エピローグ
イクシード王国とアバルト帝国の戦争が終結して一月が経った。
アバルト帝国によって破壊されたイクシードの町や村は民たちの手によって少しずつだが修復されている。
生き残ったアバルト帝国の民たちはイクシードの民として歓迎され、王国内に小さな村を作った。
「陛下」
凛とした声がリザの傍らから発せられた。
「なんだ?」
リザは隣に立つ女を見た。
きれいに整った目鼻立ち。
均整の取れた身体は美しく、母親譲りの赤髪藍眼。
「私のような者が陛下にお仕えしてもよろしいのでしょうか?」
「当たり前だ、アセリア。お前ほど民を思い、強い女であれば私たちは大歓迎だよ。これからアセリアには、メディーの竜人族部隊で副隊長を勤めてもらう」
「はい」
「しかし・・・」
言ってリザは呆れたように笑う。
「陛下?」
「いや、トレインはどこにいるのだろうと思ってな」
「エリスー」
「はーい! なんですかー、隊長!」
「この花束はどこに飾ればいいかしら?」
「えーと、それは・・・適当に見栄えするところに飾っておいてください!」
「そ、そんなに適当でいいの?」
「はい!」
「メディーさん、その飾りはこっちですよ」
「あ、ああ、そうか」
式典の準備に手間取るメディーにラクスは苦笑しながら指示を出す。
「でも、驚きましたね。まさかトレインくんが『十字架を背負う悪魔』だったなんて」
「そうだな」
「あの、メディーさん」
「ん?」
「あのとき、隊長を守ってくれていた女性と何を話していたんですか?」
「あのときか・・・」
イクシード王国にいたアバルト帝国皇帝とアバルト軍が亡霊たちの手によって消え去ると、ラーズナ、エミリア、マルクスがトレインの前でひざまつく。
「ごめんなさい。あなたたち死者をこんな戦場に狩り出させてしまって」
トレインは自分の前でひざまつく三人を見て言う。
「先ほども言ったが、君が謝ることではないよ。むしろ私たちは君に感謝している」
ラーズナはひざまついた体勢のままで、顔を上げて笑顔で言う。
「そうだよ。僕たちは君に本当に感謝している。愛しい娘に、アセリアにもう一度会えたんだから」
マルクスはとびきりの笑顔で言う。
「トレインくん。これからも、あの娘を守ってあげてください。よろしくお願いします」
エミリアは深々と頭を下げて言う。
「はい。必ず・・・」
トレインは娘を案ずる母に力強く誓った。
「ありがとう」
その言葉を聞いたエミリアは一つの曇りもない晴れやかな笑顔を浮かべた。
「メディア」
笑顔のままエミリアはメディーの名前を呼ぶ。
呼ばれたメディーはふらふらとした足取りでエミリアの下へ歩み寄る。
「大きくなったわね・・・」
エミリアはやってきたメディーの額にキスをし、優しく抱きしめた。
「貴女は私のことを覚えているかしら? 私が家を出たのは貴女が生まれてすぐだったから覚えていなくても不思議ではないけれど、私は・・・」
「ずっと・・・」
「メディア?」
メディーは自分の泣いている姿を誰にも見られないように、エミリアの胸に顔を埋めた。
「ずっとお会いしたかった・・・姉上様・・・」
「メディア・・・」
「姉上様は私の憧れでした。貴女のことを母上に聞いてから、私は貴女のような女性になりたいと今日まで願ってまいりました。私は、少しでも姉上様のように素敵な女になれているでしょうか?」
言って、メディーは胸に埋めた顔を上げ、エミリアの顔を見る。
エミリアはそんなメディーの髪を優しく撫でて言う。
「メディア。もう貴女は、私なんかよりも、もっとずっと素晴らしい女性よ」
「あ、姉上様・・・」
「メディア」
エミリアはメディーの耳元でそっと囁く。
「貴女に私の娘のアセリアを、私の代わりに見守ってほしいの。お願いしても・・・いいかしら?」
「お任せください。ですから姉上は・・・安心してお眠りください・・・」
「ありがとう」
言ってエミリアは最後にメディーを力一杯抱きしめた。
「そろそろ、時間ですな」
ラーズナは立ち上がり空を仰いで言う。
空は太陽が沈み、夜の帳が訪れていた。
