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洗礼の秘蹟

 マルコに丸投げすることになったが、武器の問題は解決した。

 だが、まだもう一つの問題が残っている。そう、トイレだ。


「武器のことはケリがつきました。あとはトイレの問題だけですね。」


「トート様のトイレを隠れて使うというのはどうでしょう?」


「それも悪くないと思うんですが……もし柱の男の誰かに見つかったら、大事(おおごと)になりそうなんですよね」


「それもそうか……」


「いっそ見せちゃえばいいんじゃないかしら?」


「えぇ?!」


「おいコニー、トート様のトイレが使いたいからといってそれは……」


「違うわよ。まぁ、それも理由の一部だけど」


「どういうことですか?」


 コニーはそっと薄桃糸の唇に指をそわせた。

 ここからは秘密の話、ということだろう。


「柱の男たちは、トート様のトイレを(あつ)く信仰しているのよね?」


「そうですね。」


「なるほど、ならトイレの、神の言うことは絶対よね?」


「まぁ、そうなりますね」


「……コニー、何を言わんとしてるのだ?」


「エルの割りには察しが悪いわね。ここまで言ったら分かると思ったけど」


「むっ……」


「ハシムさんはトイレのことを救い主として盲信している。だから、トイレを通して僕が言うことは絶対信じる……そうか! 何でこれに気づかなかったんだろう」


「トート様、一体どういうことです?」


「簡単です。御柱教をさらに作り込むんですよ」


「御柱教を……作り込む?」


「さすがはトート様ね。その通りよ。トート様が神なんだから、御柱教の新しい設定を私達の都合のいいように作ったら? そう言ってるのよ」


「……おいコニー、それはいくらなんでも……――名案すぎるのでは?」


「でしょ?」


「やっぱり作り込むなら儀式ですよね。例えばこういう――」


「いいんじゃないかしら。でも演出をこうして……」


「悪くないですね。ハッタリは重要ですから。あ、この手もあるんじゃないかな」


「よくそんなことをトート様は思いつきますね」


「まぁ、色々な書物ラノベアニメを見てきましたから」


「なるほど……」


「よし次は――」



★★★



 ――夜。


 この日の夜は新月で、空に月はなかった。

 星の光がわずかに降り注ぐ空の下で、剣闘士の長屋は静寂に包まれていた。


 砂の国の夜は涼しいものだ。夜になると気温がぐっと下がる。

 昼の熱風が過ぎ去った後、この寒気が寝苦しい夜の慰めとなるはずだった。

 しかし、今夜はすこし様子が違う。

 柱の男たちは、みな一様に不安な眠りについていた。


 それはもちろん、彼らの神……御柱様トイレが失われたからだ。


 眠りについていたハシムは、ハッとなって目を覚ました。

 彼の心臓は、まるで夢の中で悪鬼から逃げていたかのように激しく鼓動している。


「……ムゥン。」


 昼間の焼け付くような暑気は消え失せ、夜の冷たさが肌を撫でている。

 しかし、ハシムの額には汗がにじんでいた。


 ――何かがおかしい。


 (うめ)き声のようなかすかな音に気づいたとき、予感は確信に変わった。


屍食鬼(グール)か? こんな町中で?」


 彼は寝床から立ち上がった。この声はいったいどこから聞こえるのか。

 ハシムは誘われるかのように剣闘士の長屋を出た。


「……訓練場か?」


 風にまじるわずかな声を追う。訓練場についたハシムは息を呑んだ。

 星明かりが地面に敷き詰められた白い砂に反射して、不気味な光を放っている。


 いや、光は星のものだけではない。訓練場の中央に光輝く立方体がある。

 ――そう、彼が慕ってやまない御柱様が砂上に屹立(きつりつ)していたのだ!


 彼は後ずさりし、何かを叫ぼうとした。

 しかし乾ききった喉から声は出なかった。


 彼の足元で、砂がざわめき始めた。ハシムは悟った。

 今夜、自分は神聖なモノの目覚めを目撃することになるのだと。


『ハシムよ……我が子よ……』


「!!!」


 神々しく(LEDライトで)光り輝くトイレがハシムに語りかけてきた。

 その声を聞いた彼は膝を折り、砂の上に額をこすりつけた。


「御柱様、ど、どうしてこの場にッ?!」


『ここにあるのは私の写し身です。私の本体は今も別の場所にあります』


「!!!!!」


 トイレの発したその言葉を聞いたハシムは、砂に体を埋めんばかりにひれ伏した。


「御柱様……申し訳ありませぬッ!!! 我は守れなかった……貴方様をお守りすることが出来なかった……ッ!」


『あぁ、我が子よ……哀れな子よ。あなたはまだ弱い。ゆえに力を授けます』


「ムゥン。力……ですと?」


『洗礼の秘蹟(ひせき)です。これによって貴方に力を授けます。さぁ。こちらに……』


「洗礼の秘蹟(ひせき)……」


<ギィ……。>


 立ち上がったハシムが恐る恐るトイレに近づく。

 するとトイレのドアが厳かに(人感センサーによって)開いた。


「……ッ!」


『恐れることはありません。私の中に入りなさい』


 光の中にあって、視力を失うハシム。

 しかし、彼は母の威光に怯むことなく歩んだ。


『その場で振り返り、座りなさい。あ、下履きは脱ぐように』


「え」


『はやく』


「は、はいッ!!!」


 動揺するハシムは、下履きを脱いだ状態で強引に便座に座らされた。

 光の中、荘厳な音楽が流れ始める。


「ムゥン。こ、これは……?」


『では始めます。あなたに洗礼を――水の加護をウォ・シュ・レット』


 その時、ハシムの()で小さな駆動音がした。

 しかしその音は、◯姫の音楽に完全に隠れてしまっている。

 小さな暗殺者が忍び寄り、そして――


「うぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


「これが……光!! ……母の……慈愛ッ!!!!」


 ウォシュレットがハシムの敏感な部分を責め立てる。

 乾ききった砂の国では決して味わうことのない快感に彼は悶えた。

 しかし、母はこの程度では止まらないッ!


『我が子よ「愛」を受け取りなさい』


「オォォォォォオオオオオンッ!!!」


 野太い嬌声が闇夜に消える。

 夜空の星々は迷惑そうにまたたいた。




こ れ は ひ ど い

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