「光の都」フンバルドルフ
資料にあたっていたのでいつもより遅れました。テヘ
「トート殿。ここが『光の都』と謳われるフンバルドルフだ」
「光の都……これが?」
「ウム。言いたいことはわかる。だがこれが現状なのだ」
港と市街をへだてる市門をくぐって東都たちは街路に出た。滑らかな玉石で舗装された道が夕日を照り返す光景は、光の都と呼ぶにふさわしいものだった。
しかし、その輝きは路上に転がるあるモノによって妨げられていた。
そう、人間が生きて飯を食う以上、必ずほとばしるそれによって。
「何でこの靴が必要なのか、よくわかりました」
東都が借りた靴は異様な形をしていた。
一見すると、サンダルと下駄が合体したような靴だ。
靴の上の足を突っ込む部分はサンダルに似ていて、靴のまま履けるようになっていた。一方の靴底は頑丈な木で作られており、大きな歯が3本生えている。
この靴を東都はローファーの上から履いていた。
つまり、これは靴を守るための靴なのだ。
「ここを普段の靴のまま歩いていたら、大変なことになるからね」
「ウム。わしもまさかここまでとは思わなんだ」
会話する3人はすこし鼻声になっていた。
顔の周りを布で覆い、さらにその上から鼻をつまんでいたからだ。
だが、布のマスクだけでは限界があった。何の変哲もない布では、夕日で温められた汚物から立ち上った悪臭をとても防ぎきれない。
東都は息を浅くして呼吸する。
少しでも悪臭を吸い込まないように努力する必要があった。
「フンバルドルフの街中は、思った以上の惨状ですね。夜人という人たちが汚物を処分しているんじゃないんですか?」
「ところが、これをやったのは夜人なのよ」
「えぇ……?」
「夜人がトイレの汚物を掘り出すのは夜だからな。闇の中なら街のどこに捨てようとバレはしない」
「街の人は夜人に注意したりしないんですか?」
「注意でもしようものなら、掘り出したモノを投げつけられるからね」
「うわぁ……」
(やりたい放題しすぎだろ!! しかし武力じゃなくて糞力を行使するとか、この世界、もう終わりだよ……)
東都たちは伯爵が持つ屋敷のある旧市街を目指して歩く。
ベンデルドルフの街並みは見た目には美しい。
道の左右に並ぶ家々の屋根は、魚の鱗のように重ねられたタイルで葺かれている。その屋根を支える壁は赤や黄色、緑色の漆喰で塗り固められており、パステル調の淡い色彩が道に並んでリズムを刻んでいた。
だが、足元の汚物がそれを全て台無しにしている。
家々がそうなら、地面に転がる汚物も多種多様だった。
いつからここにあるのか判然としない、乾ききったモノ。
まだ水と固形物の間を行ったり来ている、半端モノ。
そして威厳すら感じるご立派なモノ。
(まったくもっておぞましい光景だ。)
カラン、コロンと、下駄の音をさせて3人はフンバルドルフの街路を歩く。
東都はいくつかの通りを横切ったが、どこも凄まじい異臭と、耳障りな羽虫の音が絶えることはなかった。
(なんか街はガチ中世ヨーロッパなのに、音は和風で奇妙な感じがするなぁ?)
「もうすぐですので、こらえてください」
「はい。いるだけで病気になりそうですね」
「実際、流行り病がはやってますか――!! トート様、危ない!!」
「えっ?」
トートはコニーに胸ぐらをつかまれ、ぐいっと引っ張られた。
刹那、彼がいた場所に大量の水が落ちてきた。
いや、ただの水ではない。
むわっとたちのぼる臭気は間違いなく――
「まさか、これって……!」
「トート様、危ないところでしたね。」
「便壺を捨てるなら掛け声をかけんか! 客人にかかるところだったぞ!」
(やっぱりかぁぁぁぁぁ!!!)
伯爵の怒号で水の正体に気づいた東都は心の中で絶叫した。
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説明しよう!!
東都君が住んでいた世界の歴史では、個人の家にトイレが普及するのは19世紀後半になってからだった。
古代ローマ帝国では先進的なトイレシステムがあったが、中世になるとその存在は忘れ去られる。中世において、家のトイレとはすなわちツボだった。
そして、それはこの異世界においても変わらなかった。
ベンデル帝国では大きい方は街にあるトイレでするが、小さい方はもっぱら部屋の中にあるツボに向かってするのが普通だったのだ。
ここでひとつ疑問が生まれる。
ツボの中身がいっぱいになったらどうするか?
――もちろん、窓を開けて外に捨てるのだ。
公衆トイレと汚物の利用が発達していたドイツでは、基本的にツボには小さなものをしていた。だが、18世紀フランスでは大きい方もしていたという。
国民的RPG「パラゴンクエスト」では、なぜ民家に大量のツボがあるのか。
勇者は何故ツボを目の敵にして叩き割るのか?
なぜそこに種があるのか。
その理由の一端がここにあった。
東塔大学出版『トイレとゲームの意外な関係』より一部引用。
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「まったく、掛け声をしないとはマナーがなっておらん」
「モノを捨てること自体はマナー違反じゃないんですね……」
「えっ、東の国ではどうしてるのです?」
「あ、えーっと……」
(江戸時代のトイレって、どんなんだったっけ……)
東都は日本史の授業の内容を必死になって思い出す。
「街には沢山のトイレがあって、汲み取り屋さんが畑に持っていくんです。そして汲み取ったものは、全部肥料として畑に使うんです」
「農村では家畜のモノをつかっていますからなぁ。わざわざ苦労してまで運ぶほどのものでは……」
「後は……土にまいて草と混ぜることで硝石を作るとか、そんな話を聞いた覚えがありますね」
「ほう、硝石を?」
「ええ、けっこう時間がかかるらしいですけどね」
(いやーキツイなぁ。この世界のトイレ文化が異世界すぎる……。トイレに対する意識の改革から始める必要がありそうだ。)
東都の話は、歴史の授業と漫画の話がごっちゃになっていた。
人糞から硝石を作るという彼の話は、もともとは漫画のものだ。
それは戦国時代の大名が異世界に送られたことから始まるマンガで、大名は人糞と敵の遺体を使って火縄銃に使う火薬を作り出した。
大名はその火薬で異世界を征服するのだが、東都はこのエピソードをなんとなく覚えていたためにごっちゃにして話してしまったのだ。
彼の話を聞いた伯爵は、マスクの奥にある瞳を怪しく輝かせる。
しかし、臭いに辟易していた東都は、伯爵の変化に全く気づいていなかった。
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臭い立つなぁ…地の文=サンもイキイキしておられるぞ!