「お父様・・・」
「リザ、お前はこれからも良き王であり続けるだろう。お前になら私はこの国を安心して任せられる」
「もったいなきお言葉です・・・」
「最後に、一つだけお前に謝ることがある」
「お父様?」
「お前には、何一つ父親らしいことをしてやれなかった。すまない」
「そんな・・・お父様は私にたくさんのものを与えてくれました! それに、私はお父様のことを誇りに思っております! だから、謝らないでください・・・」
「本当にすまない」
「お・・・父様・・・」
リザはもう涙で前が見えなかった。
最後の瞬間だというのにリザは敬愛する父親の姿を見ることができなかった。
「リザ」
「は、はい・・・」
「良き王には、自らを支えてくれる良き理解者が必要だ。お前もそんな相手を見つけて、この国を今よりも豊かで暮らしやすい国に導いてくれ。そうだな、たとえば・・・」
言って、ラーズナはチラリとトレインを見た。
「いや、やはりよそう。こういうことは本人たちの気持ちが大事だからな」
ラーズナは幸せそうに笑顔で言う。
「刻限です。みなさん、言い残すことはもうありませんか?」
そう言ったトレインはラーズナ、エミリア、マルクスの顔を順に見つめる。
三人は頷き答えた。
「わかりました。それと、ありがとうございます」
礼を述べ、深く頭を下げると、トレインは呪文の詠唱を開始する。
『漆黒の闇よ、亡霊たちに再び安らかな眠りを与えよ』
呪文の詠唱が終わると、三人の身体は足元から消えていく。
「お父様!」「姉上様!」
リザとメディーが同時に叫んだ。
そんな二人を見て、ラーズナとエミリアは笑顔で口を開く。
しかし、二人が何を言ったのかは聞こえなかった。
そんな二人にトレインが言葉をかける。
「幸せに・・・」
振り向いた二人にトレインは言葉を続けた。
「最後に二人が残した言葉です」
あれから一月が経ち、村や街が復興の兆しを見せ始めたように、メディーも自分の心の整理がつき始めていた。
「あのときのことは私とあの方との秘密だ」
メディーは笑顔でラクスに答えた。
「トレインだっこー」
「はいはい、リリスは本当に甘えん坊だなー」
結局、子供たちは全員無事だった。
あの激しい戦争の最中、俺とリザさんの二人は子供たちを見つけることができなかった。しかし、全てが終わった後で、ティンベルトさんが思い出したようにベルたちはアセリアさんが眠っていた部屋で五人仲良く眠っていると教えてくれた。
それを聞いた俺とメルヒストさんが急いでその場へ向かうと子供たちはベッドの中で仲良く手を繋ぎながら心地よさそうな顔を浮かべて眠っていた。
戦争があったことなど気づきもしないで子供たちは安らかな吐息を漏らしていた。
メルヒストさんは安心したのか、その場でへたり込んで、そして、幸せそうに眠っている子供たちの額にそっとキスをした。
「トレイン、つぎはわたしだぞ!」
「わかってるよ、ベル」
「そのつぎはわたしー」
「それじゃあ、そのつぎはわたしなの」
マリーとミストが小さな手を精一杯大きく上げて言う姿を見て、トレインは笑顔で答える。
「ねー、トレイン」
キャロルはトレインの手を引っ張ると首を傾げて言う。
「トレインはこれからも、わたしたちといっしょにいてくれる?」
そんなキャロルの言葉にトレインは大きく頷いた。
「ああ、これから先もずっと一緒だよ」
そうトレインが答えると、子供たちは一斉にトレインに抱きついた。
「う、うわぁ!」
思わず足元を崩して転ぶトレインだったが、抱いているリリスは絶対に落とさない。
転んだトレインに子供たちが勢いよく抱きついた。
『トレインだいすき!』
子供たちのその言葉がトレインの心に深く刻み込まれた。
二日後、トレインは再び王宮へと足を運んでいた。
その理由はもう一度、トレインをイクシードの正式な民として迎え入れるための式典が催されるからだった。
王宮前には前回と同じくイクシード王国中の女性たちが集まっていた。
だが、前回と違い、誰もトレインがイクシードの民になることを反対する者はいなかった。
