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第八話


 死人のような足取りでアバルト帝国民たちはイクシード王国への道のりを一歩、また一歩と進めていく。

民たちの足取りは重い。

だが決して遅いというわけではない。

足取りをわざと遅らせた者は反逆と見なされ、その場で斬り捨てられるので誰も歩を緩められない。

 四十万人のアバルト帝国民たちにとって、イクシード王国が自分たちの死地となるのか、はたまたイクシード王国までの道のりが死地となるのか。

帝国民たちの心中とは裏腹に、歩は少しずつ、だが確実にイクシード王国へと近づいていた。






「いいですか! アバルト帝国の先陣にいるのは罪の無い民たちです! 彼らは皇帝の命で戦いたくもないのに無理矢理徴兵された人々です! ですからできるだけ殺さず相手を無力化してください! ですが・・・」

 イクシード王国魔法部隊隊長、ラクス・フェイネリアはイクシードの決戦部隊である、羽翼族とエルフ族の混合の魔法部隊、人族と獣人族の混合の斬り込み部隊の兵士たちに大声で叫ぶ。

 「なによりも大切なものはあなたたちの命です! もし自らの身に危険が迫るようなら構いません! 躊躇うことなく斬り伏せなさい!」

 ラクスの言葉にイクシードの勇敢な女性たちは重々しく頷いた。

 「アバルト帝国との戦争が始まり八年が経ちました。しかし、未だに戦争は終結することがなく、我が国に平和は訪れません」

 ラクスはそこで言葉を切り、顔を伏せて胸の前で両手を合わせる。

瞳は閉じている。

時間にして数秒の間そうしていたラクスは、閉じていた瞳を大きく開け高らかに叫ぶ。

 「この戦いで戦争を終わらせましょう! 私たちはこの戦でイクシード王国の忌まわしき過去と決別するのです! 参ります!!」

 おーっ!!!

 彼女らの猛々しい声は荒野を駆ける猛獣が如き叫びとなって、イクシード王国に響き渡った。







「報告します!」

 そんな部下の声が聞こえてきたのは皇帝が馬車の中で気持ちよく惰眠を貪っていたときだった。

いつの間にか馬車は停止しており、馬車の中には報告を告げに来た部下が一人いた。

 「くあ〜ぁ。眠い」

 言葉通り皇帝は眠たそうな顔をしている。

皇帝はこれから戦争に赴くというのにひとかけらも緊張しておらず、それどころか負けるかもしれないとすら考えていなかった。

 「おい貴様」

 皇帝は寝起きの目を太い指でこすると、もう片方の手で握っていた球体状の黒い物体を部下に見せた。

 「これをどう思う?」

 「はっ! それは我が軍が誇る最強兵器。失われた古代の秘術『カガク』であります!」

 「ぐははははっ! そうだな。その通りだ。だが私が聞きたいのはそういうことではないのだ」

 「は、はぁ・・・」

 「それは・・・いや、やはりいい」

 「そうですか・・・」

 「それより報告があるのだろう?」

 「はっ! 報告します! イクシード王国の部隊を目視で確認できる距離まで到着しました!」

 「そうか!」

 皇帝は部下の報告に子供のように瞳を輝かせ、手の中にある球体状の黒い物体を握り、見つめ、手の中で転がす。

その光景はまるで子供が初めて手にした玩具で遊ぶのを楽しみにしているようであった。しかし、皇帝が醜く肥え太った身体をどすどすと揺すり、楽しそうに笑う様は見ていて不気味で異様だった。

 「へ、陛下・・・」

 不気味な皇帝へと報告を告げに来た部下は声をかける。

 「これからのご指示をお願いいたします」

 「ん〜っ」

 だが皇帝は球体状の黒い物体を自分の頬に擦り付けてはうれしそうににやけているだけで、なんの返事も寄越さなかった。

 「陛下・・・」

 「時間を稼げ」

 「はっ?」

 皇帝の突然の命令に思わず部下は聞き返した。

 「この兵器を起動させる間、時間を稼げ」

 「はっ! 了解しました!」

 「よいか、五分だ。それでコレは力を蓄えられる」

 再びうれしそうににやけた顔で球体状の黒い物体を頬に擦り付けた皇帝は、目を細めると手の中のソレに囁くように言う。

それは愛しい恋人に愛を囁くように甘美な響きを纏っていた。

 「殺すのだ」








 ウォーッ!!

