地獄の夜と再会
「今日はなんか疲れちゃたからもう寝ようかな」
「はい。それがいいかと思います」
「うん。あ、紅羽今日泊まってくれない?1人になるとしんどいからさ」
「はい。畏まりました」
こうしてちょっとした会話を交わした後、瑠唯は車椅子で寝室に移動しベッドに横になった。
「それにしても今日は最悪な1日だったな。俺って本当に死ねないのかな。ああ、早く死にたいな…」
瑠唯は小さな声でそうつぶやいた。それと同時に目じりから綺麗な雫が頬を伝い、シーツに滲んでいく。その雫を追いかけるように目を閉じた瑠唯は、段々と眠りの世界へ落ちて行った。
時刻は24時、日付が変わり様々な業務を終えた紅羽は寝室に向かい、瑠唯の横にあるベッドに横たわった。
紅羽は天井を少し眺めた後、瑠唯が寝ている左側に身体を向けた。もう少し早く駆けつけてればこんなことにはならなかったかもしれない。痛い思いをしないで済んだかもしれない。そんな事を考えながら瑠唯の寝顔を見ていると、突然苦しそうな表情に変わり唸り声が部屋に響く。
「うぅ…。い、痛い…。」
紅羽はすぐにベッドから起き上がり、瑠唯の元へ駆け寄る。
「瑠唯様!瑠唯様!大丈夫ですか!」
そう声をかけると瑠唯は目を覚まし、お腹を抱えながら叫び始めた。
「くれ、、は、助け、て。痛い、痛い、痛い!!!あぁぁぁぁぁぁ!!」
瑠唯は何度も何度も苦しそうに紅羽の名前を呼び、助けてと叫んだ。
呼吸は段々と荒くなり、声にならない声を上げている。そんな痛みに荒れ狂う瑠唯を見て、紅羽は上から抱きしめるようにして身体を抑えた。
「何もしてあげれれなくてすいません。そばにいることしかできなくてすいません。でもこれだけは絶対に誓います。何があっても絶対に貴方のお側を離れて行かないと。だから叫びたいなら叫んでください。泣きたいなら泣いてください。それで貴方が楽になれるというのなら、私は全てを受け止めますから」
紅羽はそう言いながら瑠唯の動きを必死に抑えた。
しかし痛みに耐える事に必死で、きっとその声は届いていないだろう。
その格闘はおよそ15分程続いた後、段々と落ち着きを取り戻していった。
今なら薬を飲めるかもしれないと思った紅羽は瑠唯にこう尋ねる。
「瑠唯様、今ならお薬飲めますでしょうか」
すると瑠唯が弱弱しい声でこう答えた。
「ごめん、な。紅羽…ありが…」
瑠唯は涙を流しながらそう言うとそっと目を閉じた。
「瑠唯様!瑠唯様!」
紅羽は突然の事に驚き、名前を呼びながら瑠唯の肩をゆすった。しかし全く返答はない。すると次の瞬間、静まり返る部屋にスースーという寝息の様な音が聞こえてきた。紅羽はその音を聞き瑠唯に目を向けると、瑠唯は安心した表情をして眠っていた。きっと痛みとの戦いに体力が限界を迎えたのだろう。
紅羽は瑠唯が眠っているだけとわかったてほっとした後、ベッドから降り瑠唯の布団を整えた。
すると突然瑠唯が寝言をこぼし、紅羽の手を掴む。
「行くな…。紅羽。沙羅…」
紅羽は瑠唯の横に腰を下ろし両手でぎゅっと手を握った。
「申し訳ございません瑠唯様。ただ傍にいることしかできず、本当に申し訳ございません」
紅羽はそう言って手を握ったまま苦しそうに涙を流した。
それからしばらくして、紅羽は瑠唯の手を離し自分のベッドに戻って眠りについた。
痛みに苦しむ夜は明け、まぶしいほどの日差しがカーテンの間から差し込んでいる。
「おはよう、紅羽」
瑠唯は車椅子でリビングにやってくるといつも通り紅羽に挨拶をした。
「おはようございます。瑠唯様。朝ごはんはパンとごはんどちらがよろしいでしょうか?」
「今日はパンの気分かな」
「畏まりました。お飲み物はコーヒーでよろしいですか?」
「うん。コーヒーでお願い」
「畏まりました」
紅羽はコーヒー、パン、サラダ、スープと次々と瑠唯の前に朝食を置いていった。
「お待たせいたしました」
「いつもありがとう。じゃあいただきます」
そう言って瑠唯は朝ごはんを食べ始める。
「紅羽も座って」
「はい。承知しました。では失礼いたします」
「うん。あ、あのさ紅羽…。昨日ごめんね。薬飲めないまま意識失っちゃって」
「いえ、瑠唯様が謝ることなど何1つございません。それよりお身体の具合はいかかですか?」
「ありがとう。今は大丈夫。でも、昨日程の痛みは初めてだったよ」
「私も今まで瑠唯様の発作の場面を沢山見てきましたが、あれほどのものは初めてでとても心配になりました」
「心配かけてごめんね。でももう平気だから」
「ならよいのですが。お腹はもう何ともないのですか?」
「うん、今は本当に平気だよ。多分だけど夜お腹が酷く痛んだのはナイフで刺した傷が原因だと思う」
