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第一話〜Aサイド〜

第一話前編・・・みたいな感じになってしまいました。


 『大丈夫。私が守ってあげる』

 思い出せるのは優しい声だけ。

 『いい子ね』

 頭を撫でる手が暖かくて安心する。

 『ここで待っていて』

 駄目だ! 行くな!

 『トレインは私が絶対守ってあげる』

 行かないでくれ!

 『心配しなくても私はちゃんとトレインの下に帰ってくるから』

 待ってくれ!

 『行ってくるわね』

 そう優しく微笑み言った彼女。

 しかし、結局彼女は帰って来なかった。


 Side A



 「・・・・・・かな?」

 「・・・・・・だろ?」

 「・・・・・・よねー?」

 なんだ?

 話し声が聞こえる。

 子供の声だ。

 子供?

 どうして子供の声が?

 その答えを得るため、俺は自らの重い瞼をゆっくりと開けていく。

 「んん・・・」

 「あ、おきたー!」

 「おきた・・・」

 「おっきちたー」

 見知らぬ部屋の見知らぬベッドに俺はいた。体を起こしてみると、ベッドの周りには幼い子供たちが不安そうな瞳で俺を見ていた。

 「ここ、どこ?」

 できるだけ不安にさせないように言うと、子供の一人がベッドの上に登ってきた。

 「おまえなにものだー!」

 口の悪い子供だ。

 「そんな喋り方をしちゃ駄目だろ?」

 子供に優しく諭そうとするが、

 「うっせー!」

 一蹴された。

 むう、生意気な子供だ。

 「そんな生意気なことを言う子供にはお仕置きだ」

 ベッドの上に登ってきた男の子を抱き寄せ、両脇に手を置いた。

 「おい! やめろーっ! はなせー!」

 「それじゃあ喋り方を改めるか?」

 「いいからはなせー! おそわれるー!」

 「人聞きの悪いことを言うなっ! ったく、仕方ない。悔い改めよ。汝をくすぐりの刑に処す」

 「うわっ!」

 「こちょこちょこちょー」

 「あっ、やっめ・・・あはははははは!」

 「どうだ? 参ったか?」

 「う、うん・・・まいった・・・」

 その様子を他の子供たちがじーっと見ていた。

 「どうした?」

 そう聞くと、子供たちはそわそわしながら俺を見る。

 「みんな、あなたに遊んで欲しいんですよ」

 優しい声が聞こえてきた。

「え?」

 いつからいたのか、その女性は壁にもたれかかるような体勢で、とても楽しそうに笑いながら俺を見ていた。

 綺麗な人だ。思わず見とれてしまう。

 透き通るように綺麗な青い瞳。均整の整った鼻。小さく柔らかそうな唇。腰まで伸びた長い黒髪。スラリとした扇情的な身体。何もかもが完璧な女性だった。

 「ちなみに・・・」

 女性は俺を指差して言う。

 「あなたの行為は婦女暴行ですよ?」

 「は?」

 そう言われて改めて自分の格好を見る。俺に抱きかかえられるような形で、男の子が笑い泣いていた。

それにしても婦女暴行?

