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人類の営為


<パーンパーン~パーパーパーラ~パパラッパッパ♪>


 トイレが奏でる勇ましいファンファーレを聞きながら、便座に座ったコンスタンスは頭を抱えていた。


「トイレよね?! なんでトイレに音楽がながれるの!?」


 コンスタンスは◯姫の存在がまるで理解できなかった。


 トイレとは静粛であり、人々の営為を沈黙で包み込むものだ。教会の懺悔室にも似た、思考の空間であるはずなのだ。


 だが今のこれは何か。


 ある種の感情を掻き立てるメロディーが、騒々しくトイレの中を駆け巡っている。とても思考するどころではない。


「理解できない……なんでトイレに音楽を流す必要があるの!!!」


 彼女はトイレの中を見回した。


「この音楽は一体どこから……?」


 彼女はファンファーレの根源を探したが、それらしいものは見つからない。


 そもそも、トイレの中は彼女一人だけしか入っていない。

 音楽家の姿はどこにもなかった。


「ええい、音楽隊!! やめなさい!!」


 目に見えない相手に対してコニーは叫んだ。

 だがそれは、ファンファーレの音をより強くするだけだった。


「くっ、バカにして……!」


 彼女は腹立ちまぎれに舌打ちした。


 しかし、こんな状況であっても「便意」は待ってくれない。

 出すものは必ず出さねばならないのだ。


 彼女は下履きを脱ぎ、野生解放の瞬間に向かって準備を整える。

 が、ここで彼女は、ようやくあることに気づいたようだった。


「……まさかこの音楽は、トイレの音を誤魔化すためのもの?」


 がなり立てる金管の音は、彼女が身動ぎする音を完全に打ち消している。

 

「まさか、そんなことって――バカじゃないの?!」


 彼女は怒りとも嘲笑とも取れる言葉を発した。


 実際、◯姫は開発当初、その意義に気づかなかった多くの人たちに「ばかげている」「荒唐無稽」「無意味」だと笑いものになっていた。


 彼女もそうだったのだろう。


「日々を豊かにしてくれる音楽を、ただの音消しに使うなんて、音楽の冒涜だわ」


 至極もっともなことを口にするコンスタンス。

 実際の所、そう言われてしまうと、東都も何も言えないだろう。


 もっとも、ファンファーレが鳴るようにを設定したのは女神なのだが。

 これは彼女の自己愛の反映でもあった。


「普通なら引っ込むところだけど……『盗賊の酢』の威力は凄まじいわね。

――もう耐えられない!」


 そしてついに、彼女はふんばり、力を入れた。お食事中の方の配慮、そして彼女の名誉のために具体的な音声の描写は差し控える。


「……!!!」


 彼女の顔が耳まで紅潮する。

 自分からこんな下品な音が出るとは思ってなかったのだ。


「クッ、あの商人、今度あったら逆さ吊りにしてやる!」


 コニーが(りき)んでゴールポストにシュートを放ったその時だった。

 彼女が座っているモノから、とんでもない轟音がした。


<ブォォォォォォ!!!!>


「え、なになに?! ごめんなさい!」


 彼女は突如発生した轟音を、トイレが怒り出して彼女に向かって吠えたと考えたらしい。なぜか彼女はトイレに座ったまま謝りだした。


 現代人である東都がこの光景を見たら、首を傾げるだろう。

 なぜなら、この咆哮はただの消臭機能でしかないからだ。


(……これは、風?)


 トイレに謝っていたコニーは、空気の流れを臀部(でんぶ)に感じていた。

 そして、用を足した時に当然発生する臭気がないことが、これと結びつく。


「……まさかこのトイレ、匂いを吸っているっていうの?」


 言葉にすると最悪だが、まさにその通りだった。トイレに当然立ち込めるであろう悪臭がないことに気づいたコニーは、便座に座りながら狼狽える。


「一体何が起きてるっていうの」


<コォォォォォ……>


「臭いを吸い終わった?」


 トイレの咆哮は次第に小さくなっていく。

 コニーは匂いが収まるにつれて、トイレの咆哮が収まっていくことから、直感的に音の大きさと匂いが比例している事に気づいたのだ。


「くっ、まさかあの爆音、そんなに臭かったってこと!?」


 実際その通りだった。


 盗賊の酢は、各種の薬草が漬け込まれており、それを食した場合、排泄物が非常に臭くなるのは自然の摂理である。


「……用を足すだけでこんな辱めを受けたのは始めてだわ」


 コニーの中に、暗い怒りの炎が灯り始めていた。

 用を足すだけで何故こんな目に合わなければならないのか。


「さっさと拭い取ってあの魔術師を問い詰めないと」


 そう言って、彼女はトイレに当然あるものを探す。

 それはもちろん「トイレットペーパー」だ。


 東都が転生したこの世界では、すでにトイレットペーパーが実用化されている。


 しかしトイレットペーパーといっても、東都が元の世界で使っていたそれとは、比べ物にならないほど粗悪なものだ。


 この世界のトイレットパーパーは、一枚一枚小さく切り取られたメモ用紙のような形をしており、そ表面がやすりのようにゴワゴワとしていて、なおかつ固い。使う前につばを吐いて湿らせて、手でもんで柔らかくして使う。


 そのあまりの品質の悪さに「ガチョウの首で拭くほうがマシ」と言われるシロモノだが、毎回トイレに入るたびにガチョウを探すわけにも行かない。


 なので、用を足した後はトイレットペーパーを使うのが、コニーにとっては普通のことだったのだ。だが――


「か、紙がない……!」


 コニーがいくらトイレの中を見回しても、紙がない。

 体をよじって後ろを探してみても、どこにも紙がなかった。


「クッ、まさか手で拭けっていうの!? そんな事するくらいなら……死んだほうがマシだわ!」


 コニーは戦場で汚泥にまみれながら進んだ経験がある。

 しかしそれでも、さすがに自分の手で拭くのは抵抗があった。


「自由に水を出せたらなぁ……」


<カチッ>


「ん、何か今、音がしなかった?」


 コニーはトイレを見回すが、変わった様子はない。


「気のせいか」


 気を取り直した彼女は、自分の左手をじっと見つめる。


「まぁ、あとで水で洗えば(・・・・・)


 彼女がそう口走ると、トイレの便座の裏、彼女の見えない死角から白い棒がニョッキリと伸び、そしてそこから一心不乱の放水が開始された。


 トイレは「水で洗えば」をウォシュレットのコマンドと解釈したのだ!


「あぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!!!」


 ウォシュレットはコニーを的確に狙い撃つ。彼女はいまだ人生で経験したことのない快楽のゾーンに突入し、コニーの嬌声が森の中にいつまでも響いた。


この作者、やりたい放題である。

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