幕間
次から新章突入です。
手が温かい。
誰かが俺の手を握ってくれている。なんだかこの感じ、懐かしいな。
誰だろう?
「んん・・・」
目が覚めると日は完全に沈んでいた。
たしか俺は背中を斬られて・・・。
あれ?
痛みがまったくない。
「どういうことだ?」
起き上がると、ベッドの周りではベルたちが泣いていた。
「みんな・・・」
「お、おきたー!」
「トレインがおっきちたー!」
「トレインー!」
「よかったよ〜!」
「トレインいきてる〜!」
少し前にも同じようなことがあったが子供たちの反応は前とは違って、みんな泣きながら俺に抱きついてきた。
「トレインくん・・・」
メルヒストさんの声だった。
俺はメルヒストさんの声が聞こえてきた方へ振り向こうとしたが、その前にメルヒストさんに抱きしめられた。
「よかった・・・本当によかった・・・」
「あの・・・メルヒストさん?」
「ごめんね。私がメディーを煽ったりしたから・・・」
「メルヒストさん・・・」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
メルヒストさんは泣いて謝りながらさらにきつく抱きしめてくる。
そのたびにメルヒストさんの豊満な胸が俺の胸に押し付けられる。
「あの・・・」
「・・・・・・っ、ぐすっ・・・何?」
泣きはらした顔を上げて俺を見つめるメルヒストさんを見て、泣いている顔のメルヒストさんも可愛いなーと思いつつ、今の自分の率直な感想を口にする。
「俺としてはすごくうれしいんですけど・・・」
「うん・・・」
「胸が、当たってます・・・」
「え?」
そう言うとメルヒストさんの顔が一気に朱色に染まる。
「ご、ごごごめんなさいっ!」
メルヒストさんはネコのような俊敏な動きで俺から離れた。
お互い気恥ずかしいものを感じ黙っていると、
「わたしたちのことをわすれるなー!」
と、ベルに怒られた。
「あ、ああ。忘れてないぞ! ほら、みんなおいで」
両手を広げて言うと、ベルたちは我先にと争うように俺に抱きついてきた。
「トレインー!」
泣きながら俺の胸に顔を埋めるベルたちの頭をそっと撫でる。
みんな嗚咽混じりに俺の名前を呼んでいる。
「ベルたちにも心配かけちゃったな」
「心配したぞー!」
「したー!」
「ちたー!」
「したよー!」
「したのー!」
みんなが一斉に言う。
「本当によかったわ」
メルヒストさんは心の底から安堵したような顔で言うと席を立った。
「メルヒストさん?」
「みんなを呼んでくるわね」
言ってドアノブに手をかけたメルヒストさんに俺は声をかけた。
「メルヒストさん!」
「何?」
「もしかして、俺が寝ている間ずっと手を握っていてくれましたか?」
そう聞いた俺にメルヒストさんは首を横に振る。
「そう・・・ですか」
もしかして? と、期待していただけに少しショックだった。
「私だけじゃないわ」
「え?」
メルヒストさんは子供たちを見る。
「ベルとリリス、ミストにマリー、それにキャロル。みんなで一緒にトレインくんの手を握っていたの」
その言葉に俺は子供たちの顔を順に見つめた後、改めてメルヒストさんを見た。
「あ、ありがとうございます・・・」
泣き出してしまいそうだった。
うれしかった。
あの人がいなくなってから俺はずっと一人だった。
あの人との約束を果たすため、俺はこの国に来た。
その過程で俺は死んでもいいと思っていた。
でも、今はもうそんなこと思えない。
大切なものができた。
ベル、リリス、ミスト、マリー、キャロル。
俺はみんなを無言で抱きしめた。
そんな俺をメルヒストさんは温かい目で見守ってくれる。
俺が落ち着くのを待っていてくれたメルヒストさんは、しばらくしてからみんなを呼んでくると言って部屋から出て行った。
メルヒストさんが出て行ってすぐにリザさんとメディーさんの二人が部屋に入ってくる。そして、メディーさんに続いて初めて見る女性が二人いた。
一人は緑色の長い髪を後ろに纏め上げ、金色の瞳が印象的な女性。
もう一人は肩より少し短い黒髪の人懐っこい顔の少女だった。
誰だろう?
「紹介するわね」
そう言うとメルヒストさんは初めて見る女性たちに目を向ける。
「こっちの緑色の髪の娘がイクシード王国屈指の魔法使いであり、イクシード王国魔法部隊隊長、エルフ族のラクス・フェイネリア。それから、こっちの黒髪の人懐っこい顔の娘がイクシード王国治療部隊隊長、羽翼族のエリス・ティンベルト」
隊長?