 「婦女って?」

 「その子」

 女性が俺に抱かれている男の子を指差す。

 「お前・・・女の子だったのか?」

 「う・・・うん・・・」

 笑い疲れたのか、ぐったりとした様子で答えた。

 「とりあえず、その子を解放してあげて。ね?」

 「はい」

 無言の迫力に即答する他、俺に選択肢は存在しなかった。


 俺が寝ていた寝室は空き部屋であったらしく、そこから広間に連れて行かれ、椅子に座らされた。

テーブルに肘をついて女性は笑顔で言う。

 「あなたのお名前は? それと年齢は?」

 「トレインです。トレイン・バレンタイン。歳は十七です」

 「トレインくんね。私はリーシャ・メルヒスト。よろしくね」

 「よろしくお願いします。それで、メルヒストさん・・・」

 「なーに?」

 「俺はどうしてここにいるのでしょうか?」

 「さあ? どうしてかしら? 覚えていないの?」

 「はい。俺、昨日この国に辿り着いたんですけど、腹が減って飯食おうとして・・・」

 「それから?」

 「店に入ろうとして、でもお金がないことに気づいて、そこら辺に生えている草でも食おうかなーって思って・・・」

 「それで?」

 「その後の記憶はありません」

 「そう。あっ、その子に感謝してね」

 と、メルヒストさんは俺の横に座っている女の子に顔を向けた。

 「・・・・・・」

 女の子はぶすっとした表情で俺を見ている。

 「さっきは悪かったな。男と間違えて」

 「べつに、いい・・・」

 「ありがとう」

 言って俺は女の子の頭を撫でる。女の子は少し顔を赤らめた。

 「ほら、トレインくんにご挨拶」

 「う、うん」

 女の子はメルヒストさんに言われ、居住まいを正すと再び俺を見る。

 「わたしはベル・クラウン。よろしくな」

 「ああ、こちらこそよろしく」

 ベルを改めて見ると、可愛らしい女の子だった。女の子なのだから女の子なのは当たり前だが、ベルは本当に可愛らしい女の子だった。どうしてさっきはベルを男と間違ってしまったんだろう?

 「まったく。きにしてないけど、わたしみたいなおとめをおとことまちがえるなんて、おまえのめ、どうかしてるんじゃないのか?」

 相変わらずの舌っ足らずな口調で生意気なことを言うベル。

ああ、そうか。

この口調のせいで俺はベルを男と間違ってしまったんだ。

 「俺、ベルに感謝しなくちゃいけないらしいけどどうしてだ?」

 「あたりまえだろー! わたしがたおれてたおまえをみつけてやったんだぜ!」

 「倒れてた? 俺が?」

 「ええ。ベルが血相変えて帰ってくるものだから何事かと思って見に行ってみれば男の子が家の前で倒れていてびっくりしたわ。まあ、さっきの話を聞く限りじゃ、お腹が減って眼を回したんじゃないかしら」