その理由は、王国中の女性たちがトレインが『十字架を背負う悪魔』の正体であり、イクシード王国の危機を救った英雄であると知っていたからだ。
「さあ、トレイン」
リザに促され、民たちの前に姿を現すトレイン。
「頑張って、トレインくん」
応援してくれるリーシャの言葉に勇気付けられたトレインは民たちに名前を名乗る。
「お久しぶりです。前回も名乗りましたが、もう一度だけ名乗らせてください。俺の名前はトレイン・バレンタインです。今日は、俺のために集まってもらいありがとうございました。その、リザさんに何か挨拶をしろと言われたんですけど何を喋っていいのか思いつかなくて・・・。だから、この場を借りて、少し俺の昔話を話したいと思います」
民たちは無言だった。
みんなトレインの言葉に聞き入っている。
「俺は、捨て子でした。人間っていうのはすごいもので、生きるための力に溢れています。九才まで俺は人からお金を盗んだり、食べ物を盗ったり、追いはぎ紛いのことをしてなんとかその日の糧を手に入れて生きていました。そんなあるとき、俺は一人の羽翼族の女性と出会います。その女性は俺の運命をいろんな意味で大きく変えた、俺にとって大切な女性です。その女性の名前は・・・アディア」
親友の名を聞いたリーシャは驚いた。
イクシード王国を出て行ったアディアの名をまさか聞くことになるとは予想もしていなかったから。
「俺は彼女から多くのことを学びました。盗みはいけないこと。人を傷つけるのもいけないこと。それは人として、この世に生きていく者としての道徳だと彼女は言っていました。彼女は俺を息子のように可愛がってくれました。その頃の俺は愛情に飢えていて、アディアの存在がとても大きかった。それから一年ほど各地を放浪としていた俺たちでしたが、やがて小さな村へと腰を落ち着かせます。決して豊かな暮らしではなかったけれども、それでも俺たちは幸せでした。村の人たちも俺たちのことを快く迎えてくれて、村人みんなで力を合わせて、一日一日を精一杯生きていきました。それは本当に幸せな一時でした。アディアは俺にとって、母であり、姉でした。そのまま幸せに過ごせるものだと当時の俺は何も疑っていませんでした。だけど、そんな小さな幸せは、ある事件がきっかけで簡単に崩れ去ります。盗賊が村を襲い、村の人間を次々と殺していったんです。いち早く村の異変に気づいたアディアは俺を家の中へ隠して盗賊どもを追い払いに行きます。心配する俺の頭をアディアは優しく撫でて『大丈夫。私が守ってあげる』アディアの言葉に俺が頷くと『いい子ね』アディアは俺を抱きしめてくれました。『ここで待っていて、トレインは私が絶対守ってあげる。心配しなくても私はちゃんとトレインの下へ帰ってくるから』
そう言って出て行ったアディアでしたが、いくら亜人が人族より優れた身体能力を持っているとはいえ、一人対大勢では勝負になることなどなく、アディアは盗賊たちの手に捕らえられ、服を引きちぎられていきました。俺はアディアを救いたかった。アディアを薄汚い盗賊たちに汚されたくなかった。でも、俺にはなんの力もなく、ただ、怯えて隠れていることしかできなかった。悔しかった。力があればアディアを助けることができるのに! そう考えた瞬間、声が聞こえてきました」
『契約だ。力を授けてもよい』
「俺は最初、耳を疑った。幻聴だと思った。だけど、俺には確かに声が聞こえてきた。その声は男とも女ともわからない声で俺にこう言いました」
『力を授ける代わりに、我はお前の最も大切なものを奪う。それでもよいなら契約を交わそう。これは悪魔の契約。この契約を交わせば、お前は亡霊を率いる王になるだろう』
「俺はアディアを救えるなら、自分の命がどうなってもかまわなかった! 俺には悪魔の声が神の声のように思えた。だから、俺は悪魔と契約を交わした」
『確かに・・・。これでお前は我ら悪魔の代行者だ。その力、存分に振るうがよい』
ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!
