第十一話
悪魔の仮面に手を這わせた男はゆっくりと仮面をはずしていく。
そして仮面の下に隠された男の素顔が白日の下にさらされた。
「あ・・・」
男の顔を見たリザは全身の力が一気に抜けたように腰を落とす。
「そんな・・・」
男の顔はリザのよく知る顔をしていた。
柔和な顔立ちに、口元に生えた白い髭、髪の色はリザと同じ蒼い髪。
その蒼い髪を後ろで丁寧に固めている男は、慈愛に満ちた優しい瞳でリザを見つめている。
「お・・・」
『十字架を背負う悪魔』の正体をその目で見てもリザは未だ信じられなかった。
「こ、国王・・・様」
「本当に・・・お父様なのですか?」
「私だよ。久しぶりだね、リザ。それに、みんなも」
国王はリーシャ、メディー、エリス、ラクスを見て言う。
「リザ、突然だが話がある」
「は、はい!」
「アセリアさんが皇帝の罠にかかり捕らえられた」
「アセリアとは、あの負傷していた兵士のことでしょうか?」
「そうだ。彼女は自らの手で決着をつけると言って、単身アバルト軍に挑みに行ったんだ」
「そうでしたか・・・」
「リザ、今は君がこの国の王だ。だからこれは私の個人的な意見として聞いてくれ」
「はい」
「アセリアさんを助けに行ってあげられないだろうか?」
だが、『十字架を背負う悪魔』ことラーズナの願いは娘であり、現女王であるリザには認められなかった。
「駄目です。いかなる理由があろうとも、彼女を助けに行くわけにはまいりません。今回の戦争は我らの敗北です。負け戦であればこれ以上、兵を死に向かわせるわけにはいきません・・・」
「そうか・・・」
そう言うとラーズナはリザの頭を優しく撫でた。
「お・・・父様?」
「辛い決断をさせてしまったね」
「い、いえ・・・そんな・・・」
「では、私一人で行くとしよう」
ラーズナの言葉にリザは驚く。
そんなリザに代わり、リーシャが傷ついた身体に鞭打って立ち上がり、ラーズナの前に立つ。
「いけません、ラーズナ様。たった一人でアバルト軍に挑むなんて・・・」
「しかしだね・・・」
「ラーズナ様、どうしてそのように彼女を助けようとなさるのですか?」
「どうして? 人を助けるのに理由が必要かい?」
「それは・・・」
「それにね、彼女は君や私の娘の命の恩人だからね」
「え? それは、どういう・・・」
「アバルトの国民約四十万が焼け死ぬような爆発の中で、どうしてイクシードの民たちは死なずにすんだと思う?」
「それは・・・」
「それはね、アセリアさんが助けてくれたんだよ。彼女は竜人族なんだ。あの爆発のとき、アセリアさんは竜化し、自分の巨大な身体でアバルトの民を守ろうとした。だが、間に合わなかった。百人を守るのが精一杯だった。そんな中でアセリアさんはイクシードの民をも守ってくれたんだ。だけど、そのせいでアセリアさんは決して軽くはない傷を負った。悲しいじゃないか、女の子が傷つくのは・・・」
「陛下・・・」
「でも、それでも! 彼女を助けに行くわけにはいきません・・・」
「ああ、わかっているよ、リザ。君は女王として正しい選択をしているよ。自信を持ちなさい」
「ですが・・・」
重い空気がその場を支配したときだった。
「あのー」
トレインが小さく手を上げた。
「どうしたの、トレインくん?」
リーシャに言われたトレインは、
「俺も国王様についてアセリアさんを助けに行きます」
「なっ!?」
トレインの言葉にラーズナ以外の全員が固まった。
「駄目に決まっているだろう! トレイン! お前の実力はメディーとの戦闘で判明している。メディーでさえ単身アバルト軍に挑んだとしても、命の保障はないというのに・・・」
「大丈夫ですよ」
屈託のない笑顔で平然と言うトレインにリザは一瞬呆気にとられた。
「ト、トレインくん?」
リーシャもそんなトレインを不思議そうな顔で伺う。
「はははっ! 頼もしいな」
「お父様!」「ラーズナ様!」
リザとリーシャの二人から同時に抗議の声を聞いたラーズナは笑顔で二人を制して言う。
「まあまあ、仲間は一人でも多いことにこしたことはないだろう? 彼は・・・あー、失礼、君の名前をまだ伺っていなかったね。よければ私に名前を教えてもらえるかな?」
「こちらこそ名乗るのが遅れて申し訳ありません。私の名前はトレイン・バレンタインです。イクシード王国の民・・・・・・になる予定の者です」
「ほぅ・・・我が国の民に・・・」
言ったラーズナはチラリとリザ、リーシャ、メディーを見る。三人とも少し顔が赤かった。
「ふふっ、そうか」
「あの・・・」
「いや、すまない。これからも私の娘たちをよろしく頼む」
「はい」
「今度は私が名乗る番だね。私の名前はラーズナ・ヴァン・イクシード。この国の前国王だ」
「存じ上げております」
「おや、そうかい? それならば話は早い。今から君と私はアセリアさんを救出する仲間だ。よろしく」
そう言って手を差し出すラーズナ。
トレインも差し出された手を自分の手で握り返す。
その瞬間だった。
「うぅっ!?」
ラーズナが突然苦痛にまみれた声を上げて膝を落とした。
「お父様!」「ラーズナ様!」「国王様!」「陛下!」「陛下!」
リザ、リーシャ、メディー、ラクス、エリスが一斉に声を上げる。
そんな彼女たちを手で制し、ラーズナはゆっくりと立ち上がる。
「すまない。私ならもう大丈夫だ」
「お父様・・・」
「そういう・・・ことだったんだね・・・」
「お父様?」
「リザ」
「はい」
「わかったよ」
「お父様?」
「私が・・・死んだはずの私が何故ここにいるのか。その理由が、今わかったよ」
お疲れ様でした。