 「そうですか」

 それは恥ずかしすぎる。かっこ悪い。

 「あはは! かっこわるいなトレイン!」

 「うるさい」

 横に座っているベルを抱き上げ、俺の膝の上にちょこんと座らせた。

 「え・・・?」

 ベルは驚いたのか恥ずかしかったのか、黙って俺の膝に座っていた。

 「トレインくん」

 不意にメルヒストさんに声をかけられた。メルヒストさんは笑顔で俺を見つめた後、「順番にお願いね?」と、言った。

最初はなんのことだかまったくわからなかったが、俺の両足をくいくいと引っ張っている子供たちを見て納得した。

みんな羨ましそうにベルを見ていた。その中でも一番幼い女の子が「だっこー」とねだり、俺の足にしがみついてきた。

 「よしよし。抱っこだな? 悪い、降ろすぞ?」

 そう言うと、ベルは一瞬残念そうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔で首を横に振る。

 「きにすんな! わたしはここでいちばんおねーさんだからな!」

 「そうか」

 言ってベルを膝から降ろした俺はベルの頭を優しく撫でた。

 「また後で抱っこしてやる。次はおんぶがいいか?」

 ベルの目線に合わせてそう言うと、ベルは飛び跳ねんばかりに喜び、大きく頷いた。その様子を見ていたメルヒストさんは子供たちを慈しむように見つめて言う。

 「みんなー。トレインくんに自己紹介しましょうねー」

 メルヒストさんの言葉に子供たちは一斉に名前を言い始める。

 「わたしミスト!」

 「わたしマリー!」

 「わたしキャロル!」

 「えーと、ミストにマリーにキャロルな。それで君は?」

 さっきから抱っこしてくれとせがみ、俺の足を引っ張っている女の子に聞く。

 「・・・リリス」

 「リリスか」

 「・・・うん」

 「よし、おいで」

 リリスを抱いて膝の上に乗せると、リリスは俺の腹に顔を埋めて、すりすりと甘えてきた。

 「んー。トレイン、優しい匂いがするー」

 「そうか?」

 「うん!」

 それから俺はミスト、マリー、キャロルと順番に膝に乗せ、約束通りベルをもう一度膝の上に乗せた。

するとみんながもう一度とせがみだす。

みんなを合計五回、抱っこしたり、膝の上に乗せたりした頃、満足したのか外に遊びに行くと言ってベルを先頭に外へ出て行った。

 「ふう・・・」

 「ふふ、お疲れ様」

 「いえ・・・」

 「子供の相手は疲れたかしら?」

 「そうですね。正直疲れましたけど、俺自身も楽しかったですから」

 「そう。よかったわ。みんなトレインくんのことが気に入ったみたいね」

 「光栄です」

 そう答えたあと、俺とメルヒストさんの間に静寂が訪れた。しかし、この静寂は嫌なものではなく、むしろ温かなものだった。夫婦の憩いの雰囲気とでもいおうか。それに、気のせいだろうが、この人とは初めて会った気がしない。

