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第十三話


 「陛下っ!」

 上空で見張りをしていたエリスがリザの下へと戻る。

 「敵兵を確認しました」

 「そうか、とうとう来たか」

 リザはエリスの報告を聞くと、眉間の間に人差し指を一本突き立てて考える。

 「リザ・・・」

 そんなリザにリーシャが声をかける。

 「ああ・・・」

 そう答えたリザは、リーシャ、メディー、ラクス、エリスの顔を順番に見つめた。

 「皆、よくここまで戦ってくれた。礼を言う。しかし、これは完全な負け戦だ」

 その場に残る全員がリザの言葉に耳を傾ける。

 「だが、私は最後まで戦い抜く。自国の民をも思わぬ卑劣なアバルトには屈さぬ。たとえ、この身が滅びようとも。そして、穢されようとも。着いて来いとは言わぬ! お前たちは逃げ延びろ! 何があっても、ここから逃げ延びろ! 逃げて、生きろ!」

 「リザ・・・」

 リーシャはそんなリザの言葉にゆっくりと首を横に振ると、その場で片膝をつき、双剣を地面に突き刺して言う。

 「私は・・・」

 リーシャに続き、メディー、ラクス、エリスが同じ格好でリザの前に片膝をつく。

それを見てリーシャは改めて言い直す。

 「私たちの命はあなたと共に・・・」

 「馬鹿者が・・・。だが、いいだろう! お前たちの命だ。お前たちの自由に使え」

 「ええ、そうさせてもらうわ」

 リーシャはこれから死地に赴くとは到底思えぬような笑顔をリザに見せた。

 「では、これより出陣する!」

 

 「皇帝陛下っ!」

 アバルト兵の一人が皇帝へと報告にやってきた。

 「どうした」

 「イクシードの兵を確認しました。どうやらまだ我らと戦う気のようです」

 「そうか・・・」

 皇帝、カムナ・アバルトは醜く肥え太った顔を大きく歪めて笑う。

 「そうでなくてはおもしろくない。よし、全軍に伝えよ! 最後の決戦じゃ! イクシードの女どもを殺せ! 決して油断するな! 彼奴等の中には未だ忌まわしい亜人族どもが残っておる! 人を殺し、村を焼き、全てを無に帰せ!」

 「はっ!」

 

 「リザ!」

 リーシャの声が震えている。

 「ああ、来たな。ところでリーシャ」

 「なに?」

 「声が震えているぞ? 怖いか?」

 「ええ、怖いわ」

 「そうか、私もだ」

 「陛下! 竜人族の部隊の配置が整いました!」

 「わかった・・・」

 「ねえ、リザ」

 「なんだ?」

 「もし、この戦いに勝利することができれば、それは奇跡ね」

 「そうだな。しかし、それは万に一つも有り得ないだろう。我が軍の残存戦力は私とリーシャ、エリス、ラクス、メディー、それに、メディーの竜人族部隊と羽翼族の黒き翼が数名。対して相手は約十万の大軍だ。お父様・・・いや、『十字架を背負う悪魔』もいないとなると・・・」

