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第十二話


「くっ・・・」

 アセリアは現在拷問部屋にいる。

この部屋は皇帝が部下に急場で作らせたテント式の簡易な拷問部屋だった。

その中でアセリアは両手両足を鎖で繋がれていた。

武器は取り上げられ、鎧も脱がされ、完全に無防備な状態だった。

そんなアセリアを見た見張りの兵士が下卑た笑みを浮かべて言う。

 「まさか、あのアセリア騎士隊長様が女だったとは・・・」

 言葉と共に兵士はアセリアの素足を淫靡な手つきで触る。

 「私に触れるなっ!」

 アセリアの怒号に兵士は一瞬尻込むが、すぐに下卑た笑みを取り戻す。

 「いいんですか〜? 隊長〜? こっちにはアバルトの民がいるんですよ? 次に俺に逆らうような言葉を吐いたらどうなるか、よーく考えてくださいね? ああ、そうだ。一回俺に逆らうごとに、子供を一人ずつ殺すとしよう。子供が全員死ねば、次は・・・どうしよう? ま、それはそのときに考えるとするか」

 アセリアは男の言葉で覚悟を決めた。

死ぬ覚悟を・・・。

しかし、

 「おっと、言っておくが死のうなんて考えるなよ? あんたが死ぬと俺が楽しめないからな。よし、条件を付け加えよう。あんたは死ぬな。自殺すれば民を一人残らず殺す」

 「・・・・・・貴様っ」

 アセリアは怒りと憎しみを込めて男を睨み付ける。

 「なんだ、その目は?」

 「くっ!」

 「ははは、わかればいい。それじゃあ、まずは何をしてもらおうかな? まずは・・・」

 男はアセリアの胸にゆっくりと手を這わせる。

 「うっ・・・」

 「へぇ〜、隊長ってかなり胸大きいんですね〜」

 「う、うるさいっ!」

 「はははっ! こういうシチュエーションだと反抗的な態度もいいものだな!」

 男は胸に這わせた手を徐々に下へと運んでいく。

このとき、アセリアは貞操の危機に瀕して初めて自分が女であることを自覚し、同時に男に恐怖を覚えた。

 (私はこのままこの男の慰み者になってしまうのか・・・。母様、父様。私は・・・)

 アセリアの心に屈辱の二文字が刻まれるまさにそのとき、突然外の見張りをしていた兵士が絶叫した。

「な、何者だっ! う、うわぁっ!」

 「な、なんだ!?」

 アセリアの腹部にまで手を進めていた男は、外の騒ぎに動揺して手を離す。

 「だ、誰だ!?」

 男は声を張り上げて言うと、扉に近づき慎重に扉を開けようとして・・・・・・絶命した。

それは一瞬の出来事だった。

男の眉間には銀色に光る刃物が刺さっている。

 「これは・・・」

 男の額に刺さっているものを見てアセリアは驚愕した。

それはこの世にあるはずのないモノ。

父、マルクスが生前愛用していた手術用のメスであった。

 「何故? 父様のメスが何故?」

 「元気にしていたかい、アセリア」

 聞き覚えのある懐かしい声が聞こえてきた。

その声はアセリアがまだ少女時代であったときに聞いた声と何一つ変わることのない優しい声だった。

声の主は扉を開けて中へと入ってくる。

 「そんな・・・」

 それは有り得ない光景。

 「見違えたよ。綺麗になったね」

 それはアセリアがいつか望んだ光景。

 「当たり前ですよ。だってアセリアは私の娘ですもの」

 それは少女であった自分が望んでも叶わなかった光景。

 「ははっ、僕も父として鼻が高いよ」

 アセリアの望みはついに八年越しでようやく叶った。

それは、ほんのささやかな望み。

誰もが等しく与えられるはずのもの。

 家族と一緒に過ごしたいと願う少女の願い・・・だった。

 「あ、ああ・・・!」

 アセリアは自分の前に現れた男女を見て涙を流した。

男はアセリアの鎖を外すと、昔と変わらぬ暖かな温もりを持って娘と抱擁を交わす。









 トレインとラーズナがアセリア救出に向かってからすでに三十分が経過した。

 イクシードとアバルトの国境線に陣取っていたアバルト軍の潜伏兵をラーズナの剣が一掃する。

 「はぁーっ!!」

 次々と迫りくるアバルト兵は一人、また一人とラーズナの剣の餌食となっていく。

 「ば、化け物・・・」

 アバルト兵たちはラーズナの圧倒的強さに絶望する。

 「ふ・・・化け物か。中々的を射ているな」

 「国王様」

 トレインの言葉にラーズナは大きく頷く。

 「聞けぃ! 雑兵共! 我が名はラーズナ・ヴァン・イクシード! カムナ・アバルトに暗殺されしイクシードの国王である! 我は蘇った! 地獄の底から舞い戻ってきた! 我が道を邪魔する者あらば、我が剣の錆となることと知れっ!」