 「トレインくんとは今日初めて会ったのに、なんだか私たち夫婦みたいね? ねえ、私たち以前どこかで会わなかった?」

 「え?」

 同じようなことをメルヒストさんも考えていたらしい。何故だか無性に気恥ずかしかった。

 「あ、あの・・・」

 「なーに?」

 「ベルたちはメルヒストさんのお子さんなんですか?」

 「カッチーン!」

 どうやら地雷を踏んだらしい。恥ずかしかったので話題を逸らそうとしたのが仇となった。

メルヒストさんは素敵な笑顔でお怒りになっている。

 「ねえ、トレインくん」

 「は、ははははいっ」

 「私って子供がいるように見えるんだ?」

 まずい。これは相当怒っている。

 「い、いえ。その、なんというか、メルヒストさんは美人で優しくて、ベルたちの扱いにも慣れていて、それで、その・・・」

 「ふう・・・私、これでもまだ二十三歳なんだけどなー」

 メルヒストさんはため息をついて俺を見つめる。

 「まあ、気にしないでいてあげる」

 「あ、ありがとうございます!」

 「ところでトレインくん」

 「なんですか?」

 「トレインくんは騎士なの?」

 「騎士?」

 「ええ」

 「いえ、違います。どうしてですか?」

 「うーん。倒れていたトレインくんをここに連れてくるときに、トレインくんが腰に提げていた剣を見て騎士なのかなって」

 「ああ、これですか?」

 俺は自分の腰に提げられた一振りの剣に手をやり言う。

 「うん。それ」

 メルヒストさんも俺の腰に提げられた剣を見て言う。

 「これは飾りですよ」

 「でも、その剣は本物でしょ?」

 「はい、本物です。よくわかりましたね? あ、確認したんですか?」

 「ううん。人の持ち物を勝手に触ったりしないわ」

 「それじゃあどうしてこれが本物だとわかったんですか?」

 「職業柄、剣をいつもよく見ているからね。本物か偽者かの区別はすぐにつくのよ」

 と、メルヒストさんは笑って答えた。

 「トレインくんはこの国に何をしにきたの? 今この国が戦争中だって知っていて来たの?」

 「はい」

 「よく入れたわね。この国の門番さん、とっても強いんだけどなー」

 「えーと・・・」

 「答えられないの?」

 「いえ、そういうわけじゃないんですけど・・・」

 「それじゃあトレインくんに質問」

 「質問ですか?」

 「うん」

 「俺に答えられることでしたら」

 そう言うとメルヒストさんは真剣な表情で言う。

 「トレインくんはこの国に悪いことをしにきたの?」

 「違います」

 「本当に?」

 「はい」

 メルヒストさんはじーっと俺の目を見ていたが、やがてにっこりと微笑み頷いた。

 「わかりました。トレインくんを信じます」

 「いいんですか? そんな簡単に俺を信じて」

 言った俺を見て、メルヒストさんは笑って答えた。

 「だって悪いことをしにきたんじゃないんでしょ? それとも嘘なの?」

 「嘘じゃないです。でも・・・」

 「そう。それならいいじゃない。それより宿の当てはあるの?」

 「これから探します」

 「だったらしばらくここにいなさいな。そのほうがベルたちも喜ぶでしょうし」

 意外な申し出に俺は一瞬どうしたものかと悩んだ。メルヒストさんの提案は正直嬉しい。だけど・・・。

 「お気持ちだけ受け取っておきます」

 「どうして?」

 「ここに住んでいるのはベルたちを含めて女性ばかりみたいですから」

 「他にも住んでいる子はいるわよ?」

 「え? 男もいるんですか?」

 「ううん。みんなトレインくんと同じ年頃の女の子」

 「そうですか。だったらやっぱり遠慮させていただきます」

 「だからどうして?」

 「さっきも言いましたけど、ここに住んでいるのはみんな女性ばかりで・・・」

 「うん。さっきも聞いたね。だから?」

 それがなにか問題でもあるのかという風にメルヒストさんは言う。

 「女性が住んでいるところに男の俺がいると、その、色々間違いが起きるかもしれませんし・・・」

 口に出して言うと、想像以上に恥ずかしく、思わず下を向いてしまう。

 「間違い? 間違いって何?」

 「え? そ、それは、あの、男と女がいれば間違いが・・・」

 自分でもわかるくらい頬が熱い。

 「だから間違いって何?」

 「えっと、だから・・・」

 駄目だ。

恥ずかしくてこの先は言えない。

もう許してください! 

そんな願いを込めてメルヒストさんを見る。

視線の先にいたメルヒストさんは両手の甲にあごを乗せてニコニコと楽しそうに俺を見ていた。

 「メルヒストさん・・・」

 「何かしら?」

 「わかっていて俺で遊びましたね?」

 「何のことだかまったくわからないわ」

 「ううっ・・・」

 「トレインくん」

 「はい」

 「可愛かったわよ?」

 女神の微笑みを浮かべながら、メルヒストさんは言う。

 「それにね、今はどこに泊まっても女の子ばかり。むしろ、この家が一番安全ね」

 安全?

 「どういうことですか?」

 「この国がどうして戦争をすることになったと思う?」

 「わかりません」

 「ちょっとは考えようよ」

 「すいません」

 楽しそうに笑っていたメルヒストさんは一つ息をついた。

 「この国の男たちはね、みんなどうしようもないクズばかりだったの。貴族も平民も含めて男はみんなクズだったわ」

 「そこまで言われるほど酷かったんですか?」

 「ええ。クズというかゴミというか。まあ、私の貧困なボキャブラリーじゃこの程度の言葉しか思い浮かばないんだけど、とにかく最低なやつらだった」

 メルヒストさんの言葉に俺は嫌な想像をしてしまった。そんな俺を見て、メルヒストさんは優しく笑いながら嫌な想像を否定してくれた。

 「辱められたとかじゃないわよ?」

 「ち、違うんですか?」

 「ええ」

 「よかった。俺はてっきり・・・」

 そう言ってまたもや嫌な想像をしてしまい、俺は顔を真っ赤に染める。

そんな俺を見てメルヒストさんは笑った。

 「変なことを聞くようで悪いけど、トレインくんにとって女の子はどんな存在?」

 「本当に変なことを聞きますね」

 「ごめんね。でも、どうしてもトレインくんには答えてもらいたくて」

 「別に構いませんよ。俺にとって女の子は・・・」

 「うん。女の子は?」

 「平和・・・ですかね?」

 「平和・・・ね」

 メルヒストさんは俺の答えの意味を吟味するかのように思考を巡らしている。

 「どういう意味か聞いてもいい?」

 「その前に質問を質問で返すようで悪いと思いますが、メルヒストさんにとっての平和ってなんですか?」

 「私にとっての平和?」

 「はい」

 「平和かー。うーん、なんだろう? 改めて聞かれるとちょっと困っちゃうな」

 「すみません。困らせるつもりはなかったんですけど・・・」

 「いいよ気にしなくて。私にとっての平和はやっぱり、ベルやミスト、マリーにキャロル。それにリリス、あとは好きな子たちと贅沢な暮らしが出来なくても慎ましく幸せに過ごせることかしら? あ、一応言っておくけど、今の暮らしはそれなりに潤っているから心配しないでね?」

