた壁画だ。
壁画は、乳白色の壁にいくつもの色を駆使して描かれている。
描かれているのは、何かの物語のようだ。
燃え盛るいくつもの黒い塔を背景に、巨大なケモノが立ち上がっている。
ケモノの体は赤く、炎のように揺らめいている。
その足元にはそのケモノを讃えるように両手を上げている黒い人がいる。
ケモノは左に向かって咆哮しているように見える。
その視線の先を見ると、白く、光を背負ったヒトが現れている。
(天使……? いや、翼がない。)
ヒトは金髪でその顔は女性のように見える。
ここで東都はハッとした表情を見せた。
「まさか……女神?」
壁画は右に続いている。
どうやらこの壁画は、時系列順に並べられているようだ。
次の場面では、白いヒトは青白い丸の中から無数のヒトを出している。
丸の中から現れたヒトは、手に思い思いの武器をもっていた。
彼らは立ち並ぶ黒い塔を断ち割って、赤いケモノに武器を突きたてている。
吼えるケモノ。その足元で黒いヒトたちは嘆き悲しむ。
彼らは壁画を通し、東都に何かを伝えようとしている。
それは訴えか、あるいは祈りにも見えた。
「この壁画は、いったい何なんだ?」
「――旧い世界の記憶さ」
「お前は……!」
東都は背後の声に振り返った。
すると闇の中に、赤い仮面のローブの男が佇んでいた。
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まるでギャグのないシリアス展開が2回も続いた…
めずらしい(´・ω・`)




