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表と裏と鉄砲玉

「協力はできないと?」


「お約束できない、とだけ言っておきます」


 サトコはメガネのレンズの奥にある、鋭い視線を東都に向けた。

 剣呑(けんのん)な雰囲気に、彼はおもわず息をのむ。


(すんなり行く気はしなかったけど……。エルフが帝国と人間に持つ感情がここまで悪いなんてなぁ。非友好的どころか、敵対的と言ってもいいかもしれない)


 ここでふと、東都は気付く。

 なぜ彼女は自分が発した言葉を「言い換えた」のか。

 東都はそれを冷静に考える。


(待てよ……? サトコさんは「約束できない」と言っている。協力できないとは言い切ってないぞ。微妙にニュアンスを変えたってことはつまり……)


「それはこちらの誠意次第、ということですか?」


「わかりません。私に明言はできませんね」


(うーむ……手強い。協力するかどうかは明言しないか。いや、明言できない? サトコさんはあくまでも通訳だし、ここで決める権限がそもそもないのか)


 東都が頭の中で考えをめぐらしていると、サトコが笑った。

 キツい物言いのわりには、彼女の表情には深刻さがない。


 表向きの言葉は突き放しているようだ。

 だが、彼女の内心は逆なのでは。東都はそんな気がした。


「あなた方の目的はともかく、エルフの国へ向かうこと自体はお止めしませんよ。書状に不備はありませんし、正式な使節を断る理由もありませんから」


「わかりました」


「ただ、私の個人的な観点からですが――」


「?」


「あなた方が信頼を積み上げ、先の時代の不信を越えることができれば……。人間とエルフの関係は変わるかもしれませんね」


(なるほど、まるっきりダメってわけじゃなさそうだ。)


「つまり、協力が欲しかったら現地でなんとかしろってことですね」


「そんなムチャな……」


 エルはぼやいたが、一方の東都は笑ってみせた。


「これまでやってきた事と、何も変わらないじゃないですか」


「そうよエル。トート様がこれまでやって来たことを思い返しなさい」


「む、それもそうか……。トート様は、帝国においてウォーシュ閣下とエッヘン伯の間を取り持ち、氷河の氷よりも頑固なオークの心を()かした。トート様ならきっとエルフと人間の間の不信を取り除ける……!」


「そういうこと」


「ちょっと大げさじゃないですか?」


「いえ、トート様はそれだけのことをなされています」


 自分よりずっと年下にも関わらず、エルは面と向かって東都と褒める。

 褒められ慣れてない東都は、照れくさそうに笑った。


「オホン」


「あっすみません。」


「いいのよ。私もちょっと独り言を言おうと思ってたから」


「おいサトコ、まさか、あのことをこの者たちに伝えるつもりか?」


「ただの独り言よ。そう目くじらを立てることじゃないでしょ」


「クソッ、俺は聞いてない、何も聞いてないぞ」


「さて、エルフの貴族しか手に入れられないナガフネが、どうしてサハギンの手に渡ったのか。普通に考えれば、海の国に背教者(レネゲイド)が入り込んでいると考えるのが妥当ね」


(うん、これに疑問はない。だがそうなると……)


「――つまり、エルフの中に、背教者を(かくま)っているものがいる。」


「エルフは人間に対して不信感を抱いてる。ということは、エルフは人間が信じる女神教を否定しているのか?」


 エルの投げかけた疑問に対して、サトコはあえて空を見て続ける。

 ひとりごとの体裁を守るためだろう。


「人間の国に冷ややかなエルフの国でも、女神教を公然と否定はしていないわ。女神の加護を受けた転生者は、私たちの文化の一部をつくってるからね」


「ややこしいなぁ……」


「エルフの側では、人間が信じる宗教と、人間は別っていうスタンスなのね」


「エルフは転生者の文化を受容している。だから女神教を否定することが出来ないのだろう。しかし、女神教を信じる人間を良く思わないものがいるのも確か……。そうか! そこを背教者に突かれたのでは?」


「あっ、なるほど。人間と人間の宗教は別。これって危うい感じですもんね」


「へぇ……使節を託されるだけはあるわね。幼いのにいい線いってるじゃない」


「ど、どうも」


 サトコに微笑みを向けられた東都は頬を赤らめる。

 きれいな女性に褒められたのが、彼は嬉しかったのだ。


「背教者はエルフの中でも人間に冷ややかな人たちに接触して、彼らの協力を引き出しているっていうことですよね。それってどういう人たちなんでしょう?」


「女神教や人間のことを良く思わないのは古いエルフほど多いわね」


「古いエルフ? あー……もしかして、偉い人たち?」


「海の国は古いエルフ、元老たちが合議であれこれ決めているんだけど……。お歴々には、転生者が来るず~っと前から椅子を温めてる人もいるのよ」


「もしかして、古代ベンデル帝国が滅ぶ瞬間を見た人たちもいたり?」


 東都が問いかけると、サトコは頷いた。


(なるほど、手がつけられないわけだ……)


 おそらく、古いエルフは人間がした圧政をその目で見ている。

 ならば、女神教と転生者に対して良い印象を持っていないのは間違いない。

 背教者が彼らに接近するのは当然だろう。


 背教者とエルフの古老たちの目的は、似通(にかよ)っているのだから。


(これは思った以上に厄介そうだ……)


「エルフのえらい人たちが背教者に同調している。理由は大昔の人間たちのやらかしってなると……うーん、これは難しい問題ですね」


「そうですね。頭で人間と人間が信じる女神教が別のモノとわかっていても、心まで納得できるかは別の話です。古代ベンデル帝国の時代に起きた、背教者との戦いに参加した当事者ともなれば、その(いきどお)りはいかほどのものか……」


「そう簡単に協力は引き出せないでしょうね……」


「ぶっちゃけ、エルフの古老たちが何を考えてるのか知らないけど……。ま、ろくでもないことになるのは確かよね」


「女神教が消えたら、転生者も消えるわけですからね。」


「そうね。背教者の転生者だけになったら、私たちエルフはどうなるか。そもそもサハギンと獣人ともよろしくやってるヤツを手助けするのはどう考えても危険よね。古老たちは人間(にく)しで頭が回ってないんじゃないかしら」


(こんなに色々としゃべって、サトコさんは大丈夫なんだろうか? エルフにとって都合の悪い内容も多いと思うけど……。)


「そんなに話して大丈夫? って顔ね」


「当然だ!! 彼らは部外者なんだぞ!!」


 あっけらかんとした態度のサトコに対して、ヒロシが声を荒げる。

 しかし、彼女はさほど気にする様子もない。 


「そう、部外者なのよ。そこが重要なの」


「なんだと?」


「私たちが元老に対して行動を起こすのは難しい。あまりにも地位に違いがありすぎるからね。でも、部外者の彼らは違う。地位や血筋、そんなしがらみがない分、私たちに出来ないことをやれるはずだわ」


「むむむ」


「それって鉄砲玉か何かの扱いなんじゃ……」


「そうともいうわね」


(認めちゃったよ。いい性格してるなぁ……)


「それで、彼らをいつ海の国へ連れて行くんだ?」


「決まってるじゃない。――明日よ」



サトコさん、めっちゃ女傑だった。

いかん、このままだと本格スパイアクションにでもなりそうだ。

トイレの話にもどさないと……

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