 「そうですか」

 「トレインくんは?」

 「俺にとっての平和は守るものです」

 「守る?」

 「そうです。守るものです。例えばメルヒストさんの平和はベルたちと幸せに暮らすことですよね?」

 「ええ」

 「でも、いくらメルヒストさんたちが平和に暮らそうと頑張っても、世界はそんなに優しくありません。時には残酷なほど理不尽に厳しくなります。それは戦争だったり、自然の猛威だったり様々ですが、俺はそんな世界の理不尽からみんなの平和を守りたいんです。力の無い人たちを守ってあげたい。女の子に力が無いと言っているんじゃありません。俺より強い女の子はたくさんいると思います。でも、女の子には戦って欲しくない。幸せになってもらいたい。だから・・・」

 そこで俺は一度言葉を切ってメルヒストさんを見た。メルヒストさんは相変わらず優しく俺に微笑みかけてくれている。

 「だから、俺にとって女の子は守るものです。女の子たちが楽しそうに笑ったり、ときには喧嘩をして泣いたり。そんな当たり前のことが出来るように守ってあげたい」

 「それがトレインくんにとっての女の子?」

 「はい」

 俺の脳裏に昔の記憶が蘇る。

 泣いている小さな俺。

 逃げ惑う村人。

 俺の手を優しく握り締めるあの人。

 「ありがとう。男の人がみんなトレインくんのような人だったら、この国も戦争なんてしなくてすんだのにね・・・」

 「どうしてこの国は戦争をするはめになったんですか?」

 「うーん・・・」

メルヒストさんは俺の質問にどう答えたものかと、悩んでいる様子だった。

「トレインくんはこの国がどういう風に呼ばれているか知っているかしら?」

 「亜人と共存する国」

 「その通り」

 「それが戦争にどう結びつくんですか?」

 メルヒストさんは外で楽しそうに遊ぶベルたちを見て目を細める。

ベルたちは本当にいい笑顔で遊んでいた。

 「きっかけは本当に馬鹿みたいなことだったわ」

 「え?」

 メルヒストさんは外で遊ぶベルたちを見つめながら話を続ける。

 「この国は前国王のラーズナ・バン・イクシード様が十年前に建国なさった比較的歴史の浅い国なの。国の信念は『種族など関係なく、全ての生きとし生ける者が幸せに暮らせる国を目指す』だったわ。私は前国王の信念に感銘を受けた。他の国民もみんなそうよ? そして前国王の信念の下に、それまで世界中で蔑まれてきた亜人たちが次々に集まってきた。国民はみんな彼らを歓迎した。その噂はあっという間に世界各地、至る所に流れ、さらに亜人たちは集まってきた。亜人と人間との違いはほとんどなかった。エルフ族に羽翼族、獣人族に、竜人族。人族との違いは耳が少し長いか、羽根が生えているか、それだけだった。もちろん身体能力でいえば他の種族のほうが断然優れていたわ。でもそんなことは些細なことで、そのときは誰も気にしていなかった。それから一年が過ぎると、様々な種族が一緒に生活を送っていく中で、次第に他種族同士でも惹かれあい、愛を育むようになった。前国王はそれをとても喜んでらした。他種族同士、手と手を取り合い生きていくことこそが、前国王の願いだったから。そして互いに愛し合った結果生まれた命。子供という名の宝物。その子供たちを・・・・・・っ!」

 外で遊んでいるベルたちを我が子を見守るかのように優しく見つめていたメルヒストさんの語気が強くなった。

 「メルヒストさん?」

 「ある男が亜人の女性との間に出来た赤ん坊を殺したの!」

 「なっ!? ど、どうしてですか!?」

 「殺した理由は怖かったから・・・だそうよ」

 「怖かった? 自分の子供がですか?」

 「そう。馬鹿みたいでしょ? 亜人はね、もともと数が少ない上に女性のみで形成されていることもあり、とても悲しんだわ。女である以上いつかは子供を授かる。それが愛した男の人との間に出来た子供なら尚更うれしい。男の人もそうでしょう?」