「外にいた盗賊たちがアディアの服を全て奪う直前、盗賊たちの断末魔が村中に響き渡りました。アディアは服を抑えたまま、突然死んだ盗賊たちを呆然と見つめていました。俺はそんなアディアの下へ、駆けつけます。もう心配ない。大丈夫だ。そう伝えようと走りました。アディアは俺を見て笑いました。俺はアディアの笑った顔が大好きでした。でも、アディアが笑うことはその後、二度とありませんでした。俺がアディアの下へ駆けつけたとき、アディアの胸には大きな穴が開いていたからです。アディアは笑ったまま、死んでいました・・・」
リーシャが、リザが、メディーが、エリスが、ラクスが、アセリアが、みんなが顔を曇らせている。
「そのとき俺は気づきました。悪魔の契約の本当の意味を。悪魔は確かに言った。『お前の最も大切なものを奪う』と。俺にとってアディアこそが最も大切な人だった。自分の命よりも大切な人だった。そんな人を俺は・・・殺してしまった。俺は気が狂ってしまいそうだった。アディアが死んで、俺はアディアの後を追おうと盗賊たちが持っていたナイフを手に取り胸を貫こうとした。でも、ナイフが胸を貫くことはなかった。亡霊となって現れたアディアが瞳を濡らし、ナイフを掴んでいたから」
「命を粗末にしないで・・・」
「アディアは俺を抱きしめて言いました」
「私のために死のうとしないで。トレインは私を助けようとしただけなんだから、責任を感じる必要はないの。それでも、あなたが私の死に責任を感じてしまうのなら、この先の人生を女の子を守るために生きて。あなたのその力があれば、きっと女の子を守れるはずだから・・・。だから、お願い。生きて・・・」
「その言葉を残して、アディアは消えてなくなりました。俺は、アディアとの約束を守るために旅に出ることを決めました。アディアの喜びと深い悲しみが詰まった思い出の地であるイクシード王国を目指して・・・。それは長い旅でした。まるで終わりがないように。イクシードへたどり着いたのはそれから六年が過ぎてからでした。俺はそれまで、アディアとの約束のために生きてきました。約束を果たせるなら、いつ死んでもいいとさえ思っていました。だけど、この国へ着て、メルヒストさんと出会い、そしてなにより子供たちと触れ合うことで、俺の心は変わりました。約束のためなどではなく、自分の意思でこの国の女性たちを守ると、心と、アディアに誓いました」
トレインはそこで一呼吸つき、民たちを見る。
みんながトレインを見つめていた。
「俺は、男です。貴女たちと、子供たちに酷い行いをした男達と同じ男です。でも! 信じてください! 俺はあいつらなんかとは違う! 俺は! 俺は全力で貴女たちを守ってみせる! そのための力を俺は持っている! アディアの命と引き換えに手に入れた力で絶対に守ってみせる! だから・・・俺がこの国の民になることを、どうか認めてください!」
「トレインはずっとわたちたちといっしょー」
リリスが大きな声で言う。
「そうだぞ! トレインはわたしたちとずっといっしょだ!」
ベルの声がトレインに力を与える。
「トレインはわたしたちのかぞくなのー」
ミストが笑顔で手を振ってくれる。
「トレインがいなくなっちゃやー」
マリーが泣きそうな声で叫ぶ。
「わたしたちはトレインのことがだいすき!」
キャロルが真っ赤な顔で叫んでいる。
子供たちの言葉でトレインは救われた。
もし、この国の民として認められなくても自分は大丈夫だ。
子供たちが大好きだと、家族だと言ってくれたから。
「トレインくん・・・」
いつの間にか俺の横にはメルヒストさんがいた。
「見て」
メルヒストさんに促されて俺は視線を民の方へと向ける。
「大歓迎!」
「あなたは私たちの仲間よ!」
「ずっとこの国にいて!」
女性たちはトレインに大きく手を降り、拍手を送り、祝福の声をかけた。
「あなたは、トレインくんは今日からイクシードの民よ」
「・・・・・・はい」
「おめでとう、トレインくん」
「あり・・・がとう、ございま・・・す」
涙で上手く喋ることができなかった。
そんなトレインに国中の女性たちが声援を送る。
女性たちはみんな綺麗な笑顔で笑っていた。
この日の出来事はイクシード王国の歴史書、『イクシード王国戦記』へと記され、トレインの名はイクシードを越えて遠く遠方の地まで知られることとなった。
ここまでお付き合いいただきまして本当にありがとうございます。この小説はこれで終わりとなります。皆さん本当にありがとうございました。