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東都の提案


 親指、人差し指、そして中指の3本の指を使い、優雅な仕草で伯爵は肉を取り分けていく。それはまるで淑女がティーカップを持つような繊細な仕草だった。


<ぐちゃ、ぬちゃ。>


 東都の前のパン上に肉が置かれ、湿ったグロテスクな音が生まれる。


 伯爵の美しい所作から生まれるゲロのような音。

 視覚と聴覚のアンバランスさに、東都の頬は引きつっていた。


「ささ、遠慮するな」


「アッハイ」


 パンの上に乗った肉を見つめる東都。

 

 繰り返すが、伯爵は素手だ。

 それもトイレの後。


(おちつけ、落ち着くんだ東都。僕のトイレに入った伯爵はウォシュレットを使っていた……直接手でふいた訳じゃないからギリセーフだ)


「では、いただきます」


 意を決した東都は、肉を口にしようとする。

 しかし、ここで彼はあることに気づいた。


(あれ、フォークとかナイフがないぞ?)


 ――そう、テーブルの上に食器がないのだ。

 一体どうすればいいのか?


 周りを見渡した東都は更に驚かされることになる。

 エルもコニー、そして伯爵も、手づかみで肉を食べているのだ。


(まさか、この時代って……フォークとかの食器がまだない?!)


 テーブルの上にある食事用の道具。

 いわゆるカトラリーはナイフ一本しか無い。


 このナイフは伯爵が肉を切るのに使ったものだ。

 大まかに切ったら、あとは手で食べるのが彼らの常識のようだ。


(ええい、どうにでもなーれ!!)


 意を決した東都は、彼らのマネをして肉を口に運ぶ。


「これは……!」


「ふふ、うまいだろう」


 驚いたことに、鳥の肉自体は普通――

 いや、東都が普段食べている鶏肉よりも良かった。


 キジの肉は確かに野性味を感じさせる、枯れ草のような風味がある。

 しかし、肉はみずみずしく、鶏肉にはない弾力と歯ごたえがあった。


 繊維質だが歯を当てるとキレがよく、食べにくくはない。

 それに、肉にかかっているソースも見事なものだった。


 ソースは果物の酸味と甘みをもっている。

 それがほんのりとした甘みを持つキジ肉の脂によく合った。


(すごい……テーブルマナーはアレだけど、料理はすごいおいしい)


「こんなお肉食べたこと無いです」


「ハハ、東の国の方からもお褒めの言葉をいただくとは、鼻が高いですな。うちでは一度水で煮てから、じっくりとローストするんですよ」


 東都の反応に自尊心をくすぐられたのか、満足気にうなずく伯爵。

 するとコニーが、身を乗り出しがちに東都に質問した。


「そういえば、トート様の国ではどういった食べ物をお召し上がりに?」


「おお、それはわしも気にななるな。いったいどのようなモノを?」


「えーっと……」


(一応僕はこの国の東にある国の出身ってことになってたな……。たぶん中国とか日本に近い国があるんだろうけど、元の世界の知識でもいいのかな?)


「おもに米という穀物(こくもつ)を水で炊いて食べます。これは『ごはん』と呼び、野菜や肉、香辛料の入ったスープなんかの汁物を上にかけて食べるんです。」


「ほう、東の国の食べ物は水気が多いのですか」


 伯爵の言葉にコニーが続く。


「私も聞きおよんだ事がありますね。なんでも東の国の川の流れは速く、(にご)った水が少ないと。豊かな清水があり、川から汲んだ水をそのまま飲めるのだとか」


「ほう……それはうらやましい」


「ベンデル帝国は、水がよくないのですか?」


「うむ……このあたりはそうでもないですがな。トバー領には、ブボボ山脈からの雪解け水がありますので」


(ちょ、名前ェ?! この世界の地名ってそんなのばっかりかよ!!!)