そんな偉い人たちがどうして・・・。
「よろしく」
「よろしくー!」
疑問に首を傾げる俺に、フェイネリアさんとティンベルトさんがそれぞれ挨拶をしてくれた。
「よ、よろしくお願いします」
緊張のあまり声が上ずってしまう。
「この二人がトレインくんの傷を治してくれたのよ」
「あ、ありがとうございます」
「どーいたしましてー!」
ティンベルトさんは満面の笑みで答えてくれた。
「あなたの傷を治療したのは私たちだけではありません」
「え?」
フェイネリアさんはリリスとキャロルの肩に優しく手をやり言う。
「この子たちが協力してくれたからあなたの傷を治すことが出来ました。それに、他の子たちもあなたの無事を祈ってくれていました」
「みんな・・・」
本当に・・・子供たちには頭が上がらない。
そう思っていると子供たちは互いに手を握り合って俺に近づいてきた。
「みんな、ありがとうな」
頭を撫でようと手を伸ばすと、子供たちは不安気な表情で俺を見つめてきた。
俺は思わず伸ばしていた手を止めてしまった。
「どうしたんだ?」
そう言うと、子供たちはみんな何かを言いたそうな顔で、でもどう言っていいかわからないというように顔を伏せる。
「本当にどうしたんだ?」
「みんな、頑張って」
子供たちの背中にメルヒストさんの優しい声がかけられる。
「で、でも・・・」
ベルは何かを躊躇うようにメルヒストさんを見る。
「みんなでトレインくんに言うって決めたんでしょ?」
「そ、そうだけど。もしトレインにきらわれたら・・・」
「大丈夫よ。トレインくんはあなたたちを嫌ったりなんてしないから。ね?」
「う、うん・・・」
そう返事をしたベルはリリス、ミスト、マリー、キャロルの顔を見て一つ頷くと俺の顔を真剣な表情で見据えた。
「あ、あのなトレイン」
「どうした?」
「トレインにはなしたいことがあるんだ」
「俺に?」
「うん・・・」
「なんだ?」
「その・・・」
ベルは今にも泣き出しそうな顔だった。
「わたしたち・・・人族じゃないんだ!」
言ってベルはぎゅっと目を瞑る。
怯えるような顔だ。
「そうか」
「え?」
「それが話したかったことなのか?」
「うん・・・」
「みんな・・・」
ベルたちは俺の呼びかけにやはり怯えたような顔でいた。
「おいで」
俺はそんな子供たちを安心させてやりたくて両手を大きく広げて言う。
「え?」
ベルは困惑していた。
「わたしたちがこわくないのか?」
「どうして怖がらなくちゃいけないんだ?」
「え? だ、だって・・・」
「ベルは俺のことが怖いか?」
「こ、こわいわけあるかっ!」
「それじゃあリリスは?」
「こわくない!」
「ミストは?」
「こわくない!」
「マリーは?」
「こわくない!」
「キャロルは?」
「こわくないの!」
「俺もだ」
「え?」
「みんなのことを怖いなんて思ったことないぞ」
「でも、わたしはじゅうじんぞくだぞ!」
ベルは怒ったように叫ぶ。
「わたちはうよくぞくー!」
リリスも叫ぶ。
「わたしもじゅうじんぞく!」
「わたしも!」
ミスト、マリーも叫ぶ。
「わたしはえるふぞくなの!」
キャロルも叫ぶ。
「それでもわたしたちのことがこわくないっていうのか! わたしたちはあじんだぞ! トレインとは違うあじんなんだぞ!」
ベルは必死に叫んでいる。
そうか。
この子たちは実の父親に怖いと言われ、意味もなく蔑まれていたんだな。
運良く殺されなかったのだろうが、心には深い傷を負っているはずだ。
俺はこの子たちの心の傷を癒してやれるだろうか?
