第一話〜サイドB〜
第一話、後編です。
Side B
トレインがイクシード王国に着て十日が経ったある日のこと。
コツン、コツンとブーツの鈍い音が廊下に響き渡る。
ここはイクシード王国前国王ラーズナ・バン・イクシードに代わりラーズナの娘が執務を行う為の宮殿であり、同時に私室でもある。宮殿には常に厳重な警備が施されており、上空を羽翼族の兵士が、地上を獣人族の兵士が、宮殿内を人族、エルフ族の混合部隊が常に目を光らせている。
そのためここは、国中で最も安全な場所だといえる。
彼女はしばらく続く廊下を歩きながら、あることを考えていた。
すると自然に顔がにやけてくる。彼女はある人物と会い、すぐにでも了承してもらいたい用件があったのだが、これから会う人は色々と忙しい人なので、かれこれ十日も経ってしまった。
「あっ! 隊長ー!」
彼女に声をかけたのは上空で見張りをしていた羽翼族の少女だった。
しかし、そんな少女の呼びかけにも彼女は気づかず、にやけた顔のまま廊下を歩き続ける。
「聞こえてないのかなー?」
上空で腕を組み、頭をかしげた羽翼族の少女は「よーし・・・」と、悪戯を思いついたときの子供のような笑みを浮かべて音を立てずに上空から近づいていく。その間も、彼女はうれしそうに微笑みながら歩き続ける。
そんな彼女の背後にそっと忍び込むことに成功した羽翼族の少女は、彼女の背後で息を大きく吸い、叫ぶ。
「隊長ーっ!」
「きゃっ!!」
突然背後から聞こえてきた大声に、彼女は可愛らしい声を上げて驚いた。普段の彼女を知る者が今の姿を見たなら相当驚くことだろう。
「うふふー、隊長可愛いー! きゃっ!! だってー!」
その声のする方へ顔を向けた彼女は「エリス・ティンベルト・・・」少女の名を、呆れたように口にする。
「あなた何をやっているんですか? 上空の見張りはどうしたの?」
「もう交代の時間でーす!」
元気よく手を上げて言うエリスを見て、彼女は仕方がないな、というように微笑んだ。
「今後、私に声をかけるときは普通にね?」
「えー!」
「えー! じゃないでしょ? わかった?」
「でーもー」
「何?」
「さっき普通に声をかけましたけど全然気づいてくれなかったじゃないですかー」
エリスは頬を膨らませて言う。
「え? そうだったの?」
「そうですよー! なんだかニヤニヤしてうれしそうでしたけど、何かいいことでもあったんですか?」
「ええっ!? な、ななななにを突然・・・」
「あー、あったんですねー」
うれしいことならあった。
でも本当の意味でうれしいことにするためには今から自分が頑張らなくては駄目だ。
「ねー隊長ー。何があったか教えてくださいよー」
自分に甘えるようにしがみついてくるエリスを彼女は可愛らしく思う。
エリスにだったら教えてもいいかな?
いえ、やっぱり駄目よ。まず最初は陛下にお伝えしなくては・・・。
「よし、到着」
そう言って、彼女は気合を入れるために自分の両頬を手で軽く叩く。
「あれ? 隊長、ここって執務室ですよね? 陛下に何か御用なんですか?」
「ええ。とっても大事な用事なの」
「ふーん・・・」
「だからエリス。あなたとはここで・・・」
彼女がそう言おうとしたそのときだった。
「隊長!」
上空でエリスに代わり見張りをしていた羽翼族の少女が、彼女の前に降り立った。息を切らしている羽翼族の少女に彼女は「どうしたの?」と、優しく問いかける。
彼女は常々、どんなに苦しい状況下であっても、部下たちを安心させるように振舞っているのだが、今回の少女の様子はいつものそれとはまったく違うものだった。
「て、敵襲です!」
「何ですって!?」
彼女は部下から詳しく情報を聞くと、執務室のドアを乱暴に開いて中に入った。
「陛下!」
執務室には何段にも積み重ねられた書類に頭を抱えているこの国の女王、リザ・バン・イクシードの姿があった。
肩まで伸びた蒼い髪に、気品溢れる面立ち。女性の象徴であるふくよかな胸。その胸を強調させるかのように胸元の開いたドレスを着ている女性こそがイクシード王国女王である。女王は「キリッ」としていて一見すれば厳しそうに見える瞳を、けだるそうに垂れ下げていた。
「何事だ?」
けだるそうにしていた女王は、騒々しく入室してきた彼女の様子を見て言う。
「敵襲です!」
「何っ!?」
「街の入り口周辺に隣国、アバルト帝国の兵士たちが・・・」
「至急応援を向かわせろ!」
「はっ!」
「それから今、入り口の警備に当たっている者は誰だかわかるか?」
「報告ではメディーが・・・」
「そうか。それならばひとまず安心だな・・・」
次の話から・・・色々と大変なことになっていきます。どうか皆さん、長いお付き合いをよろしくお願いします。