 今東都のいるドバー領の近くには、ブボボ山脈という山嶺(さんれい)があるらしい。


 またしても予想外の名前がでてきたことに、東都はむせそう返りそうになった。


 この世界の地名の発音は、なぜか日本語の排便音に似ている。

 おそらく女神の加護とやらが異世界の発音を訳しているのであろう。

 しかしこれが非常に東都の腹筋に悪かった。


 東都が笑いをこらえていると、エルが追い打ちをかけてくる。


「ベンデル帝国の首都、フンバルドルフは川の流れがゆるくて、川からくみ上げた水は、一晩寝かせて泥を沈め、沸かさぬと飲めぬのです」


(その名前でゆるい(・・・)って、別のものを想像するんだけど……)


「皇帝陛下が水道を整備したおかげで大分マシにはなりましたが……街のすべてに届くほどではないので、まだ多くの家がそうしていましたね」


「フンバルドルフにいた時は、水道は臭いがひどく、エルも私も水道ではなく井戸を使っていました」


「それがいい。川は用を足したモノ(・・)を上流にそのまま流す阿呆がいるからな」


(ひぇ……地獄かな? ここの水は大丈夫みたいだけど、他所の場所は、水の事情がかなり悪いみたいだな)


 その時、東都に電流走る。

 彼はあることを見落としていたことに気づいたのだ。


(いや、待てよ……)


 伯爵は東都のトイレを使う前に「用を足した」と言っていた。

 もし、その時に手を洗っていないとすれば……。


 これは完全なギルティだ。


(もう食べちゃったよ……お腹壊さないといいなぁ)


「おや、トート様の顔色が悪いですな。ははは、ご安心めされよ、ドバーは帝国の中でも、水がうまいことで有名ですからな」


「まったくです」


(うーん……あの森の中に出されたのは、結果オーライだったのかな? もしそのフンバルドルフっていう街に出てたら、いまごろトイレの住人になってたかも)


 できるだけこの世界の情報を集めようと、東都は積極的に3人に話しかけた。

 3人は東都の子供のような問いかけに対しても、まったく疎む様子を見せない。それよりもむしろ、気を良くして答えていた。


 貴族と一般人といった身分の違いはあれど、東都への扱いは丁重そのものだ。

 これは彼らが東都のことを、遠い国の客人と思っていることに理由があった。


 この世界にはインターネットはもちろん、テレビやラジオも新聞もない。

 見知らぬ世界の情報というのは、大変貴重な娯楽だった。

 とくに東都がするような、エキゾチックな異国の話は大人気なのだ。


 そうして彼らが談笑を続けていると、すこし話の向きが変わってきた。


「しかし気がかりなのは、フンバルドルフの流行り病ですね」


「うむぅ。皇帝陛下は別荘に落ちのび、帝都は空っぽだ。ベンデル帝国はこれからどうなってしまうのか……」


「その流行り病って、一体どんな病なんですか?」


「うむ、熱と嘔吐、そして激しい下痢(げり)だ。流行り病にかかったものは激しい下痢と熱でやせ細り、そのまま死んでしまうのだ」


「フンバルドルフの医者は、コロリなどとあだ名していましたね」


 コニーの言った「コロリ」という言葉に、東都は何か引っかかるものがあった。

 この名前をどこかで聞いた記憶があるのを思い出したのだ。


(うん? 漫画か何かで読んだような。あっ、まさか……それって――)


「どうしましたトート様? ははぁ、さては病の話で不安になりましたか。ご安心めされよ。流行り病はまだこのドバーまでは達しておりません」


「いえ、もしかしたら、その流り病を何とかできるかも。そう思ったんです」


 東都の言葉を聞いた3人は、驚いて顔を見合わせた。


「まさか、トート様にはこの病の原因がわかるのですか?」


「はい。おそらくですが、その流行り病の原因は『水』にあります」



まさかの尻アス展開。

トイレだけに。

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