 「ええ、わかっているわ。ただ、言ってみただけよ」

 「ああ、だがな・・・。この命の灯火が消えてなくなるまでは足掻いてみせるさ」

 「陛下っ! 見えました! アバルト軍です!」

 エリスの言葉が合図となり、皆戦闘態勢を整える。

 「聞け! 皆、文字通り死力を尽くして戦い、一人でも多くのアバルト兵を道連れにせよっ!」

 「ええ!」「お任せを!」「はい!」「了解しました!」「おぉー!」










 アセリア、トレイン、エミリア、マルクスの四人は、アセリアを先頭に人質として捕らえられたアバルトの民を救出すべく走る。

 「アセリアさん!」

 「なんだ!」

 「アバルトの民がどこに捕らえられているのかわかっているんですか?」

 「ああ! おそらく民たちは皇帝の隠れ家に連れて行かれたはずだ!」

 「隠れ家?」

 「そうだ! 皇帝はもしものためにとアバルト帝国各地に隠れ家をいくつも作らせていた。そのうちの一つがこの近くにある!」

 走る四人は森の中の入り組んだ道を抜けて、とうとう皇帝の隠れ家を見つけた。

隠れ家の前にはアセリアと同じ黒い甲冑に身を包んだ兵士たちが三人いて、周囲を警戒していた。

 「奴らは・・・皇帝の親衛隊・・・」

 「親衛隊?」

 「ああ、奴らの実力は別格だ。おそらく私と同等のレベルだろう」

 騎士隊長であるアセリアさんと同じレベルの兵士。

それが三人もいるなんて。

 「私が一人で行く、母様と父様はここで待っていてください。それと、トレイン。お前もここで待っていてくれ」

 「でも・・・」

 どうしよう。

アセリアさんを・・・女性を一人で行かせるなんて・・・。

 「うっ・・・。そ、そんな眼で私を見るな。大丈夫。心配しなくても私は、その、ちゃんとここへ戻ってくる。お前と、母様、父様の下へ・・・」

 アセリアのその言葉がトレインの幼い頃の記憶を呼び覚ました。

 『心配しなくても私はちゃんとトレインの下に帰ってくるから』

 あの人はとても綺麗な笑顔で言うと、行ってしまった。

あの人の笑顔を見て俺は、本当に大丈夫なんだ、と思った。

でも、それはただの虚勢。

あの人が俺を不安にさせないために言った優しい嘘だった。

そして、あの人が戻ってくることはなかった。

 「行くなっ!」

 トレインはアセリアの腕を力一杯に掴む。

 「え・・・」

 「あなたを・・・アセリアさんを一人では行かせない。何があっても行かせたりはしない! 今度は間違えない!」

 「あ、あの・・・トレイン?」

 「俺が、あなたを全力で守る!」

 「え、えええええええっ!!」

 「ちょっ、アセリア! まずいよ。敵に見つかってしまうじゃないか。もっと静かに」

 「あっ、はい。すみません、父様・・・」

 トレインの発言は、誰がどう聞いても愛の告白にしか聞こえなかった。

アセリアは突然の愛の告白に戸惑うが、トレイン自身は愛の告白などしたつもりはなかったので、皇帝の親衛隊の様子をつぶさに観察していた。

 「あ、あのな、トレイン。その、私は・・・」

 「アセリアさん!」

 「は、はい!」

 「先に行きます!」

 「え・・・?」

 言って、トレインは皇帝の親衛隊の前に姿を現す。

そんなトレインの後姿を呆然と見ていたアセリアだったが、自分が今何をしにこの場へ来たのかを思い出した。

 「アセリア」「アセリア」

 両親二人は同時にアセリアの名前を呼ぶ。

 「可愛いよ」「可愛いわ」

 同時に笑い親指を立ててそんなことを言った。

アセリアは恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。

 

 「民を解放しろっ!」

 トレインの言葉に兵士は何の返答も返さなかった。

代わりに、トレイン目掛けて剣を振るう。

 「くっ・・・」

 トレインと対峙していた相手がトレインの剣を横に振り払う。

トレインは体勢を崩してよろめいた。

その一瞬の隙をついて、相手は宙高く舞うように跳ね、そのまま着地して一切の遠慮なく力の限り剣を振り抜いた。

 「トレイン!!」

 咄嗟にアセリアがトレインの前に飛び込み、相手の斬撃を黒刀で受け止める。

そのとき、背後に隠れるように潜んでいた敵兵が現れ、アセリアへと剣を振り下ろす。

アセリアの動きはトレインを庇ったせいで僅かに鈍っていた。

かわしきれないっ!

 その瞬間、アセリアと敵兵の間にマルクスが割り込んだ。

敵兵の鋭利な刃先がマルクスの肩口を深々と突き刺す。

しかし、マルクスの傷口からは血の一滴さえ出てこなかった。

 「なっ・・・!?」

 マルクスは敵兵が怯んだ一瞬の隙をついて眉間に銀色に輝くメスを投げつける。

 「がっ・・・!」

 敵兵は空を仰ぐように仰向けに倒れて絶命した。

その反動でマルクスの肩口から敵兵の剣が抜ける。

アセリアは目の前で起きた光景に戸惑いを隠せず、動けずにいた。

 「エミリア!」

 アセリアを庇うように立ち上がり、マルクスは叫ぶ。

マルクスの声に呼応するかのようにエミリアは、まるで舞踏するように華麗に舞い、残った敵兵を一掃する。

敵兵はあっという間に排除された。

 「アセリア。アバルトの民を解放してきなさい」

 エミリアの姿に魅了されていたアセリアは、その言葉に現実へと引き戻された。

 「はい!」

 アセリアは民たちが捕らわれている隠れ家の扉を黒刀で斬り棄てる。

開いた扉の中へと入っていくアセリアを見て、エミリアとマルクスは喜び、悲しんだ。立派に成長した娘の姿を見ることができてうれしかった。

しかし、娘との別れが近づいていた。


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