第十四話
「よかった・・・」
トレインは安堵の息を漏らして言った。
アバルトの民を救出するのを見届けると、トレインは踵を返して走り出す。
「トレインくん! どこへ行くんだい?」
マルクスに問われたトレインは足を止めて振り返る。
「イクシードのみんなの下へ!」
言ってトレインは再び走り出した。
「あれ・・・?」
トレインが走り去ったのと入れ違いにアセリアがやってきた。
「どうしたんだい?」
「あの・・・あいつは、どこですか?」
「トレインくんならもう行ったよ。イクシードのみなさんの下へ」
「そうですか・・・」
「ところでアセリア。アバルトの民はこれからどうするんだい?」
「民たちには、この先の森で身を隠してもらいます。周囲には敵はなく、安全でしょう」
「そうか・・・」
「はい・・・」
そう言ったアセリアはもじもじと身体を揺らしてエミリアを見る。
そんな娘の姿を見て、エミリアは笑顔で両手を大きく開けて言う。
「いらっしゃい」
「母様!」
アセリアは飛び込むように母に抱きついた。
エミリアは娘を強く抱きしめる。
アセリアは母の胸の中にその身を任せていた。
二人の間には何の会話もない。
二人は互いの温もりを確かめ合うようにしっかりと抱き合っている。
「アセリア」
エミリアはアセリアを抱きしめていた手をそっと離した。
「あ・・・」
アセリアは少し寂しそうな表情を浮かべている。
「貴女はもう一人ではないわ。私にとってのマルクスさんのようにアセリアを守ると誓ってくれた人がいるのだから」
「そ、それは・・・」
アセリアは下を向き、ぶつぶつと口ごもる。
「いえ・・・あいつは・・・その・・・」
「ふふっ」
「か、母様」
「ごめんなさいね。アセリアがあんまり可愛かったものだから」
「エミリア」
「はい」
マルクスの呼びかけにエミリアは穏やかな声で返事を返す。
「そろそろ行くわね」
「そ、そんな! 私は、母様と父様に話したいことがいっぱい・・・」
そう言ったアセリアをエミリアは優しく抱きしめる。
「ごめんね。本当は私たちももっとアセリアと話していたいけれど、それは無理なの。私とマルクスさんは本当ならもうこの世に存在してはならない死者。この世に呼び出された理由に決着をつけなければいけないの」
「母様!」
「アセリア。私たちはいつまでも貴女を愛しているわ・・・」
エミリアとマルクスの姿は粒子のように小さな粒となり、アセリアの前から姿を消した。
「母様・・・父様・・・」
後にはアセリアの嗚咽だけが残された。
イクシード王国は大乱戦の様相だった。
アバルトの大軍がひしめき合い、混乱を極めていた。
メディー率いる竜人族部隊が本来への姿へと肉体を回帰させる竜化で、なんとか敵が使う凶悪な爆発攻撃を防いでくれているが、それでも、あと二発も爆発を食らえばメディーたちは・・・。
そんなメディーたちの合間を縫うように押し寄せるアバルト軍に応戦すべく、リーシャが剣を抜き放ち構えた瞬間、身体中に衝撃が走った。
「っ・・・・・・!」
こんなときに身体が・・・。
多勢に無勢。
リーシャはアバルト兵に囲まれてしまった。
「はははっ! 奴は身体を痛めているぞ!」
皇帝には見抜かれている。
「抵抗するな。今、一思いに楽にしてくれる。それとも命乞いでもするか? そうすればわしの愛玩道具として毎晩可愛がってやるぞ?」
「言ってくれますね・・・」
アバルト兵は徐々に距離を縮めてくる。
「リーシャ様!」
「リーシャ、今行くっ!」
遠くからメディーとリザの声が聞こえてくる。
「来ないで!」
来ればあなたたちも・・・。
こんな醜い男の玩具にされるくらいなら・・・。
ベル、リリス、ミスト、マリー、キャロル。ごめんね。
トレインくん・・・。
リーシャは自害するために剣を逆手に持ち、腹部に突き刺す。
(先に逝くわ・・・)
だが、いつまで経っても痛みはなかった。
剣はリーシャの腹部を貫くギリギリのところで止まっていた。
「・・・誰ですか?」
リーシャの腕を見知らぬ男が悲しそうな顔を浮かべて掴んでいた。
見知らぬ顔の男はリーシャから剣を取り上げると、それを男の傍らに立っている女性に手渡した。
女性は剣を受け取ると、それを持ってリーシャに近づいてくる。
「もうすぐここへ貴女たちを助けにトレインくんがやってきます」
「え?」
女性の口からトレインの名前が出てきたことにリーシャは驚いた。
「貴女はトレインくんを知っているのですか?」
「ええ、私たちは彼をよく知っています」
「だ、誰だっ!?」
突然現れた男女にカムナ・アバルトは叫ぶ。
「誰? さあ、私たちは誰なのでしょう」
「な、何を言っておる! わしは謎かけをしているのではない!」
「そうですか。それは残念。では、貴方のよく知る方に私たちが誰なのか答えてもらいましょう」
「なに?」
そう女が言うと、カムナの前で一陣の風が吹いた。
カムナは思わず目を瞑る。
そして、カムナが目を開けると、そこには一人の男が立っていた。
「久しいな・・・」
カムナは恐怖のあまり声が出なかった。
何故なら今、自分の前に立っている男はこの世に存在するはずのない男。
自分が殺すように部下に命じ、部下によって抹殺されたはずの男だった。
「お、お前は・・・」
「お前の悪行もこれまでだ」
「なんだと?」
「お前はここで死ぬ」
「はっ! 何を言うかと思えば。わしがこんなところで死ぬはずがなかろう! では逆に貴様に問う。誰がわしを裁く? 人か? 神か? それともお前か?」
「・・・亡霊だ」
「そんなものがこの世にいるはずがなかろう!」
しかし、自分の目の前にいる男は亡霊としか思えない。
そんな不安を打ち消すようにカムナは叫んだ。
「見よ! この圧倒的な戦力の差を!」
カムナの言う通り、イクシード軍の数は三十人にも満たない。それに対してアバルト軍は約十万。
イクシード軍はすでに全員が満身創痍だった。
「それにわしにはコレがある」
言ってカムナは懐から超古代カガク兵器である『ゲンシバクライ』を取り出した。
「コレがある限りわしは死なぬっ!」
「さて、それはどうかな?」