神様と才能の物語
僕は神様だ。
現代社会において、他の人間たちと同じように肉体を得て、娯楽を享受し、時に神様らしく三大欲求を無視しながら生きる神様だ。
ただ、最近の僕には悩みがある。
神様であろうとも、現世の人々に紛れ込んで、娯楽を探しながら右往左往している以上、楽しむ手段というものは限られてくる。
方法、結果、その先のこと。
とてもとても長いこと生き続けられればそれだけに、過ぎゆく時間が多ければ多いほどそれだけに、初体験の出来事が減っていくのは当然のこと。
「あー……、つーまーんーなーい……。いよいよ同じことするのも飽きてきたぁ……」
仄暗く活気もない道の半ばで、ひとりつぶやく。
簡単に言えば、僕は退屈していた。
けれども、このような日々を幾星霜の年月として続けていた僕には、この問題への解決策を知っていた。
それがゆえに、次の行動は決まっている。
「ねぇ、そこのおにーさん。僕を、養ってくれない?」
僕は、たまたま通りすがった若い男の人に声をかけた。
◆
僕は神様だ。
けど、他人から僕を見た時、その人の目には僕のことが小中学生ほどの男の子に見える。
これは別に元からそうだったとか、そう見えなきゃならない理由とかがあるわけじゃなくて、ただ僕がその姿を取っていたいからなだけ。
言ってしまえば、僕の趣味嗜好、それでしかない。
ただし、僕と少しでも関わりのある人物……いや、関わりのあった人物は、きっと僕のことを二度と子供とは思えないだろう。
僕は過去にも、娯楽を追求するための資金調達手段として、同じ手法を用いてさまざまな人間に養ってもらってきた。
まぁ、正確には……月に何度かお小遣いを貰うような感じで、養うという言葉が持つ本来の意味とは、ちょっと違うんだけど。
で、その養われること。
僕はその時、お金を貰う代わりに、神様らしく対価を相手に支払ってきた。
その対価は、『ある一人の人間が努力をした時、得られるはずだった成果を“ほんの少しだけ”豪華にすること』。
はじめてこの提案を思いついた時、我ながら、人を堕落させるわけでもなく、飛び抜けて強い影響を与えるわけでもなく、丁度いい塩梅での取引内容にできたものだと思っていた。
けど、実際の所、この話を持ちかけた相手が辿ったその末路は人によってまるで異なるものだった。
ある者は対価を過大に捉え過ぎて機を逃してしまったり、ある者は努力の結果得られた富が身を滅ぼす結果となり、またある者は驕ることもなく命尽きるその瞬間まで自らを律する人格者となった。
何が言いたいかって言うと、今まで養ってくれてた相手の中では、僕の存在は良くも悪くも大きな存在として刻みつけられていたんだろうってこと。
それと同時に、大きく道を変えて歩く人間たちは、それだけで僕の娯楽の一つとして成り立つほどに面白く思えた。
でも、今の僕はそれを求めてはいない。
なぜなら、飽きちゃったから。
さて、ここで一問出題しよう。
なぜ僕が飽きているのに、同じことをしようとしているのか?
