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神のひと声

 ――ここで少し時間は巻き戻る。

 ハシムたちが敬愛してやまない「御柱様(オハシラサマ)」に何があったのか?

 それを今から語ろう。


 ★★★


「さて、思った通り警備は厳重だな……」


「新参者がそう簡単に近づけるわけないにゃー」


「ま、これくらいは想定してたけどね」


 東都とマルコは、トイレの近くの茂みに潜んで様子を見ていた。

 屹立するトイレの周りには、常に数人の信徒がいる。

 彼らの目を盗んで行動するのは、ほぼ不可能だろう。


「正攻法でトイレに何かするのは難しそうですね」


「で、次はどう出るつもりにゃ?」


「ここは新しい可能性を探しますか」


「にゃ?」


 言葉の意味が理解できなかったマルコは、調子の狂った声を上げる。

 ぽかんとしたネコ人を横目に、東都はステータスオープンと小さく唱えた。


(さて、このシチュエーションで使えそうなスキルは、と……)


 東都はあらためてツリーに並ぶスキルをチェックする。

 トイレのスキルツリーは膨大で、まだまだ無限の可能性に満ちている。


 T●T●が始めた闘争――

 つまり、お尻を快適にするために始めた戦いは、100年の永きに渡っている。

 このスキルツリーにはそれだけの歴史が刻まれている。


 いま直面している困難を(くつがえ)せるスキルがかならずあるはずだ。


 T●T●の経た年月に比べれば、このトイレは生まれたばかりの赤子にすぎない。

 逆を言えば、どんな形にも成長できるということだ。


 東都は打開策を求め、スキルツリーを凝視する。

 だが、あまり良い表情が浮かんでいない。


(うーん……なんかピンと来ないな。どれもイマイチな気がする。)


 眺めているツリーに現状を打開できそうなものがない。

 アテの外れた東都は頭をかいていたが、ピタリとその手が止まる。


(いや、これは考え方次第だ。もう一度問題を整理しよう。僕は今、何ができなくて困ってる? そう……トイレに近づけないことで困っている。それはなぜで、何で近づきたい? 僕の作戦はトイレを操作する必要があるからだ。)


 東都は自問自答を繰り返し、混沌(こんとん)とした思考を整理していく。

 要望、課題、解決法。3つのパーツが同じリズムで整えられ、複雑に絡まっていた問題がひとつのラインに並べられていった。


(うん。基本に忠実にやっていけばいい。これはRPGやソシャゲと同じだ。すべきことは何で、何が障害で、どう解決するべきなのか……と)


 迷いが晴れ、澄んだ瞳になった東都はツリーに目を戻した。

 するとスキルツリーを見ている東都の中で「カチリ」と何かが噛み合った。


(……! これは……使えるかもしれないな)


 東都の指先がスキルツリーに触れ、輝いた。


「さっきから何してるにゃ?」


「あっ、えっと……何ていうんですかね? イメージトレーニング?」


 スキルの操作は東都以外のものには見えない。

 東都は自分のしていた奇妙な動きを、イメトレと言ってごまかした。


「ふーん、それで上手くいったかにゃ?」


「えぇ、いまやってみせますよ」


 東都は取得したばかりのスキルを発動させる。

 そのスキルの名は――「呼出(よびだし)設備」だ。


 この機能は、病院などのトイレについているものだ。

 特定の病気では、トイレにはいっていきむ(・・・)と、血圧が変化して容態が急変することがある。そのため病院のトイレには必ずこういった設備がついている。


 そしてこの呼出機能にはもう一つの機能がある。

 電話のように通話することも可能なのだ。


(えーっと……トイレにつけた呼出機能に応答するのは、スキル欄からできるみたいだな。ステータス画面から直接行けるのは楽でいいけど……)


 画面を見た東都は一瞬固まってしまった。

 いままでに召喚したトイレが全部並んでいたからだ。

 その数は1000をくだらない。


(今まで出したトイレが全部リストになってる?! 僕が最初に出したトイレで良かった……。中途半端な位置にあったら、総当たりで探すところだったぞ)


 東都はリストの一番上、シリアルナンバー1番のトイレを押した。

 するとスイッチが光りだし、通話状態になったことが示される。


(……これで大丈夫なのかな?)


 ぶっつけ本番だが、意を決した東都はスキル画面に向かって話しかける。


「スゥーッ。――我が子たちよ、私の声を聞きなさい……」


 腹筋に力を入れて半音あげ、裏声で語りかける東都。

 ……柱の周りにいる信徒たちに反応はない。失敗したのだろうか。


「……我が子たちよ、私の声が聞こえますか」


 東都はもう一度語りかける。

 するとトランス状態にあった信徒の一人がキョロキョロとあたりを見回した。


(お、バッチリ聞こえてるな!)


「我が子よ、私の声が聞こえているなら……えーっと、逆立ちしなさい」


 信徒はコクコクとうなずき、その場で逆立ちを始めた。

 それどころか、そのままプッシュアップまで始めている。


「そこまでしなくていいです……さて、私からあなたたちに啓示(けいじ)を授けます」


 東都がおごそかに「啓示」をささやく。

 逆立ちしていた信徒はもんどり打って地面に倒れ込んだ。


「そ、それは私の一存では、と、とても決められませぬ……ッ!」


「か、覚者を呼べ!!」


(お、信徒の一人が黒ターバンのオッサンを呼ぶために動いたぞ。よし。これで作戦の第一段階は成功だ)


「こんなところかな?」


 御柱様としての対話を終えた東都は、保留を押して音楽を流す。

 すると優しく繊細な曲が流れ、それを耳にした信徒たちは滂沱の涙を流す。

 ついに信仰が報われた。そんなところなのだろうか。


「うーん、ちょっとやりすぎたかな?」


「シシッ!」


 できることはやった。あとはハシムが現れるのを待つだけだ。

 東都とマルコは茂みに潜み、じっと森の奥を見つめていた。



リアルで入院した経験が早くも役に立つとは…

この作者の目を持ってしても見抜けなんだ…(

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