再会
――それから数日後。
東都たちは草木の茂る、鬱蒼した暗い森の中にいた。
というのも、砂の国の前には『|致死率十割大森林《シュテルブリヒカイト・ハンダート・プロツェント・ヴァルト》』を擁するドバー領がある。
砂の国へ向かうには、まずこの森を通らねばならないのだ。
旅支度をした東都たちは、馬に乗って東へと進む。
最初のうちは、炭焼き人や猟師が森に入るのに使う道を進めていた。
しかし、奥地に進むうちに道は次第に細くなり、ついには姿を消した。
森の中を風が通り抜け、梢が揺れる。
そうすると葉がこすれ合い、さらさらという音を立てる。
馬上のエルは、この音を聞いて懐かしそうに声を上げた。
「……久しぶりに帰ってきたという感じがするな」
「そういえば……トート様と出会ったのは、この森を巡回していたときだったわね」
馬上のエルとコニーが東都との思い出を語る。
東都は彼らの思い出話を、コニーの背中で聞いていた。
というのも、現代っ子である東都には馬の乗り方がわからない。
そのため彼はコニーの馬に同乗していたのだ。
「なんかだいぶ前のことにも思えますよねー。ほんの数週間前のことなのに」
「私たちが獣人の様子を探りに森に入った時、トート様に出会ったのでしたね。あのときは本当に失礼なことを……」
「いえいえ、気にしないでください。僕は気にしてませんから」
エルは東都に向かって、あらためて謝罪の言葉を口にした。
しかし東都は、「気にすることはない」と打ち消した。
(実際、僕がエルさんの立場だったら同じことしてただろうしなぁ……森の中でトイレを置いて放水してるとか、あからさまに怪しかったし。)
東都がこの森でやっていた奇行は、中世どころか、現代においても間違いなく警察沙汰になる。咎められてむしろ当たり前だったろう。
「トイレで獣人を撃退したのはいいものの、僕は森の中で迷子になっていましたから。おふたりに出会ってなかったら、一体どうなってたことか……」
「そういえば、あの時置いてたトイレってどうなったのかしら」
「あれ……たしか、トート様はそのままにしてましたよね?」
「ですね。トイレは森の中に置いてきましたね」
(えーと、確かあの時って……ウォシュレットで獣人を倒した後、コニーさんが僕のトイレを使った後、トイレはそのまま置いてきたはずだ。ん……何か嫌な予感が)
「そこな旅人よ、これ以上先に行ってはならぬ!」
「誰?!」
東都たちの眼前に、突如としてみすぼらしい姿の老人が現れた。
老人は薄汚れて裾がすり切れたローブを着込んでおり、しわがれた手には自身の背丈よりも長い木の杖を握っていた。
杖の先端には、カラスの羽根や、リスやウサギといった小動物の頭蓋骨が飾られていて、老人が身じろぎするたびにカラカラと音を立てている。
老人はそんな杖を両手で握りしめ、よりかかるようにして立っている。だがその声は非常にしっかりとしていて、森の静寂を打ち破るのに十分な力強さを持っていた。
「……旅の人よ、命が惜しくばこの先には行ってはならぬ!」
「はぁ。ですが、先を急いでるのですいません」
老人は東都たちの行く手を塞いでいるが、その横は普通に空いている。
コニーは普通に老人の横を回り込んで通り過ぎようとした。が――
「まてまてまてーぃ!」
それまでゆったりとしていた動きの老人は、カサカサといきなり機敏に動き出して馬の前に立ちふさがった。その動きは、どことなく台所のGに似ている。
さらに老人は枯れ木のような手をローブから突き出し、びしっと東都を指さした。
「もし、これより先に進もうとすれば、恐ろしい結末を迎えることだろう!」
老人は、指先だけでなく全身をぶるぶると震えさせている。
恐怖によるものだろうか、それともただの老化か……。
この先を行く者には、世にも恐ろしい運命が待ち受けている。
ローブの下で、老人はそんなことをのたまった。
しかし、肝心の何がおそろしいのか、それについては一切口にしなかった。
「どうしましょうトート様。まるで意味不明なんですが」
「僕に言われてもなぁ……」
「行ってはならないって、この先にいったい何があるっていうのよ」
コニーが疑問を投げかけると、老人は待ってましたとばかりに笑った。
「ククク……この先には、『柱の男たち』がおる」
「柱……?」
老人は引きつったように笑った後、おごそかに語る。
「ある日突然、森の中に白い柱が現れたのじゃ……。その柱は小鳥が囀るような人とも獣ともつかない奇妙な声をあげていたという」
「ほうほう?」
「喋る柱とは……これまた面妖な」
「……ある旅の者がその柱に近づき、じっと柱の言葉に耳をすませた。すると柱は、『汝が望むものは何か』と、旅人に語りかけた」
「それで、旅人はどうしたの?」
「旅人は水を求めていた。三日三晩森を彷徨っていた旅人は、喉が焼け付くように乾いていたのだ。望みを聞いた柱は求めに応じ、あふれるほどの水を旅人にあたえた」
「なるほど、望みを叶える柱というわけね……」
「そんなものがあるなんて、にわかには信じられないな。」
「フフフ……そう言ってこの先に行ったものは、みな柱の男になったのじゃ」
「その柱の男ってなんなんですか?」
「柱に魅入られた者どもよ。柱のさえずりを聞いたものは、みな『柱の男』となったのじゃ。男たちは、旅人の望みを叶えた柱を守護っておるのじゃ」
「ふーむ……さえずり、望みを叶える柱……か」
「柱の男たちは、その柱を守っているってわけね。」
「左様。この先に進めば、柱の男たちに加わるか、それとも柱の男たちと戦って死ぬかの二択しか無い。悪いことは言わん。この先には行ってはならん」
「普通にヤベーやつだった。ていうか、この手の『行ってはならねぇ』で、ちゃんと解説してくれることってあるんだ?」
「トート様、まるで解説しないのが普通みたいに言わないでください。フツーは危ないならちゃんと説明するでしょう?」
「いや、こういうのって大体内容を説明されないで、構わずすすんでひどい目に合うっていうのがセオリーでして……」
「どこの世界のセオリーよ。っていうか、ふと思ったんだけど……」
「どうしたコニー?」
「いや、私の思い違いならいいんだけど、もしかしたらその柱って……」
「あー……」
「「トート様が置き去りにしたトイレなのでは?」」
なぜかアイヤイヤ~っていうBGMが空耳で聞こえる。
次回、柱の男戦。
でもなんかこう、嫌な予感しかしないのは何故だ…