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コウモリの女王

作者: 笠原正雄

コウモリの女王のお話

 昔々のお話です。ある町のはずれに大きな洞くつがありました。それは本当にとても大きな洞くつで大人でもゆうゆう歩くことができる遥か奥へおくへと続いていました。

 この洞くつを絶好のすみかとしている動物…、それはコウモリでした。超音波を発し洞くつの壁から反射波をとらえて、暗い洞くつの中をまるで真っ昼間のように感じながら自由自在に飛び回っていました。

 その中でひときわ体の大きなコウモリが“女王様” “女王様”と呼ばれ、洞くつに住む全てのコウモリたちにかしずかれていました。

 コウモリの女王は部下のカピーラを呼び、「カピーラよ、わたしはうわさに聞く小人の国の女王になりたいのだが、なんとかかなえてもらえないかのう…」と心の中を打ちあけます。

 カピーラは説得するかのように女王に語りかけます。

カピーラ「女王様、今の生活が一番でございます。今の生活に満足し、住民たちに愛の全てを傾け授けることが一番大切なのです。」

女王「それはよくわかっている。しかしワラワも新しい刺激がほしいのだ。それもたっぷりほしいのだ。」

カピーラ「人間たちが言うように、“まっくらな洞くつの中”をワタシたちコウモリは真っ昼間のように感じながら飛ぶことができます…。そして夜は狩りに出かけて、美味しいものをお(なか)いっぱいたべることができるのです…。神様に感謝しなければなりません。」

女王「狩りに出かけてたっぷり食べるだけの毎日にはワラワは満足できない。」

カピーラ「…」

女王「ワラワは知識がほしいのだ…。聞けば小人たちは人間たちとそっくり同じ生活をしているというではないか。」

カピーラ「…」

女王「小人の国の女王となって過ごしたい。そして人間そっくりという小人たちから、人間についての知識をたっぷりと吸収したい。どうかかなえてもらえないものかのう…」

カピーラ「一つだけ方法がございます。洞くつの外に広がる森の中にウルウルという名の仙人が住んでおります。」

女王「…」

カピーラ「ワタクシ()、そのウルウルとやらに相談してみることに致します。」

女王「よかろう!すばらしい考えだ。」

カピーラ「…」

女王「行け!相談してみよ!」

 カピーラは洞くつを後にします。

 みどり みどり みどり 緑いっぱいの森の中に住んでいるウルウルを探します。見覚えのある大木、天空まで届くかと思われるムクノキが目に入ると急降下し、力いっぱい叫びます。

カピーラ「ウルウル様!お願いがございます!」

 この声に仙人ウルウルが紫色の霧に包まれて姿を現します。願いごとの全てを聞き終わるとおもむろに口を開きます。

ウルウル「かなえてあげよう!だが約束をしてもらわねばならぬ。」

カピーラ「どのような約束でございましょうか?」

ウルウル「美しい心を持ちつづけることだ。さもなければ小人の国でコウモリに戻ってしまうだろう。」

カピーラ「…」

ウルウル「小人たちはよってたかって女王をとらえ、オリの中に入れて見世物にするだろうよ。」

カピーラ「…」

ウルウル「カピーラよ、この旨を女王に伝えよ。女王がこの話を受け入れたら、その瞬間に小人の国の美しい女王に変身するだろう…」

 カピーラはこの話の一部始終を女王に伝えます。美しい心を持ちつづけること、そしてこの約束を破ったら瞬間的に元通りのコウモリに戻ってしまうことを伝えます。この話に女王は力強くうなずきます。

女王「よかろう。ワラワは神に誓って美しい心を持ちつづけよう。“にくしみ”を永遠にワタシの心から遠ざけよう。」

 この瞬間コウモリの女王は小人の女王に姿を変えます。サイズは人間の大人の小指ほどしかありません。

 この頃小人の国ではつい最近王様がお亡くなりになりました。小人たちは大きな悲しみの数ケ月を過ごした後、ウルウルに小人の国の王様を推薦してほしいと願い出ます。ウルウルは天を仰いで大きく吐息をついだ後、口を開きます。

