焦げた友情とサヨナラ
「何今の音、ビビったんだけど」
「いやそれな」
隆也と優斗がそう言った後、3人のいる部屋の扉がノックされた。
コンコン
「2人なんか頼んだの?」
「いや、何も頼んでないけど」
「俺も何も頼んでないよ」
陽向が言った質問に対し隆也と優斗が答えた後、部屋の扉が開かれた。
「失礼します」
扉の前に現れたのは隣の席で食事をしていた紅羽だった。
「あなたどちら様ですか?部屋間違えてますよ」
陽向は紅羽が瑠唯の執事だと気づいておらずそう返す。
「いえ、私は間違えておりませんよ」
紅羽がそう言うと隆也がハっとした表情を浮かべ口を開いた。
「あ、こいつ瑠唯の執事だよ」
その言葉で優斗も紅羽のことを思い出し、紅羽にこう投げかける。
「あー。あいつか。で、瑠唯の執事さんが何の用でしょうか?あ、もしかしてさっきの話聞いてた感じですか?」
「はい、隣でずっと聞いていました」
そう言うと隆也が嫌な顔を浮かべこう言った。
「瑠唯の奴仕組んでやがったのか。騙すとか立ちわりぃー」
その言葉を聞いた後、紅羽の表情は険しいものに変わり隆也にこう返した。
「それ本気で言ってるんですか?本気で言っているとしたら本当に低能な方ですね」
「は?いきなり来て何んなの?お前に関係ないだろ?俺たちの問題に部外者が口出さないでもらえますか」
「何言ってるんですか?部外者は貴方たちですよ」
「は?なに意味わかんねーこと言ってんの?」
「ほんと頭悪いですね。貴方たちのさっきの発言から瑠唯様との関係はなくなったって言ってるんです。まさかとは思いますが、まだ今までと変わらず関係を続けられるとか思ってるんですか?だとしたら本物のバカですよ」
「てめぇー」
隆也は席から立ち上がり紅羽の胸ぐらを掴んだ。
「そうやってすぐ暴力を振るおうとするところも幼稚ですね」
そう言って紅羽は隆也の腕を掴み外側に思いっきりひねると隆也は悶え床に座り込んだ。
「いいですか?まず瑠唯様が私をここに呼んだ理由は、発作や何かあった時、あなた方に迷惑をかけないようにしたかったからです。でもだからと言って私が皆さんと一緒にいたら気を使って話しづらくなるでしょ。だから姿を隠すように頼んだんですよ。全部瑠唯様の気遣いです。それを騙した?ふざけるのも大概にしてもらえませんかね?むかつくんですよ。なんの努力もしてないくせに、勝手に人のこと僻んで陥れて、そう言う汚いことでしか生きがいを見つけられない奴。でも知ってますか?瑠唯様は優しいからそういったどうしようもない人間に対しても怒りをぶつけないんです。俺が悪かった。病気だからそう思われても仕方ないって自分を悪く言うんです。そんなこと絶対にないのに。そうやってどんな人でも瑠唯様は決して他人のせいにはしません。でも私はいつだって瑠唯様が悪いと思ったことは一ミリもありません。特に今回のことなんて瑠唯様が悪く言われる意味が分かりません。そのくせ随分言いたい放題言っていましたので私も同じように言いに来ました。こんなに優しい友達を失った愚かな貴方たちに。さっき瑠唯様が可哀想みたいな言い方をしていましたが、私からしたら惨めで可哀想なのは貴方たちの方です。人に寄り添い優しさを分けてあげられる立派な瑠唯様のどこが可哀想な人なんですか?だいだい可哀想な人というのは優しさや本当の幸せに気づけない貴方方みたいな人を憐れんで使う言葉です。いくらバカでももう27歳ですよね?そのくらい間違わないで使ってください。あ、あとこれも勘違いしていそうなので一応言っておきますが、貴方たちが瑠唯様を見限ったんじゃありませんよ。貴方方が瑠唯様に見限られたんです。そこのところ勘違いしないでください。ってことで長くなりましたがこの辺で終わりにしておきますね。本当はまだ山ほど言いたいことがありますがきりがないので。あ、すいませんでも最後に一つだけ、金輪際瑠唯様には近づかないでください」
紅羽はそう言って不気味な笑みを浮かべると隆也はこう返した。
「言われなくてももう近づかねーよ。あんな気持ち悪い奴」
