九話〜序〜
前回よりほんの少し前の話になります。
「あれは・・・!」
ベッドで横になっていたアセリアが何気なく外を見つめていると、見覚えのある馬車がアセリアの目に映った。
アセリアはその馬車を強烈な眼光で睨みつける。
「陛下・・・いや、カムナ・アバルト!」
彼女の心臓はアバルト皇帝を見た瞬間、急激に跳ね上がった。
「まさか・・・アレを使うのか!?」
アセリアはベッドから降りると、エリスから返してもらった黒い甲冑を身に纏い、甲冑と同じく刀身全体が黒い剣を腰に提げた。
そのまま部屋を出ようとするアセリアだったが、なにかを思い出したようにベッドに戻り、シーツをそっとかけなおした。
そのときのアセリアは自身が敬愛している母、エミリアと同じような穏やかな微笑みを浮かべていたのだが、アセリアは気づかず足音を忍ばせて扉へと歩いていく。
部屋を出る前にもう一度だけベッドへと視線を移すとシーツの中でもぞもぞと動く小さな物体が目に入った。
「ふふっ」
アセリアは今の自分に驚いていた。
自分にもまだ今みたいに笑うことができるのだと。
もう後悔はない。
私の愛する人たちはもう誰もいない。
母様、父様。私もすぐにそちらに向かいます。
だけど、その前に・・・。
「待ってください」
部屋を出たところでアセリアは声をかけられた。
声の主は男だった。
その男はアセリアが出てくるのを待っていたのか、壁に背を預けて立っていた。
「私も一緒に連れて行ってください」
男は煤けたコートに悪魔の仮面を被っていた。
ありがとうございます。