ウルウル「この森を奥深くに入った所に沢山のコウモリ達が住んでいる洞くつがある。この洞くつに女王様としてかしずかれているコウモリエリーナが住んでいる。」

 ウルウルは天を仰いで何回かうなずいた後、言葉を重ねます。

「エリーナに以下のこと、

 “明日の夜明け前、東に向かって飛び立て。”

 “みどり みどり みどり 緑いっぱいの森の上に紫色の霧がたちこめている場所を探せ。”

 “ここで仙人ウルウルが女王を待っていよう。

 “小人の国の女王であり続けるために、美しい心を持ちつづけよ。”

 これらのことをエリーナにしっかり伝えよ。」

 カピーラは、「ウルウル様、有難いお言葉深く ふかく感謝します。女王が美しい心を持ちつづけるようしっかり進言致します。」と深々と頭を下げます。

 女王エリーナはカピーラの報告に、何度もうなずき力強く宣言します。

「カピーラよ!ワラワは小人の国の美しい女王であり続けるために、小人の国の住民たちにいつくしみの心を持ちつづけることを神に誓いましょう。」

 この女王の言葉に喜びを隠しきれなかったのでしょう。はずんだ声でカピーラは報告します。

「女王様が治められる国は夏の国でございます。」

エリーナ「おっ、夏の国とな!ワラワは夏の国が一番気に入っている…」

 ここで一筋の紫色の霧に包まれてウルウルが現われます。そしておもむろに口を開き立て続けに言葉を重ねます。

「夏の国のまわりには春の国、秋の国そして冬の国がある。国の間にはささいなことで争いが起こる。特に冬の国はやっかいな国だ。争いの種をまいている…。気をつけねばならない。」

「だが しかし 決して争いを起こしてはならぬ。」

「争いが起これば多数の民が犠牲になるだけだ。」

「よいか、如何なる国にも愛の心、優しいいつくしみの心で接しよ!」

 ウルウルはここが一番大事なことと言わんばかりに大きくせきばらいをして言葉をつづけます。

「もしも女王の心に憎しみの心が支配すれば、女王はたちまち元のコウモリの姿に戻ってしまうだろう。」

「小人たちは驚き、よってたかって頑丈な檻の中に閉じ込めよう。」

「檻の中に閉じこめられた女王は終生、見世物として過ごさねばならないだろう。」

「国同士の争いに勝者はない。両方の国民が苦しむだけだ。」

「よいか。どのようなことが起ころうとも争いは避けよ。」

 エリーナは大きくうなずき、

「どのようなことが起ころうと、ワラワは戦いを避けるよう全力を尽くします。」

 と固く約束します。

 翌朝誰にも気づかれない時間帯にそっと洞くつを飛び散ったコウモリの女王エリーナは小人たちが住んでいる町の空き家の軒下で目を覚まします。

 あぁ あぁ あぁ 黒い産毛でおおわれていた肢体は白いヴェールにおおわれた女王様の姿に変わっています。まるで鏡のようになっている雨戸に映されたおのれの姿に圧倒されるほどの大きな喜びを感じます。

 朝日が山の端に顔をのぞかせると沢山の小人たちが集ってきます。彼らは口々に叫びます。

「女王様!小人の国に来て下さる日を今かいまかと待っておりました。」

「さぁ さぁ ハスの葉で作ったみこしにお乗り下さいませ。」

 直径2メートルはあろうかと思われる大きなハスの葉の上に、今や小人の国の女王となったエリーナは悠然と腰をおろします。みこしの到着した所は立派なお城。古代ギリシャのパルテノン神殿を彷彿させる立派な建物です。

