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脱◯術

例によってお食事中の方はご注意ください。

 トイレの中にオーランの発した怒気が満ちる。


 どうやら東都たちは、何かとんでもないことをしてしまったようだ。

 しかし、いまだに彼が怒っている理由がよくわからない。


「オーランさん、何がそんなに気に入らないんですか?」


「わからんか? おめたちが一生懸命でねぇことよ」


 東都が勇気を出して聞いてもこのとおりだ。

 トイレに一生懸命とは、一体どういうことだろう。


 凍てつくような寒さのトイレに、静寂が満ちる。

 あまりに静かすぎて、東都は逆に耳鳴りを感じたほどだ。


 オーランもこれではラチが明かないと思ったのだろう。

 象のように大きなため息をつくと、子供に言い聞かせるように語りだした。


「黒曜氷河でトイレってのはなぁ……命がけなんだ。夜にもなれば、その寒さは尋常じゃねえ。だらだらとクソをすりゃ、その尻が凍って腐り落ちるンだ」


「ぬぅ……まさか脱糞術トイレットアーツ? 思い出したわ。この地ではまだ息づいているのね」


「知っているのか、コニー?!」


「えぇ、帝国大学が出している博物誌で読んだ覚えがあるわ。垂らした水がそのまま凍りつく極寒の地でトイレは命がけ。そのため独自の脱糞法(トイレットアーツ)が編み出されたと……」


「大学なにやってんだ」


「ま、まあとにかくコニーの話を聞いてみましょう、トート様」


「黒曜氷河のような極寒の地では、生身を数分さらけ出しただけでも、指や鼻が凍りついて腐り落ちます。ここで問題になるのがトイレなの」


 コニーの解説にオーランは激しくうなずく。

 どうやらコニーの解説は合っているらしい。


「トイレで先端(・・)を出していれば、すぐに凍りついてしまう。そのためこうした極限の大地に住む人々は、これを避けるために脱糞術を編み出したの」


「いったいどうするんです?」


「簡単よ。ひたすらガマンするの。たとえば大きい方ね。人体の構造上、我慢すればするほど、弾は弾倉の中にリロードされていく。最初に便意を感じた時は2,3発だけど……そこから十数分我慢すれば、フルチャージになるわ」


「便意のことをチャージとかいうな!」


「そしてフルチャージ状態からバーストすれば、その勢いも相当なものになるわ。2,3発しかリロードされていない時とは比べ物にならないほどにね!」


(アーマードでコアなゲームの話みたいだけど、ウンコの話なんだよなぁ……)


ーーーーーー


 説明しよう!!


 この脱糞術トイレットアーツだが、実はこの地球上においても存在する。

 エスキモーと呼ばれる北極圏やツンドラ地帯にすむ人々がその(にな)い手だ。


 彼らは狩猟採集生活を行っているため、その住処は一定ではない。

 常に移動しているため、トイレは仮設のものが多い。

 彼らはイグルーと呼ばれるかまくらの中にバケツを置き、そこでトイレをする。


 しかし、場合によっては外でしなければならないこともある。


 彼らは狩猟のために、ほとんどの時間を野外で過ごす。

 このため、どうしても寒い外で用を足す必要が出てきてしまうのだ。


 しかし、ここで問題になるのが「寒さ」だ。

 時に零下(れいか)40度にもなる北極圏は、お湯をまけばその場で吹雪になる環境だ。

 そんな環境で無防備に汗にぬれた肌を外に出せば、即座に凍結する。

 便秘でうんうん唸ってふんばることが、とんだ命取りになってしまうのだ。


 このため、イヌイットたちは独自の脱糞術を編み出した。

 といっても、やることは簡単だ。

 限界まで便意を我慢して、一気に放出するのだ。


 過酷な北の大地に住むものは、皆この脱糞術(トイレットアーツ)を身につける必要がある。


 ちなみに極端に寒冷な野外でいたす(・・・)場合、基本的にウンコは()いたりしない。

 出したらすぐにズボンを引き上げないと命に関わるからだ。


 それでは下着が汚れるのではないか?