 ラーズナの一括にアバルト兵たちは尻込む。

 「ここは私が任された! さあ、行かれよ!」

「ありがとうございます」

 「礼など無用。これこそが死者である私の役目! 私がこの世に呼び出された理由! むしろ礼はこちらが言わなければならない。娘を、立派に成長したリザをこの眼にすることができたのだから!」

 トレインはラーズナの背中を瞳に焼付け、振り返ることなく走り出した。

 「さあ、かかって来い、雑兵共! 死人と思い油断するなよ! ここから先は一歩たりとも通しはせん!」

 ラーズナは剣を大空に穿つように空へと構える。

 







「母様! 父様!」

 鎖の束縛から解放されたアセリアはまるで幼子のように二人に抱かれている。

 「もう、大丈夫よ。アセリア、本当に綺麗になったわね」

 エミリアは抱きしめた愛娘の成長に感激し、マルクスはアセリアの頭を優しく撫でる。

 「アセリアさん!」

アセリアが両親と感動の再会を果たしていると、扉を蹴破って男が侵入してきた。

マルクスは男に向けて何の躊躇いもなくメスを投げつける。

 キンッ!

 しかし、マルクスが投げつけたメスは男の前で弾かれた。

それは男の前に、まるで不可視の壁でもあるように。

 「誰だ!」

 アセリアはせっかく再会できた両親との時間を邪魔されたことに苛立ちを隠さず叫ぶ。

 「あ、俺は・・・」

 だが、アセリアには今まさに侵入してきた男の顔に見覚えがあった。

 「お前は・・・」

 「お、俺の名前はトレイン・バレンタインです。その・・・」

 「そうか・・・お前は、あのときの男か・・・」

 「知り合いかい?」

 マルクスは構えていたメスを下げて、アセリアに問う。

 「あ、はい。その・・・一応、命の恩人・・・です・・・」

 「命の恩人?」

 聞き返してきたマルクスにアセリアは今の状況に至るまでの経緯を掻い摘んでマルクスとエミリアに話した。

 「そうか、そんなことが・・・」

 「大変だったでしょうに・・・」

 マルクスとエミリアは同様に瞳を涙で曇らせた。

そんな二人を見ていると少し気まずい気持ちになり、アセリアは八つ当たりとばかりにトレインを睨んで叫ぶ。

 「お、お前はこんなところに何をしにきたんだ!」

 「あなたを助けにきました」

 「え・・・?」

 トレインはそう答えると、真っ直ぐな瞳でアセリアを見つめる。

アセリアは思わず顔を赤らめてしまう。

マルクスとエミリアが死んでから、アセリアは女であることを捨て、男として振舞ってきたので、トレインが言ったような真っ直ぐな物言いにはまったく免疫がなく、どういう対応をとっていいのかわからなかった。

 「そ、そうか・・・」

 それが今のアセリアの精一杯の返答だった。

 「ああ・・・」

 「そう・・・」

 そんなアセリアを見たマルクスとエミリアは何かを納得したかのように頷き、トレインに握手を求めた。

 「さっきはすみません。僕はアセリアの父で、マルクスと言います。これからも娘をよろしくお願いします」

 「エミリアです。私たちの可愛い娘をこれからも助けてあげてください」

 トレインは差し出された二人の手を握り返した。

その瞬間。

 「うぐっ!」

 「ああっ!」

 マルクスとエミリアが苦痛の声を上げた。

 「父様! 母様!」

 二人の様子におかしなものを感じたアセリアはすぐに二人の下へ駆け寄る。

 「貴様っ!」

 そして、トレインを睨みつけると敵に取り上げられていた黒剣を鞘から抜き放つ。

 「止しなさい、アセリア」

 「か、母様?」

 「そうだね。アセリア、女の子がそんな物騒なものを手にするものじゃないよ。彼は大丈夫だ」

 「と、父様?」

 「今、わかったよ。死んだはずの僕たちがどうしてアセリアの前に再び姿を現せることができたのかを・・・」














「機は熟したり! 今ならばイクシードの女どもを皆殺しにできようぞ! 行けっ! 我が精鋭なるアバルト兵よ! 行って彼奴等を血祭りにあげよ!」

 おぉっ!!

 アバルト兵、約十万がイクシードへと再び進軍する。













「くっ!」

 押し寄せるアバルト兵をなんとか防いでいるラーズナだったが、そんなラーズナを嘲笑うかのように、アバルト兵の大軍がイクシードへと歩みを進めていく。

 「ぬおぉぉうっ!!」

 アバルト兵を斬り、投げ、倒すラーズナだったが、それでも敵の数は一向に減らない。

「このままでは・・・。頼む、間に合ってくれ!」

ラーズナはアバルト兵の攻撃を防ぎながら、イクシードへと進軍するアバルトの大軍を見てそう願う。

そんなラーズナの一瞬の隙をアバルト兵は見過ごさなかった。

ラーズナの背後にある茂みに隠れていたアバルト兵の弓がラーズナの胸を貫いた。

 「ぐぅ・・・。リ、ザ・・・」



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