 コウモリの女王エリーナは早速執務を始めます。

 秋の国では干ばつが続いたために小麦の収穫が少なく、飢餓の恐怖に瀕していることを聞くとエリーナはカピーラに、

「カピーラよ、我が国には万が一にそなえた小麦のたくわえがあったはずだ。これらをそっくり秋の国に与えよ。」

と命じます。カピーラは首を横に振り、

「女王様!これらの小麦は万が一に備えた大切な食糧です。他国に与えることはできません。」

と進言します。女王はカピーラに優しく諭すように言います。

「我が国のたくわえられた小麦は万が一の飢餓に備えたもの。秋の国の民は100パーセント飢餓に苦しんでいる。万が一の飢餓と100パーセント現実となっている飢餓とは比較にならぬ。よいか、我が国にある備えを全て与えよ!」

 この女王の命令に従って大量の小麦が秋の国へと送り出されます。あぁしかし、送り出された小麦は冬の国の軍隊によって一粒残らず奪われてしまいます。

 この後も冬の国の軍隊の横暴ぶりは収まりませんでした。女王エリーナは使者を冬の国に送って説得に努めます。しかし送り出した使者は誰一人帰国しませんでした。噂によればこれらの使者は檻の中に入れられて寒い冬の国の野原でさらし者になっているとのこと。

 夏の国の人々は口々に叫びます。

「女王様、我慢も限界でございます。」

「正義の戦い、聖戦を開始すべき時でございます。」

 …女王エリーナは悩みます。

「冬の国に対しては万策尽きてしまった…」

 エリーナは天に仰ぎ神に祈ります。

「神よ!我が聖戦を許し給え!」

 エリーナは軍扇をかざします。そして叫びます。

「我が夏の国の精鋭たちよ。冬の国を殲滅せよ!」

「精鋭たちよこれは聖戦になるぞ。おのおの勇猛に戦え!」

 夏の国の軍隊と冬の国の軍隊とは死力を尽くして戦います。両軍に多数の死傷者を出して戦いは終わりました。夏の国は勝利国となり冬の国は敗戦国となりました。

 聖戦とは名ばかりでむごたらしい戦いであったことをエリーナは悟ります。

 “あ、ワラワは神との約束に背いた。もとのコウモリの姿に戻るに違いない…”

 確かにその通りでした。エリーナは肌がゾクゾクとし始め、黒い産毛が生え始めたことを感じます。

 “あぁ 我が肢体はコウモリに戻りつつある。誰かに見られてもなるまい。”

 “急遽執務室に戻り、誰にも見られないよう閉じこもらねばならない。”

 急に姿を消した女王をカピーラ達は探し求めます。

 夕方、執務室の前に彼らはやってきます。

 “ここにこもられたに違いない…”

 “ここ以外の所は全て探し尽くした…”

 彼らは意を決してトビラをノックします。

「女王様、あけて下さい!」

 何度も叫び、ドアに体当たりします。

 無言だった部屋の中から女王エリーナの声が返ってきます。

「ワラワは今宵はゆっくり休む。明日の朝起こしに参れ。」

「女王様!心配した医者達も駆けつけております。」

 …こんなやりとりが数分続いたでしょう。外はとっぷりと暮れ、執務室の天窓から満月が顔をのぞかせます。

 エリーナは手鏡に映された我が姿に驚きます。もうすっかりコウモリに戻っています。執務室の扉は固くロックされています。カピーラ達は体当たりを繰り返してこじ開けようとしています。

「入ってきてはならぬ!」

 女王の悲痛な叫びが執務室の外にあふれ出てきます。ドアは大きくきしみもはや崩壊寸前の状態になります。女王は大きく開かれた満天の月あかりの中を単身脱出し、森の奥深くにある洞くつに戻ることを決心します。

 女王がまさに飛び立とうとした瞬間、カピーラ達はなだれ込んできます。そして口々に叫びます。

 “美しい女王様!”

 “美しい女王様!”

 …見ると彼らもしっかりコウモリに戻っています。エリーナは洞くつを無限に懐かしく思い出します。もはや小人の国になんの未練もありません。

 エリーナを先頭にしてコウモリたちは満月の夜空を洞くつに向って飛んでいきます。

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