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第十六話


アバルトの大軍が駒のように倒れていく。

暴風のような何かがアバルト軍を次々と斬り捨てていく。

その何かはリーシャの前でピタリと止まった。

 「メルヒストさん」

 「『十字架を背負う悪魔』・・・」

 「悪魔だなんて酷いな・・・」

 そう言った男の声にリーシャは瞳を大きく見開いた。

 「嘘・・・トレインくん?」

 「はい」

 男が悪魔の仮面を外すと仮面の下には、リーシャのよく知るトレインの顔があった。

 「そんな・・・『十字架を背負う悪魔』の正体はラーズナ様だったんじゃ・・・」

 「国王様には俺と同じ格好をしてイクシード各地を飛び回ってもらったんです。そうしないと俺がこの国に入れなかったから」

 「え・・・?」

 そういえば、『十字架を背負う悪魔』が一度だけ戦場ではない所で出現したと報告があった。

イクシードの民が総出で『十字架を背負う悪魔』を捜索しに行ったけれども結局、見つからなかった。

確かあれは・・・そう、ベルたちがトレインくんを見つける一日前・・・。

 「本当に・・・トレインくんなの?」

 「はい」

 「それじゃあ、ロージャ湖で私を助けてくれたのはトレインくん?」

 「はい」

 「どうして、黙っていたの?」

 「言えば何かが変わりましたか?」

 「え?」

 「俺は、自分の正体が殺人者だと言えるほど強い心を持っていません」

 「そんな! トレインくんは殺人者なんかじゃないわ!」

 「いいえ、俺は殺人者です。戦争で人を何十万人と殺しました」

 「でも・・・」

 「殺された人たちにも、きっと家族や大切な人たちがいたはずです。でも、俺は一人の女性との約束のために何十万人もの命を奪ってきました」

 「それは・・・」

 「だけど、俺は今後も殺し続けます。たとえ殺人者と罵られようが構いません。今は『あの人』との約束よりもっと大切なものができましたから」

 そう言うと、トレインはリーシャを強く抱きしめた。

 「・・・・・・っ!」

 あまりに突然のことに戸惑うリーシャ。

 「ここで、待っていてください」

 言って、トレインは再び悪魔の仮面を被る。

そして、呆気にとられているカムナへと言葉を放つ。

 「あなたを裁くのは、人でも、神でもない。あなたは亡霊に裁かれる」

 「貴様もラーズナと同じことを抜かすか! 亡霊が一体どうやってわしを裁くというのだ?」

 トレインはカムナの言葉を無視して腰に提げられた剣を地面に突き刺し言葉を紡ぐ。

 『開け冥界の門。黒く聳える(そび)死神の鎌に誘われ我の前に現界せよ。無念を抱きし亡霊たちよ!』

 呪文の詠唱が終わると、地面に突き刺さっていた剣が形を変えていく。

剣は身の丈ほどの大きな十字剣へとその姿を変貌させた。

悪魔の仮面を被るトレインは巨大な十字剣を背中に担ぐ。

その姿はまるで『十字架を背負う悪魔』そのものだった。

トレインは背中に担いでいる巨大な十字剣をカムナに向ける。

すると、カムナの周りにおびただしい数の紫色の火の玉が噴出した。

 「な、なんだこれは!?」

 紫色の火の玉は少しずつ、人の形へと姿を変えていく。

それらはカムナの身体に無表情に纏わり憑く。

アバルト軍の兵士たちも一人残らずカムナと同じように纏わり憑かれている。

 「は、放せっ!」

 「無駄だ」

 ラーズナの低い声がカムナの耳に届いた。

 「ゆ、許してくれ!」

 「それは私が決めることではない。許しを請うなら彼らに請え」

 カムナは自分に纏わり憑いているものの顔を見た。その顔はアバルト帝国の民たちの顔をしていた。

 「た、頼む! 許してくれ! わしはまだ死にたくない!」

 『私だって死にたくなかった』

 『だけど貴方が私たちを殺した』

 『どうして殺したの?』

 『どうして殺されなければならなかったんだ?』

 『どうして!』

 『どうして!!』

 「ゆ、許して・・・」

 カムナはトレインに許しを請う。

 「最後の最後までわからないのか。あなたが真に許しを請わなければならない人たちが誰なのかを・・・」

 「ゆ、ゆる・・・」

 そんなカムナを見てトレインは目を閉じ、最後の言葉を唱えた。

 『亡霊に裁かれろ!』

 「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 アバルト帝国皇帝、カムナ・アバルトの断末魔がイクシード王国に響き渡った。

残ったアバルト軍の兵士たちも、皇帝の後を追うように断末魔を響かせる。


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