 「当たり前ですよ。それでなくても子供は可愛いじゃないですか」

 「うん、私もそう思う。でもね、この国の男たちは、前国王を除いてそうは思わなかったみたい」

 「どういうこと・・・ですか?」

 そこでメルヒストさんはベルたちを見つめていた視線をゆっくりと俺に向けた。

 「私の親友にアディアという羽翼族の女の子がいたわ。彼女は結ばれた男との間に子供が出来たとすごく喜んでいた。産まれた赤ん坊を私に見せてくれた。あのときのアディアのうれしそうな顔は今でも忘れられない。アディアの赤ん坊を抱いたときの感動を忘れることが出来ない。でも・・・」

 「でも?」

 「赤ん坊が産まれて一月が経った頃、その子は殺された。実の父親である男に!」

 「まさか、それがさっきの・・・」

 「ええ。その事件が起きたあと、アディアは自分の夫である男を殺したわ。亜人は人族よりも身体能力が優れているから、女でも人族の男を一人殺すなんてことは赤子の首を捻るようなもの。アディアは男を殺した後、子供の亡骸を抱いて私の下へやって来たわ。アディアは泣いていた。愛しい子供が殺されたことに泣いていた。そしてなにより、愛した男を自らの手で殺したことに泣いていた。私はこのことを黙っているつもりだった。生涯誰にも話すつもりはなかった。だけど、翌日には騒ぎが起きて国中が震撼していた。あのときはどうしてだかわからなかったけれども、原因はすぐにわかった」

 「どうして知られたんですか? メルヒストさんは誰にも話していなかったのに・・・」

 「そう、私は誰にも話していなかった。それなのにどうして? 当時の私もトレインくんと同じことを考えたわ。だけど、答えはすごく簡単だった」

 「え?」

 「当時人族と結ばれた亜人の女性は二十三人」

 「メルヒストさん?」

 「そして、その中で人族との間に子供を授かった女性はアディアを含めて十人」

 「メルヒスト・・・さん?」

 「アディアが私の下に訪れた翌日、騒ぎが起きたのは九件」

 「まさか・・・」

 自分の考えが間違いであることを強く望んだ。

そんな酷いことがあっていいはずがない。

だが、メルヒストさんの語った内容は俺の予想通り最悪のものだった。

 「アディアが夫を殺した同じ日、他の九件の家でもアディアが体験したものと同じ惨劇が行われていた。夫が我が子を殺し、妻が夫を殺した」

 吐き気がした。

なんて常軌を逸しているんだ。

普通の人間のすることじゃない。

なんて最低なやつらなんだ。同じ男として信じられない。

 「その事件は瞬く間に国中に広まり、女たちは一斉に激怒した。前国王もこの事件に嘆き、同時に憤怒されたわ。だけど、男たちは違った。男たちは殺された男たちを擁護し、夫を殺した女たちを非難した。それどころか亜人の女はこの国から出て行けなんてことを言い始めた。そんな男たちに国中の女性は怒り、そして私の親友であったアディアはイクシードを見限り国を出て行った。それきりアディアの所在はわからなくなった。そのことを知った国王は、アディアを、亜人族の女たちをそこまで追い込んだ男たちを国外追放なさったわ。でもね、男たちは自分たちを国外追放した前国王を憎んでいた」

 「そんなっ! 逆恨みもいいとこじゃないですかっ!」

 「本当にね。トレインくんの言う通りだわ。今でも悔やみ切れない・・・」

「何かあったんですか?」

「前国王は、心の腐った男たちを国外追放なさった一年後、暗殺されたわ」

「だ、誰にですか!?」

「隣国の王よ。前国王に国外追放された男たちは、隣国アバルトに渡ると、アバルト帝国の皇帝にイクシード王国は亜人たちが闊歩する魔窟だ。このまま放っておけばアバルト帝国が滅ぼされてしまう。そう囁いたの。そして、そんな稚拙な嘘をアバルト皇帝は何の事実確認もしないまま鵜呑みにし、宣戦布告もなしに前国王を暗殺した。それが開戦の合図となって、今でも戦争は続いているのよ。戦争が始まって八年が経つけども、未だに戦争終結の目処はたっていないわ。この国に残っているのは全て女性。従って兵士として戦争に赴くのも女性ばかり。八年も戦争を続けて一人の戦死者も出ていないのは驚くべきことであり、幸いなこと。本当は・・・いえ、なんでもないわ。いい加減、アバルト帝国も諦めてくれるとうれしいんだけど、そううまくもいかないみたい。正直ね、みんな疲れているのよ」

