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預けられた命


『あぁぁぁぁ~~~~~!!!』


「な、何?!」


 女騎士がトイレに入ってしばらくして、急にトイレの中から黄色い声があがったので、僕はそれにびっくりした。


「おい、魔術師、一体何事だ!!」


 相方の騎士はものすごい剣幕で僕に近づいて来たかと思うと、鋼鉄製の小手を僕の胸元まで伸ばし、制服をギュッとねじるように掴んで、僕の体を持ち上げた。


 わぁ、スゴイ力。さすが中世人(?)。

 でもそれを聞きたいのは、こっちもだよ!!


「わかりません、トイレにそんな要素ないですよ!! トイレなんだから!!」


「アンゴールの首をへし折るトイレがあるか!」


 ……それは確かに。

 人より大きい怪物の首をへし折るトイレなんて僕も聞いたことがない。


「やはり始末しておくべきだった……!」


 そういって騎士は僕を地面に落とした。

 がっつり尻から着地した僕が衝撃に悶えていると、騎士は腰の長剣を抜いた。


「コニーの敵を取らせてもらう」

「ほげっ!」


 不味い、このままでは転生初日で僕は死んでしまう。

 くそ、トイレだけでこんな異世界を生き抜くなんて無理だったんだ!!


 よくもこんな世界に飛ばしたな、ファッキンクソ女神ィ!!


「まって、エル……私は死んでなんかいない!」


「コニー、無事だったか!」


「トイレで死ぬわけ無いでしょう……常識的に考えて」


「う、うむ。しかしだな……」


 トイレから出てきたコニーという女騎士は、頬が桃色に染まり、額に浮いた汗のせいで乱れた髪が顔にくっつき(いく)筋かの線を作っていた。


 なんかその……すごい事後感がある。


「その乱れ様、一体何があったと言うのだ」


「このトイレは凄まじいわ。そもそも……トイレなのかしら。トイレ以外の要素があまりにも多すぎるわ」


「むぅ……コニー、君の言っていることは、まるで意味がわからんぞ」


「正直なところ、私もよ。音楽は鳴らすわ、臭いを吸い込もうと息をするわ、まるで意味がわからないわ」


「トイレでないなら、これは何なのだ?」


「わからないわ。ただ用を足せるということ以外、何もわかることがないわ」


「むぅ……」


 何でこの騎士たち、トイレを前にこんな悩んでるんだろう?

 中で用が足せるなら、普通にトイレで良いんじゃないかな……。


「ところでコニー、先ほどの声は一体何だったんだ?」


 うん、それは僕も気になった。

 トイレで◯姫を貫通するくらいの大声を出すって、どういう状況よ。


「そうね……あれが現実だったのか、それとも森が見せた幻だったのか? 私にもいささか自信がないのだけれど」


 いや、ここにあるトイレは現実に存在しますけど。


「驚くべきは、このトイレ――紙がないのよ!」


「何!!」


 あ、そういえばそうだった。

 僕がこの世界に来て初めてやったことと言えば、溜め込まれた絶望をトイレの中で解放したことだが、確かその時はポケットティッシュで拭いたっけ。


 ていうか、この人たちってトイレで紙使うんだ……。

 銃もあるようだし、意外と文明が進んでるのかな?


「紙がないということは、コニー、お前……手で拭いたのか!」


「そんなワケ無いでしょ! それは最終手段だわ!」


「では、どうしたというのだ……まさか服で!?」


 ずっと後ずさる騎士は手でなにかのジェスチャーをした。


 どうやら異世界でもエンガチョに相当する文化はあるらしい。

 彼に対して、コニーと呼ばれた騎士は赤面しながら叫ぶ。


「トイレが、したのよ!」

「何をしたというんだ……!」


「その――小さい方を」

「何ィ!!」


 ちょ、言い方ぁ!!!


「それがあまりにもその、アレだったから……」


「なんと……この魔術師、やはり殺したほうがいいのでは」


「もげっ?!」


 やばい、来たぞ!

 中世にありがちな、大胆かつ雑な命の扱いだ!


 男の方の騎士は、僕に向かって抜き身の剣を振り上げた。

 もうダメだぁ……おしまいだぁ……。


「待ってエル、逆よ。彼は保護しないといけないわ」


「何、どういうことだ?」


 女騎士は剣を下げるように促した。

 騎士は剣をおろしたが、たいへん不愉快そうに(うな)った。


「この魔術師が何者かは私にもわからない。だけど……この魔術師が作ったというトイレ、これが凄まじいものであることくらい、私にもわかるわ」


「はぁ? しょせん、ただのトイレだろ……?」


「エルのおバカ!!まだわからないの!?」


「そんなに怒らなくてもいいだろう!」


「私たちの寄親のウォーシュ伯爵は、長年トイレで使った紙によってその身を削られ、今では椅子に座ることもできなくなったと聞くわ――」


 あ、やっぱり紙の質は悪いのか……。

 現代のトイレットペーパーとは比べ物にならないくらい粗悪なんだろうな。


 わらばん紙で拭くのを想像した僕は、お尻がヒュッとなった。


「でも、このトイレは紙を使わない。水を吐き出し、それで洗うのよ」


「そうか、ようやく見えてきたぞ、君が言わんとすることが!」


「ようやく分かってくれたわね……」


「そういうことならば善は急げだ。魔術師、良く聞け」


「あっはい?」


「お前の命は我々が預かる。無論、逃げたら斬る」


「ヒィ!!」


 僕はロープでグルグル巻きにされると、そのまま馬に乗せられた。

 そして、騎士によってムチを打たれた馬は、何処(いずこ)かに向かって駆け出した。


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