その答えは、これから広がっていく展開で見つけてもらおうと思う。
「…………」
と、思ったんだけど、あいにく僕が声をかけたおにーさんは反応を返してはくれなかった。
耳にイヤホンなどの類はつけていないようだし、先ほど視線はばっちりと合っていた。
僕の存在を認識していない、なんてことはないはず。
――無視、そういうことだね。
得体の知れないものには関わらないという断固たる姿勢は、なるほど結構合理的な判断とも言える。
むしろ、変なことされても困るんだけど。
そんな風に思いながら、僕もまた僕らしく判断を取ることにした。
「ねー、無視しないでよー。僕ー、神様だよー? なーんか言ってよー」
僕のした判断は簡単だ。
相手の思考の片隅でもいいから、僕が居続けばいい。
「ねーねーねー、僕の話聞いてよー」
僕はしつこいぐらいに男の人に絡む。
しばらくすると、男の人は辛抱堪らないと言った様子でその歩みを早めた。
狙い通りだった。
周囲に人などない空間で、不気味と言えど一対一の接触を強いられる。
無論、それを続けていれば、いずれかはこの場から早く立ち去りたい、という気持ちになるのも当たり前のはず。
だが、その思考に至った時、頭の中の中心にいるのは他でもない僕なのを忘れてはいけない。
いつもいつも、似たような手段を取らないといけないなんて、面倒だよね。
そんなことをちらっと思いながら、僕は神様らしいお願いの仕方をすることにした。
僕はその場に立ち止まる。
一歩、また一歩と若い男の人との距離が広がる。
けれど、それから数歩の距離で、男の人は急に背をのけぞらせて軽く跳ねた。
少し経つと、呼吸を荒くして膝を地面につけ、二つの手のひらは頭を両脇から支えていた。
それはまるで、処理に追いついていない機械が熱と悲鳴をあげているかのような状況。
どうしてそうなっているのかは、僕が一番分かっている。
「な、んだよ……これ……?」
明らかにうろたえた様子の男の人に、子供の歩幅で近づいた僕は、後ろからゆっくりと声をかけた。
「どうかなぁ。その才能なら、使えるんじゃない?」
最終的に、僕に向けられていた無視の対応は、取り下げられたのだった。
◇
僕は神様だ。
今はとある男性のもとで、お金を受け取っては彼の様子を眺めることを娯楽とする生活をしている。
そして僕は、受け取るお金の対価として、人助けとでも、施しとでも、はたまた破壊活動とでも言えることを、先の男の人にしている。
あの時僕がしたことは、彼が手遊び程度でしていた動画投稿者という立場で使える、決して少なくはない知識や閃きを与えたことだ。
『やっと僕のこと、気にしてくれた。僕が神様だって言うの、嘘じゃないんだよ? 悪くないでしょ。その“才能”があれば、君は一躍、有名人になることだってできる』
そこそこ時が経った今、口にしたことを僕の中で反芻する。
そう宣言したことを、律儀に守っているだけに過ぎない。
あくまでこれは取引であって、僕が目の前で行われている人生劇場の観客になりたいがための行動。
十年一昔、なんて言葉が人間の中では言われているように、世が概ね移り変わったと言える頃合いで『彼』を目にして軽くため息をつく。
僕と出会ってからの彼の快進撃は凄まじいものだった。
手にした才気は瞬く間に彼を界隈のトップへと押し上げ、成果と言える成果は片っ端から彼の手中へと収まった。
その速度も到達点も、努力を後押しした時とは段違いもはなはだしい。
というのも、今の彼は、もはやキーボードを一度叩くだけでも光を輝かせる、まさしくカリスマと呼ぶにふさわしい人物へと変貌していたからだった。
彼のもとに集う人は皆揃って賞賛の言葉を口にする。
その言葉の中に、「天才」の単語が含まれないことは絶対になかった。
はーあ、ゆーてこんなもんかー。
僕は再びため息をつく。
想像していたものとは違った。
なんなら、見てる光景は前やってきた中で成功してた人と大差ないし、別に面白味も新鮮味もあるわけじゃないし、ちょっと……んん、だいぶ期待外れだったなー。
「あっはは、なに渋い顔してんだ神様! ほらほら、俺は全てを手に入れたんだぜ? 全部、あんたがしてくれたことの結果じゃないか!」
そっすねー。
まあ……この人にたかる人間のどす黒い感情ぐらいは結構面白いか。
高級感こそ溢れるものの、僕からしたらただだだっ広いだけの部屋の中で、彼が見せてきたホームパーティとやらの画像を見ていた。
感じたことのある退屈の感情を胸に抱えながら、僕をその場をなんとなく過ごしていた。
けれども、ある時を境にして、彼の勢いは急激衰えてしまった。
彼曰く、頭の中に浮かんでくるものは止まらないのだが、どれほど形にしようとも、どんな形にしようとも、絶頂期からはほど遠い結果しか産まなくなってしまったのだと言う。