「もしかして、メルヒストさんも戦争に行かれているんですか?」

 「ええ・・・」

 「そうですか・・・」

 「だからね、昨日ベルがトレインくんを見つけて私を呼びにきたとき、私はあなたを殺そうかとも思った」

 「でも、メルヒストさんは俺を殺しませんでしたよね? どうしてですか?」

 「どうしてかしら? もちろんベルたちが見ている前で殺すことが出来なかったということもあるけど、それ以外にも何か理由があるのかしら? 自分ではわからないわ」

 「そうですか・・・。また、ベルたちには感謝することが増えたみたいですね」

 「ふふっ、そうね。トレインくんはもうベルたちに頭が上がらないわね」

 「はい」

 「でもね、トレインくん。私は今、あなたを殺さなくてよかったと心から思っているけど、この国にいる女たちは違うわ。男を見たらまず殺しにかかってくるはず。だから少しの間、外出は控えてくれる?」

 「え?」

 「トレインくんのことを国中の女性に伝えるための準備をするから、少しの間は退屈でしょうけど、この家でベルたちと一緒にお留守番していてもらえるかしら?」

 「わかりました」

 「あ、それとトレインくん」

 「はい?」

 「トレインくんはこの国にいつまでいるつもりなの?」

 「許されるのならずっと・・・」

 「あら! うれしいわね! それじゃあ張り切って頑張らなくっちゃね!」

 「お願いします」

 「はい。お願いされました。それじゃあ早速行ってくるわね」

 「行くってどこにですか?」

 「お仕事に決まっているでしょ? それとも、トレインくんには私が何のお仕事もしないでベルたちに毎日三食食べさせてあげられるほどお金持ちに見える?」

 「いえ、そういうわけじゃなくて、メルヒストさんがどんなお仕事をされているのか少し気になって・・・」

 「あら? あらあら? トレインくんは私のことが気になるの?」

 「いえ、そういうわけでも・・・」

 「うーん、それはそれで、女として傷つくわね」

 「す、すいません・・・」

 「ふふっ、冗談よ! トレインくんって本当に可愛いわね! 思わず抱きしめたくなっちゃう!」

 「だ、駄目ですよ! 女の人にそんなことされたら・・・。それに、メルヒストさんみたいに素敵な女性にそんなことされたら俺・・・」

 「あ・・・」

 「メルヒストさん?」

 「今、私キューンときちゃった・・・」

 「え?」

 「う、ううん! 何でもないよ! 気にしないでね! トレインくんはベルたちと仲良くお留守番していてね! それじゃ!」

 そう言って、逃げるように出て行ったメルヒストさんは外で遊んでいたベルたちに声をかけ、何かを話しかけている。途中メルヒストさんはベルに何かを言われて顔を赤くしていた。

話が終わるとメルヒストさんは一人ずつ頭を撫でて回り、そして走り去って行った。

そのすぐ後に外で遊んでいたベルたちが戻ってきた。

リリスは戻ってくるなり、おんぶをせがみ、ミスト、マリー、キャロルが後に続いた。ベルだけは俺の顔を睨むように見つめている。

 「俺の顔に何かついてるか?」

 「リーシャねえちゃんにへんなちょっかいだすなよ!」

 「は?」

 「わかったか!」

 「いや、あの、なにが?」

 「わかったか!?」

 「あ、ああ。わかった」

 「よし。トレインはまだリーシャねえちゃんをまかせられるれべるじゃないんだからな」

 意味のわからないことばかり言うベルだったが、俺がベルの言うことに承諾すると、なんとか落ち着いてくれた。

その後、ベルもみんなと同じように俺に甘えてきた。

何を怒っていたのかはわからないが、ベルもまだまだ可愛い子供で、肩車をしてやると、さっきまでの不機嫌な態度が一変して、可愛らしい笑い声を上げていた。


やっぱりこの国に来てよかった。俺は、この国であの人との約束を・・・。


次は、後編を載せます。よければ、皆さん見てやってください。

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