「ベル」
「なんだよっ!」
俺はベルを抱き上げる。
「はなせよっ!」
「大好きだ」
言って、俺はベルの額に優しくキスをした。
「リリス、ミスト、マリー、キャロル」
俺はみんなを順番に抱き上げて額にキスをした。
「みんな大好きだ」
俺に抱き上げられた子供たちは、ベッドの上で泣くのを必死に耐えている。
「みんな、俺の大事な子供だ」
「うっ・・・」
ベルは最後まで泣くのを我慢しようとしていたが、とうとう耐え切れず大きな声を上げて泣き出した。
「うわぁー! トレインー!」
ベルが泣き出すと、同じように涙を堪えていた子供たちも一斉に泣き出した。
そんな子供たちを見ていたメルヒストさんの瞳からも一筋の涙がこぼれていた。
そんなメルヒストさんの隣でフェイネリアさんは何故か俺を睨むように見つめている。
「あの、フェイネリアさん?」
「何ですか?」
じーっと俺を睨んだままフェイネリアさんは言う。
「俺、何かフェイネリアさんの気に触るようなことを言いましたか?」
「いえ、別に・・・」
「そ、そうですか・・・」
「ええ」
「ラクス? どうしたの?」
俺の変わりに聞いてくれたメルヒストさんの言葉にも、フェイネリアさんは変わらず俺を睨むように見続ける。
「ラクス? 本当にどうしたの?」
「いえ、ただ観察しているだけです」
「観察? どうしてそんなことを?」
「んー、顔良し。性格は・・・まあ、子供たちに好かれていることから見てもいいんでしょうね。身体はさっき見せてもらいましたが中々鍛えているようでしたし、あとは・・・」
「な、何を言っているの?」
メルヒストさんが真っ赤な顔で声を震わせて言う。
「ですから観察を・・・」
「だから、どうしてそんなことをしているの?」
「いずれ自分が抱かれる相手を・・・」
「わあーっ!」
「駄目ーっ!」
「ごほっごほっ!」
「何でもない! 何でもない!」
フェイネリアさんが何かを言った瞬間、ティンベルトさん、メルヒストさん、リザさん、メディーさんによるクワトロ騒音ショーが始まった。
そのおかげで俺にはフェイネリアさんが何を言ったのか聞こえなかった。
しかし、ベル、ミスト、マリーの三人は聞こえていたらしく、俺の顔を見ると不思議そうに首をかしげて言う。
「なートレイン。だくってどーいうことだ?」
「おしえてー」
「おしえてー」
と言ってきた。
「ベ、ベル!? それにミストとマリーまで! そんなことトレインくんに聞いちゃ駄目よ!?」
メルヒストさんはやけに焦っていたが、そんなにいけないことなのか?
「なートレイン」
「おしえてー」
「おしえてー」
「しょうがないな」
まったく。
これだから子供は可愛い。
「ト、トレインくん!? 子供にそんなこと教えちゃ・・・」
そこまで言ってメルヒストさんは固まった。
メルヒストさんはベルたちを抱っこしている俺を見て何故か顔を赤らめていた。
「わたしもー!」
「わたちもー!」
キャロルとリリスも抱っこをねだってくる。
本当に可愛らしい。
「すまなかった」
俺と子供たちとのふれあいが終わると、リザさんが頭を下げてきた。
「私が未熟だったばかりに怪我を負わせてしまった。本当に申し訳ない!」
メディーさんは極東での最大の謝罪であるDOGEZAをしてきた。
「い、いいですから頭を上げてください!」
「許してくれるのか?」
「許すも何も別に怒ったりしてませんよ」
「そうか。よかった・・・」
そう言ってリザさんはほっと胸を撫で下ろす。
「ん? そういえば・・・」
と、突然リザさんが首をかしげて言う。
「どうしました?」
「いや、そういえばまだ、きちんと自己紹介していなかったと思ってな」
言われて俺も今日一日の記憶を思い出す。
「そういえば・・・」
「名乗りもしなかった非礼を詫びる。改めて名乗らせてもらえるか?」
「え? ああ、それはもちろん」
「ありがとう。ではまず私からだ。私の名は、リザ・バン・イクシード。イクシード王国前国王、ラーズナ・バン・イクシードの娘であり、イクシード王国現女王だ」
「女王・・・様?」
「ああ。それから・・・」
リザさん改め女王様が隣に立つメディーさんを見る。
「さきほどは本当にすまなかった。私はイクシード王国騎士隊副隊長及びイクシード王国竜人部隊隊長のメディア・ネイロンド・アークス・シュバインだ。一応竜人族の長の娘だ」
「え? え? ええー!? 女王様に騎士隊の副隊長!? しかもメディーさんは竜人族の長の娘!? ということはお姫様?」
「わ、私は・・・お姫様などといった可愛らしいものではない」
「あ、あの・・・」
「気にするな」
「え?」
「気にするな、と言ったんだ。お前は今まで通りに振舞えばいい」
「しかし・・・」
「トレイン」
「は、はい」
「お前が私たちのことを女王だのお姫様だの呼びたければ好きに呼べばいい。だがその場合、リーシャの呼び方も変えねばならんぞ?」
「どういうことでしょうか?」
「何だ? 言っておらぬのか?」
リザさんはメルヒストさんを見ると不思議そうに言った。
「ええ・・・」
「そうか。ならば私が代わりに言おう。リーシャはイクシード王国騎士隊の総隊長だ」
「騎士・・・隊長? メルヒストさんが?」
「う、うん。一応そういう肩書きを持ってはいるけど、トレインくんには今まで通りに呼んでほしいな」
「で、でも・・・」
「お願い」
メルヒストさんにそう言われて俺は困ってしまう。
本人たちが今まで通りでいいと言ってくれているのに、わざわざ呼び方を変えるというのは失礼かもしれない。
しかし、かといって国の重鎮三人に対して気安く呼んでしまうのはどうだろうか?