「しかし、昨日お風呂に入った時にはすでに傷はなく、完治しているように見えましたよね」
「うん。まあハッキリとは断言出来ないんだけど、もしかしたら治っていたのは表面上だけだったのかもしれない。臓器とか体内の修復はまだ出来ていなくて、それで痛みが伴ったとか。まああくまで俺の推測だけどね…。紅羽はどう思う?」
「確かにその可能性は考えられますね。しかしもし体内の修復で痛みが伴うとしたら、毎回起こる普通の発作は何なんでしょうか?今回起きた発作と普通の発作の痛みの強度は置いといて、痛み方は普通の発作と比べて似ていましたか?」
「そうだな。正直その時は痛すぎてそんなの感じてる余裕はなかったけど、今思うと痛み方は似ていたと思う。骨が砕けるような痛みだった。まあそれを何百倍にも強くした感じだけど。でも確かにこう考えると紅羽が言う通りいつもの発作の理由はよくわからないままだね。でも大きなケガをすると発作が強くなるっていうのがわかっただけでもよかったかも」
「そうですね。これからは大きな怪我などには特に気を付けましょう」
「あー、うん…。そうだね! あ!そんなことよりさ、今日の集まり紅羽も店に来てよ!なんかあった時話せるように隣の席とかで食事してて欲しいんだけどいいかな?」
「はい。お安い御用ですよ。ではお供させていただきますが、お店はどちらなのですか?」
「なんか最近駅前にできた焼き肉屋だって」
「焼肉ですか。いいですね。お酒が進みそうです」
「そうだね〜。じゃあ18時からだから、17時40分くらいに家出よう!」
「はい。畏まりました」
こうして久々の紅羽との朝食の時間は終わった。
今日は仕事が休みだったのでベッドに寝っ転がり読書をしたり、映画を見たりとのんびり過ごした。そうしているうちに出発時刻が近づいてきたので準備を始め17時35分に支度が完了した。
「紅羽ー。ちょっと早いけどもう行こうか」
「あ、ちょっとお待ちいただけますか?」
「うん、いいけど」
「では、失礼致します」
そう言うと紅羽は携帯を取り出し、何やら誰かに返信している様子だった。紅羽はそれが終わると携帯をすぐしまい口を開いた。
「すいません。じゃあ行きましょうか」
「あ、うん」
こうして少しやり取りをした後、瑠唯は外用の車椅子に乗り換え紅羽と共に家を出た。
するとマンションの下にはすでに車が止まっており、1人の執事が車の前に立っている。
「お待ちしておりました。お久しぶりです。瑠唯様」
この高身長で鋭い目つきの彼の名前は多々良と言い、早乙女家の執事で運転手をしている者だ。
「え!多々良じゃん。久しぶり!なんでいるの!?」
「紅羽さんに頼まれまして」
多々良はそう言って携帯を取り出し、紅羽とのメッセージのやり取りを見せた。
「あははは!!2人は相変わらずだね。紅羽のこういうところほんとかわいいよね」
「おい多々良!瑠唯様に見せるなそんなもの」
その二人のやり取りにはこう書いてあった。
【おい多々良、明日車出せ】
【え、何でですか】
【明日瑠唯様と出かけるから】
【紅羽さん運転しないんですか?】
【瑠唯様の横で酒飲みたいんだよ】
【ああ、そういうことでしたか。いいですよ。明日何もないですし、私も瑠唯様に会いたいですし】
【よし、じゃあ決まりだな。17時40分までにはマンションの下に来てて。絶対遅れるなよ!】
【わかりました。着いたら連絡しますね】
【了解】
【つきました】
【わかった。今から下行く】
「すいません。こんなメッセージを瑠唯様に」
「全然。紅羽は俺とお酒飲みたかったんだなーってわかってうれしかったよ。近いうちにみんなで飲みにでも行こうね」
「え!いいんですか!?」
「うん。当たり前でしょ!ていうか早く車乗らないと!遅れちゃう」
「ああ、そうでしたね!すいません」
そう言って3人は車に乗って焼肉屋さんへと向かった。
「紅羽ってたまに子供っぽくなるよね」
「お恥ずかしい」
「紅羽さんは口悪いですよね」
「おい、多々良しばくぞ」
「ほら、やっぱり口悪い」
「本当に2人は相変わらず仲いいね」
車内では会話が弾み楽しい時間が流れたが、その時間はあっという間に終わり焼肉屋さんに到着した。
「多々良運転ありがとう!また帰り連絡するね!じゃあ行ってくる」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
こうして多々良に挨拶をした後、瑠唯と紅羽は車を降りた。
するとお店の前にはすでに同級生3人が集まっていて、楽しそうに会話をしている姿が目に飛び込んできた。