第三話〜サイドB〜
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Side B
剣を振り下ろした瞬間、私にはこいつの取った行動が理解出来なかった。
決闘の最中だというのにこの男は相手に背を向けたのだ。
私はこの男が何を考えてこのような行為に至ったのか理解出来なかったが、すぐに剣を止めるために力を注いだ。
もともとリザ様から今回はこの男の力を見極めるだけだと言われていたし、最初から寸止めにするつもりだった。
まあ、裸を見られて本気で怒っていたのは演技でもなんでもなかったが。
しかし、思いもよらない行動に動揺してしまったため、剣を止めるタイミングを逃がしてしまった。
私は自分に不足の事態に対応する術がないことを恥、悔しくて、叫んだ。
「避けろー!」
だが、間に合わなかった。
私の振り下ろした剣は目の前の男の背中を激しく斬り裂いた。
それと同時に物凄い勢いで男の背中から血が大量に噴出す。
「おいっ! しっかりしろっ!」
私は剣を捨てて男に声をかけるが男は何の反応も見せなかった。
「くそっ!」
早く止血をしないとっ!
「陛下っ! 隊長っ!」
私は声を張り上げて叫んだ。事態を見ていた陛下と隊長は子供たちを残して素早く駆けつけてくれた。
「陛下! エルフ族と羽翼族を!」
「わかった! リーシャ! お前は宮殿に行きラクスとエリスを呼んで家で待機しておけ! これを使えばすぐに帰れる。それから子供たちも一緒に連れて帰れ!」
リザはそう言って、灰色の粉をリーシャに渡した。
リザが渡したのはエルフ族が作り出した秘宝『帰郷灰』と呼ばれる粉である。
これと同じ粉を置いてある場所になら、頭に思い浮かべただけでその場に移動できるという代物だ。
一時期はこの粉を戦時利用しようとしたこともあったが、あまりにも数が少なすぎるため断念されたのである。
『帰郷灰』を受け取ったリーシャは、子供たちと自分に粉を掛けた。
リーシャたちは粉を浴びた瞬間、あっという間にリザの目の前から姿を消した。
「よし、メディー! トレインの血を止めろ!」
「さきほどからやっていますが全然止まってくれなくて!」
「ええい! 仕方がない!」
言うとリザは着衣を脱ぎ捨てトレインの傷口に当てる。
メディーもそれに続いた。
「メディー!」
「はっ!」
「竜化しろ!」
「し、しかし・・・」
「いいからしろっ!」
「ですが、私たちの竜化能力は緊急事以外使ってはならないと前国王が・・・」
「今がその緊急事だっ!」
陛下に言われて私は今の状況を理解した。
そうだ。
男とはいえ人が一人死にそうなのだ。
それも私自身のせいで。
今だって十分緊急事じゃないか!
「わかりました!」
メディーはその場に膝をついて座り、祈るような態勢に入る。
『竜神アルファルドよ! 人の身より再び竜の姿に戻る我を許したまえっ! 我は自らの為に化身するのではない。我は貴方の愛する弱き人族のため化身するっ!』
祈りが終わると同時にメディーの身体が光り始める。
光は次第に輝きを増し、やがて巨大な竜の姿へと変化する。
光が収束すると、紅い竜が姿を現した。
「陛下っ!」
竜の姿へと変化したメディーはリザの目の前に巨大な手を差し出す。
「ああ!」
リザは傷ついたトレインに振動を与えないよう運び、自分も差し出された手に乗った。
リザとトレインを乗せたメディーは風を切る速さでリーシャの家を目指す。
「で、結局どうなった?」
メディーが竜の姿に変化してから数分でリーシャの家へ着くと、家の中にはリーシャが王宮から呼び寄せたエルフ族と羽翼族の少女たちが待っていた。
トレインを見た少女たちは一瞬息を飲んだ。
トレインを見てか、トレインの傷を見てか、たぶん両方だろう。
二人は動揺しつつも、すぐにトレインの傷口に治療の魔法をかけてくれた。
だが、私は大事なことを見逃していた。
トレインの傷を癒すことに夢中で子供たちの存在を失念していたのだ。