「トレイン」
リザさんは俺を呼ぶと「くだらないことで悩むな」と言い「迷っているなら命令だ。私たちのことは今まで通り呼べ」と言う。
「そんなことより、私はお前に聞きたいことがある」
俺の迷いをわずか数秒で切り捨てるように言うリザさん。
「何故メディーとの決闘中、背中を向けた? 戦いの場で相手に背中を向けることは死を意味する。まさかそれを知らぬわけではあるまい?」
「は、はい・・・」
「ならば何故背を向けた?」
うう・・・。
リザさんが怖い。
別にリザさんは怒っているわけではないのだが、俺の脳内ではリザさん=女王様という図式が既に出来上がっていて、恐れ多くてリザさんの顔を直視することが出来ない。
リザさんには今まで通りでいいと言われたけど、さすがに今まで通りに振舞えるわけもなく。
ただただ、俺は畏まっていた。
「あまり構えずともよい。これは尋問ではなく純真に質問しているだけだ」
尋問でないことは言われなくてもわかっている。
しかし相手は女王様なのだ。
普通の会話すら、俺のような平民が交わせる間柄ではない。
「どうした?」
「そ、その・・・」
「うむ」
ああ! どうしよう!
女王様に対して気軽に会話をするわけにはいかないが、かといって女王様直々に俺のようなちっぽけな存在にお声をかけてくださっているというのに、いつまでも黙っているわけにもいかない!
「守りたいものが・・・あったからです・・・」
かろうじて言うことが出来たが、これ以上は俺の精神が・・・っ!
と、そんなとき。
「トレインー? どうしたんだ?」
ベルだった。
ベルは不思議そうに小首を可愛らしく傾げている。
ベルは俺を見て、そしてリザさんを見る。
「おいリザねーちゃん! トレインをいじめるなよー!」
あろうことかベルは女王様に向かってとんでもないことを口走った。
「お、おい・・・」
ベルの暴走を止めようとして、パニックになる俺だったが、リザさんはベルの頭を優しく撫でて、困った顔で言う。
「すまんな。だが私はトレインをいじめるつもりはまったくないのだ」
「ほんとかよー!」
「ああ。本当だとも。私がベルに嘘を言ったことがあるか?」
リザさんの言葉にしばし考えるよう押し黙ったベルだったが、やがてにこっと笑い、
「ない!」
「そうだろう?」
「うん! ということはトレインがわるいんだな! おいトレイン! リザねーちゃんをこまらせるなよ!」
ベルの矛先が俺に向けられた。
「お、俺はリザさんを困らせるつもりなんて・・・」
「そうか。ならば私の質問に答えてもらうぞ?」
間髪入れず、リザさんは言う。
「お前は守りたいものがあったといったが、それは自分の命より大切なものなのか?」
「はい」
「それはお前が今身に付けているその首飾りか?」
どうしてわかったんだ?
「はい」
「トレイン、その花の花言葉を知っているか?」
花言葉?
ケヤキナギノ葉の花言葉?
なんだろう?
子供たちに視線を向けると、子供たちはニコニコと楽しそうに笑っている。
メルヒストさんとメディーさんも楽しそうに微笑んでいる。
ティンベルトさんは俺と同じように考えている。
フェイネリアさんは相変わらず俺を観察している。
「わかりません」
「そうか」
リザさんは楽しそうにそう言うと、
「ケヤキナギノ葉の花言葉は『家族』だ」
「家族?」
「そうだ。家族だ。その首飾りを誰がお前に贈ったのかは知らないが、お前はその誰かに家族として認められたのだ」
「俺が・・・家族?」
無意識のうちに俺は子供たちを見ていた。
「家族・・・」
何度も言葉にして俺は『家族』という言葉を現実のものとして受け止める。
「うれしい・・・です」
誰に言うでもなく、俺の口はそう言っていた。
俺にとって家族と呼べたのはあの人だけだった。
それはこれからもずっとそうだと思っていた。
だけど違った。
俺にも新しい家族が出来た。
「うっ・・・」
うれしかった。
「ううっ・・・」
うれしくて涙が止まらない。
みんなが見ているというのに、俺は恥も外聞もなく泣き続けた。
「ありが・・・とう・・・」
絶対、守ってみせる。
あの人との約束を果たすためじゃない。
俺は自分の意志で守ると誓った。
ベル、リリス、ミスト、マリー、キャロル、リザさん、メディーさん、ティンベルトさん、フェイネリアさん。そして、メルヒストさん。
俺は・・・あなたたちを、この国の女性たちを絶対に守るっ!
本当に、本当に、読んで頂けて光栄です。