その結果、人気が緩やかに減少していく彼と共にぽつり、ぽつりと彼のもとから人が去っていった。
それどころか、集まる声も賞賛から批判の声へと変わり、次第に彼の精神をも蝕んでいくのだった。
「お、おい。なんでだよ? 俺には才能があったんじゃないのか? 一体、何が起こっているんだ?」
驕れる者も久しからず。
彼の衰えはとどまるところを知らず、いつしか彼が手にしていたものは全て過去の栄光とまで評されるようになってしまっていた。
それに加えて、動画投稿者たるもの、安定した生活が望める職業ではない。
自転車操業だった生活から、やがてそれすらも上手く立ち行かなくなる。
それは、避けられない未来だった。
「ふぁーあ、元気にしてるー? 僕はあんまりー。ってかぁ、ちょっとお金貸してよー」
ただ、僕は僕でそんな彼の状況なんて関係ない。
むしろ、僕は今まで無駄にしてきた労力のために色々と充電したいんだ。
「才能……才能は!? 俺の才能を返せよ! なんで急にやめちまったんだよ。やめたんなら、お前はなんでここにいるんだよ!?」
なんかどっかでやられたなぁ、この怒声。
そんなとりとめのないことを考えていた僕だったけど、しつこいほどに投げかけられる怒号に脳内の考えも吹き飛ばされていくのだった。
「無視すんなよ……。俺だって、あんたの言葉聞いてやったじゃねぇか! おい、聞いてんだろ!?」
「はぁ……」
面倒だけど、教えてあげるかー。
僕は神様のそれっぽい力で彼の口を開かないようにしてから吐き捨てた。
「神様が黙って聞いてればさー、僕が取引の内容ぶっちぎったみたいに言うのやめてもらえませーん?」
そう気力のこもってない返しをすると、彼は顔を真っ赤にして必死に言い返そうと試みていた。
が、いくらやっても開かない口の前に、彼はなす術もなくタコのように身動きすることしかできなかった。
僕はその状況に対して、ポケットにしまってあった電子端末を取り出し、ある操作をしながら続けた。
「別にー、僕、約束は破ってないからね? 君に才能を授けたのは事実だしー。君こそ、僕が言ったこと、覚えてる?」
口を動かすと同時に、画面を操作する手を上下させる。
――あった。
僕が嘘ついていない証明。もとい、彼の才能を示す最たる証拠。
それを僕は、彼に突きつけた。
「『君は一躍、有名人になることだってできる』」
画面が照らした顔の中に、激しく突き動かすような感情はこもっていない。
彼の身体がわなわなと震えた。
震えの正体は、もちろん怒りではない。
他の動きは一切なく、赤かった顔さえ、みるみるうちに青ざめていく。
その瞬間、部屋の中でインターフォンの音と電話の音が鳴り響いた。
彼は、その音で金縛りが解けたかのように動き出し、窓際にかかっていたカーテンから顔を覗かせた。
視線の先には、何人もの人、人、人。
カーテンを手に持って震えていた彼だったが、やがて両膝から崩れ落ちて地に伏せた。
僕はそんな彼にゆっくりと近づいて、後ろから声をかける。
「ほーら、ね? 才能、まだあるじゃん」
発言と共に歪む口角をなんとか抑えて、僕は踵を返す。
それと同時に、手に持っていた端末の電源を落とした。
画面には、バックライトが消えて見えなくなる直前まで、彼の個人情報やその他近しい情報全て、恐らく彼にとっては利にならないことが書き連ねられた掲示板のページが開かれていた。
☆
僕は神様だ。
少し前まで、他人に相互援助しつつ娯楽に勤しんでいた、そこだけ切り取ってみれば他の人間と大差ないようなただの神様だ
……や、あんまり勤しめなかった気もするような……まぁいっか!
あぁ、でも。今はちょっとまぁいっかで片付けられない悩みを抱えている。
いくら神様であったとしても、結局いつかは困ってしまう日がやってくる。
僕が神様であるがために、色々と無視できる要素があったとしても、絶対に避けられない壁はどこかにはある。
「うー……。今回は失敗だったなぁ。最後はちょっと面白かったけどー、あれだけのために何年もかけるのはもったいないよなー」
人っこ一人いそうもない、暗闇の夜道でひとりうなる。
簡潔に言えば、僕は退屈していた。
そうやってその場で寂しく反省会を開いていると、道の先から一人、若そうな誰かがこちらに向かってきた。
どうやら、相手も寂しく、目的地へと歩みを進めているらしかった。
「んー、あ。そうだなぁ。次は、ああやってやってみよう! うんうん、これなら楽しめるはず!」
僕は、頭の中で軽くシミュレーションした動作を実行に移すべく、小さく伸びをした。
誰かが近づいてくる。
それに対して、僕が次にやることは決まっていた。
「ねぇ、そこのキミ。僕を、養ってくれない?」