子供たちはトレインの傷口を見て泣いてしまう。
すぐに気づいたリーシャが子供たちを別の部屋へと連れて行ったが、子供たちはすでにトレインを見てしまった。
せっかくリーシャに子供たちを先に連れて帰らせたのに、これでは意味がない。
そう私が自己嫌悪している間に、エルフ族の少女ラクスは両手に青い光を溜め、羽翼族の少女エリスは傷口を覆うように手をかざし指先から緑の光を放つ。
すると傷口はみるみるうちに回復していった。
それを確認した二人はメディーにトレインを部屋に運ばせベッドに寝かすよう指示を出す。
メディーはトレインを軽々と持ち上げるとベッドに優しくうつ伏せに寝かせた。
それから私たちは二人に部屋を出て行くよう言われて大人しく指示に従った。
ただ、リーシャが世話をしている子供たちのうち、リリスとキャロルが部屋に入ることを許された。
それはリリスが羽翼族で、キャロルがエルフ族であるからだ。
エリスとラクスに手伝いを頼まれたリリスとキャロルは泣きはらした顔で頷き、部屋に入っていった。
「一応手当ては終わりましたが、まだ目を覚ましませんね」
ラクスが落ち着いた声で答える。
エルフ族特有の綺麗な緑色の髪を後ろで縛っているラクスは、金色の瞳をメディーに向ける。
「メディーさん。治療が間に合ったからよかったものの、もし手遅れな状態だったらどうするつもりだったんですか?」
「す、すまない・・・」
「謝るなら彼に謝ってください!」
「ああ・・・」
「まあまあラクスちゃん! そんなに怒らなくても・・・」
「エリスは黙っていてっ!」
「はい・・・」
そう怒鳴られて、エリスはしゅんと身体を丸めた。
普段の人懐っこく可愛らしい顔が今は泣きそうな顔になっている。
「私も、トレインに謝らねばならないな・・・」
「へ、陛下が謝る必要は・・・」
ラクスが驚いたような声を上げた。
「いや、私も謝らねばならない。トレインをメディーと戦わせたのは私だからな・・・」
「陛下・・・」
エリスは何と言っていいのかわからないと言った風だった。
「しかし陛下、わかっておいでですか? 国の中心である陛下が頭を下げるということがどういうことなのか」
ラクスは眉根を寄せ、半ば睨むように言う。
「わかっている」
「陛下っ!」
「国の為を想えばこそ、尚更謝らねばならん」
「それは・・・どういうことでしょうか?」
「あのトレインという男。あいつはリーシャが認めた男だ」
私の言葉に緊張した空気が広間を支配する。
今この場に子供たちがいないのは幸いだった。
子供たちがいればたちまち泣き出してしまうような空気が広間には漂っている。
「隊長が?」
エリスが信じられないと言った風に言う。
「ああ。何十年とお父様以外の男を認めてこなかったリーシャが、だ。この国一番の男嫌いだったリーシャが認め、そして惚れた男だ。リーシャはトレインのことをこの国の未来を救う男だと言っている。これがどういう意味かわかるか?」
私の言葉にメディーが顔を赤らめる。
そんなメディーを見た二人は言葉の意味を理解したらしく、メディーと同じように顔を赤らめた。
そして、エリスとラクスはどこか迷うような顔でいる。
二人はリーシャが男を認めたということが未だに信じられないらしい。
そのリーシャは今、寝室で子供たちと一緒にトレインが目を覚ますのを見守っている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
誰も何も発せなかった。
と、そんなときだった。
バタンッ! と大きな音を立て、寝室のドアが開いた。
「トレインくんが・・・」
瞳に涙を浮かべているリーシャ。
リーシャは膝に手をついて落ち着きを取り戻す。
「トレインくんが目を覚ましましたっ!」
リーシャの言葉にそれまで淀んでいた広間の空気が一気に明るいものとなった。
これからも、よろしくお願いします。ちなみに、次からは一話形式です。