それを聞いた紅羽の目つきは一瞬で鋭いものへと変わり口を開いた。
「本当に救いようがない方ですね。まあこれ以上同じ空気を吸うのも不愉快なのでもう帰りますが、次私か瑠唯様の前でその言葉言ったら、本気で潰しますよ」
そう言って紅羽は瑠唯が食べた1人分のお金を机に思いっきり叩きつけると3人はそれに怯え無言のまま固まっていた。
紅羽はその後すぐ部屋を出て右に行き瑠唯がいるであろうトイレに向かって歩きだした。
今いた部屋の角を右に曲がると、廊下があり真っすぐ行けばトイレに着く。つまりその廊下の右側はちょうど今いた部屋の壁と面している構造になっている。紅羽はその曲がり角に近づいていくと、すすり泣くような声が聞こえることに気づいた。まさかと思い角を曲がると部屋の外の壁に寄りかかって泣いている瑠唯の姿を見つけた。
瑠唯も紅羽が来たことにすぐ気づき声を振り絞ってこう言った。
「紅羽…あり、がとう」
その後も何かを言いたそうだったが、溢れ出る涙でうまく喋れない瑠唯を見て、ただ一言紅羽はこう返した。
「何も言わなくて大丈夫ですよ。帰りましょうか」
紅羽が優しい声でそう言うと瑠唯は首を縦に振り2人はお店を出た。
その後紅羽は多々良に電話をかけ迎えに来るように指示をした。焼肉屋の前で瑠唯の涙を啜る声だけが響いている。紅羽は何も言わずただそっと瑠唯の背中をさすっていた。こんな儚い夜空を見ながら主人の苦しむ声を聞いていた紅羽は、今にも涙を流してしまいそうな程喉元が苦しくなった。しかし紅羽は必死に涙を抑えた。何故なら自分は泣いてはいけないと思ったからだ。紅羽は涙を堪えるため必死に自分の右手をぎゅっと固く握りしめた。様々な理不尽さや、どう足掻いても変わることの無い現状が悔しくて悔しくてたまらなかった。どうして瑠唯なのか。そんなことを考えたとこで何も変わらないことはわかっているけれど思わずにはいられなかった。
時刻は20時半多々良が店の前に着き、瑠唯と紅羽は車に乗った。
「お帰りなさいませ。瑠唯様、紅羽さん」
「うん。ただいま」
「おう」
多々良は2人の空気を読み挨拶以降特に何かを聞く事もなく、暫く車内には静かな時間が流れた。
そして5分ほど経ったくらいだろうか、沈黙を切ったのは瑠唯だった。
「ねぇ、紅羽、多々良」
「何ですか瑠唯様?」
「どうしました?」
「あのさ、もし明日何も無いならさ、今日家でこれから一緒に飲まない?」
「え、いいんですか!?私は瑠唯様のお側にずっといるので構いませんよ」
「私も大丈夫ですよ。明日は遅いので」
「本当!?じゃあ家の近くのコンビニでお酒買って飲もう!」
「いいですね!瑠唯様は何飲みたいですか?」
「んー。ビールかな」
「いいですね!大量に買いましょう!」
「普通でいいから」
そう言って瑠唯はさっきの表情と打って変わり笑顔でそう答えた後また口を開いた。
「紅羽と多々良は何飲むの?」
「私はウイスキーですかね。多々良は多分日本酒です。そうだろ?多々良」
「はい、紅羽さんの言う通り日本酒が1番好きですね」
「そうなんだ、多々良はなんか渋いね。熱燗とかで飲むの?」
「はい、おっしゃる通り熱燗が好きです」
「なんかおじいちゃんみたい」
「多々良はお酒の趣味だけじゃなく性格もおじいちゃんみたいなんですよ!休日も家からあまり出ずにのんびりテレビ見たり新聞見たり、後は寝て過ごすらしいです」
「え、そうなの!?なんか意外かも!ていうか何で紅羽はそんなに多々良に詳しいんだよ。なんだかんだ本当に仲良いよね」
そう言って瑠唯はクスクスと笑った。
「仲良いって言うか紅羽さんが勝手にうちに来るだけですよ」
「はー?何言ってんの?お前がつまらない休日を過ごしてるって言うから遊びに行ってやってるんだろうが」
「まあ、そう言うことにしといてあげますよ」
「瑠唯様がいるからって調子に乗り上がってー。ぜってぇ酔わして潰してやる」
「紅羽さんそれアルハラですよー」
「うるせ」
3人はこんな感じで楽しそうな会話を車内で繰り広げながらコンビニに向かっていた。