 読者諸氏においてはそういった危惧があるだろう。

 だが、そこは人体の不思議。実は大して汚れない。


 エスキモーたちは穀物や野菜を食べない。

 食べたとしても夏の間に取ったベリーといった(わず)かなもので、基本的に肉食だ。

 そうしたタンパク質と脂質の多い食事をする彼らのウンチはコロコロウンチであり、さほど始末に困ることがないのだ。


 エスキモーの生活は、環境と人の特性が奇妙なほどに噛み合っている。

 これぞまさに文化の妙、というべきだろう。


 ちなみに、某有名食品会社が販売しているラクトアイス、Pineが、エスキモーのコロコロウンチを模した形であるというのは、あまりにも有名である。


東塔大学出版刊『エスキモー秘話』より。


ーーーーーー


「あーつまり……黒曜氷河でトイレをする時は限界までガマンしろと?」


「そういうことになるわね」


「おうよ。限界までタメて、一気にバンッと出す。それがトイレってもんだ」


「なるほど。僕らの命に関わるから、オーランさんは怒ったんですね」


「まぁな。せっかく拾った命を、むざむざ台無しにするこたねぇ」


「オーランさんって……イイ人ですね。オークだけど」


「へ、へへ……そこまで褒めるこっちゃねぇど。かゆくならぁ」


 東都に褒められたオーランは、満更でもない様子だ。

 見た目は(いか)ついが、これで意外とチョロいらしい。


「それより、おめたちはなんでこんな北の果てまできたンだ。おめたちの様子だと、最初っからココに来ようとした格好には見えんど?」


「あ、それなんですけど……」


「オーラン殿。我々は書状を携え、エルフの国へ向かっていたのです」


「書状? なンの書状だ?」


「……トート様、いかがしましょう?」


「隠すことでも無いですし、お伝えしましょう。彼らも当事者です」


「それもそうですね。では――」


 エルはオーランに東都たちの目的を伝えた。


 世界に背教者の危機が迫っていること。

 そして危機を退けるためには、世界じゅうの種族の強力が必要なことを。


「僕たちはエルフを最初の交渉相手に選んでいました。ですが、この件はオークの方々であっても重要さはかわりません。ぜひオークの長にこのことを――」


「ふむ……おめたちの言いたいことはわかる。けども協力すンのは難しいだなぁ」


「ど、どうしてでしょうか?」


「実は、ウチらにもちょっとした問題があってな……それが落ち着かねぇコトには、協力とかなんだとか、いってられねぇンだな」


「問題ですか? もし、僕たちに協力できることであれば言ってみてください」


「……いや、だめだ。客人をそンな危険な目には合わせられねぇ!」


 オーランはそう言って首を左右にふる。

 一方の東都は、なぜかその瞳が輝いていた。


(これは……村の問題をなんやかんやで解決して信頼を得るっていう、ロールプレイングゲームにありがちなパターンだ! やらなきゃ!!)


「いえ、危険な目ならこれまで何度も経験してます。いまさら多少の危険で逃げ出したりはしませんよ」


「トート様……」

「さすがは龍神様だ。なんと神々しい」


 謎の使命感に駆られた東都は軽率に口走る。

 堂々と主人公を演ずる彼の姿に、エルとコニーも謎の感心をしていた。


 オーランは難しい表情をしている。

 だが、東都の言葉で観念したように口を開いた。


「わかった……この村は今、ある怪物に襲われているンだ。そいつは夜な夜なやって来ては人を襲う。今年に入ってからもう4人やられただ」


「不意打ちとはいえ、オークがそんな簡単に……」


「かなり手強い怪物のようね」


(ふむふむ……ファンタジー世界でよくある魔物の問題か。モンスターハンター! ウ◯ッチャーみたいでイイゾーこれ!!)


「オーランさん、その怪物の名はなんというのです?」


「おらたちは糞喰い(くそくい)って呼んでる。糞喰いウェンディゴだ。」


(……く、糞喰い? なんかすっごい相性悪そうなやつがきたぁ?!)



あ、補足です。

『エスキモーは差別用語である。イヌイットと呼ぶべだ』という言説がネット上ではたびたび見られますが、これはカナダのみの話です。エスキモーは北極圏に住む人々の総称であり、イヌイットはカナダ北部の原住民です。北極圏の先住民の総称として、あるいは別地域に住むイヌピアットやユピクの事をイヌイットと呼ぶことは明確な間違いなので、その点にご注意ください。


この作者、トイレの話から急に正気に返るな……

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