 イクシード王国内に攻め込んできたアバルト帝国民は振り上げた武器を大きく振り回す。その動きはお世辞にも訓練されたとは言い難く、本当に彼らがただの一般人であること   

を物語っていた。

 「エルフ族及び羽翼族の黒き翼は一旦後方に下がって! 獣人族はその場で待機! ラクスは私の下へきて!」

 「た、隊長!? あっ、はい!」

 リーシャの命令にエルフ族と黒い翼の羽翼族は後ろに下がる。

次いで、

「羽翼族の白き翼は常にスリーマンセルで行動するように!」

「は、はい!」

エリス率いる白い翼の羽翼族が即座に三人一組となる。

「人族も羽翼族同様スリーマンセルを作り、それぞれ白き翼を警護して!」

人族たちは白い翼の羽翼族たちを囲むように三人一組を作る。

「獣人族! あなたたちは私とラクスの後に続いて! そして私の合図と共に獣化し、敵を威嚇します!」

 「あの、隊長」

 「なに?」

 まくし立てるように一気に命令を出したリーシャにラクスは少し心配そうな顔で言う。

 「ベルたちは見つかったんですか?」

 「いえ、まだ見つかっていないわ」

 「その、こんなことを言うのは隊長に失礼かとも思うのですが、隊長は下がっていた方がいいのではないですか? 下がってベルたちを・・・」

 「この状況でそんな甘えたことを言っていられないでしょう?」

 「そ、それはそうですけど・・・」

 「心配してくれてありがとう、ラクス。でも、私は大丈夫よ」

 「え?」

 「ベルたちは今、女王陛下とトレイン君が探してくれているから」

 そう言ったリーシャの口調は二人を心の底から信用しているように安心しきっていた。


 「ひいっ」

 アバルト帝国民たちは、リーシャの登場で戦闘態勢を万全に整えたイクシード軍を目の当たりにして一斉に恐怖した。

自分たちはろくに戦闘訓練も受けていないにわか兵。

人数あわせが関の山。

それに対してイクシード軍は統率された兵士たち。

加えて彼女らには八年間という長い戦争においても、一人の戦死者も出していないという恐るべき強さがあった。

一人の戦死者も出していない本当の理由の背景には『十字架を背負う悪魔』という男の存在があるのだが、アバルト帝国の人間はその存在を知らないので、当然イクシード軍に在籍する兵士一人一人の実力が自分たちのような戦闘経験がない一般人が束になってかかっても絶対敵わないという思いがあった。

そして、その想いは今まさに確信へと変わっていく。

 イクシード軍の一部の兵士たちが剣や槍、斧といった武器をその場に放棄する。

手ぶらになった彼女たちはなにを思ったか、軍の最前線に立つ。

彼女らの前には戦場だというのに可憐に咲く一輪の花のように輝き、見るもの全てを魅了させる存在感を放つ女性が一人、双剣を地面に突き立て自分たちを見ていた。

その瞳はどこか悲哀に満ちていて、アバルト帝国民たちの足取りは誰が命じるでもなく自然に弱まった。

 「聞いてくださいっ! アバルト帝国民の皆さん! あなたたちの事情は全て把握しています!」

 突然、イクシード軍の先頭に立つ女性が叫んだ。

 「皇帝に無理矢理戦場に駆り出されてしまったあなたたちと我々は無益な争いをするつもりはありません! どうか武器を捨てて投降してください! そうすればあなたたちに一切危害は加えません! イクシード王国騎士隊隊長、リーシャ・メルヒストの名に懸けて誓います!」

 リーシャの言葉にアバルト帝国民たちの間にどよめきが走った。

何故そのことを知っているんだ? 

騎士隊長!? 

投降すれば助かる? 

でも・・・武器を捨てれば皇帝に殺される。

どうすれば・・・。

 「獣人族!」

 リーシャが叫ぶ。

アバルト帝国民たちはリーシャが何故突然叫んだのか理解できなかったが、彼女たちにはそれだけで十分だった。

彼女たちは操り糸を断たれたマリオネットのように力無く倒れこんだかと思うと、両手両膝で四つん這いになる。

これからなにが起きるのか知る由も無い帝国民たちをよそに、四つん這いになった女性たちは次々と獣のように叫び声を上げた。

次第にその叫び声は獣の咆哮に変わり、彼女たちの身体は原身へと回帰する。

ゆらゆらと彼女たちの姿が残像のように消えかけたかと思うと、その存在は徐々に獣の姿へと変質していく。

異様な光景に恐怖を隠しきれない帝国民たち。

そんな彼らにリーシャは落ち着いた口調で言う。

 「今、彼女たちが行ったのは獣化といい、彼女たちが本来の姿へと肉体を帰結させたものです。獣の俊敏性と嗅覚は人間の何十倍、何百倍です。その上、ただの獣と違い、獣人族は獣化した後も思考能力は衰えず、言語を話すこともできます。あなたたちのような、なんの訓練を受けていない人間を全滅させるだけなら獣人族が五人もいれば余裕で片がつきます」

 リーシャの言葉を体現するように、赤、白、黒、青、灰色の五体の獣がリーシャを守るように囲む。

獣たちは五体それぞれが鋭い牙と爪を持っていて、獲物を睨みつける瞳でアバルト帝国民たちを見ている。

帝国民たちは見たことも無い恐ろしい獣に恐怖を覚え完全に立ち尽くしている。

 「さて、もう一度お願いします。武器を捨てて我々に投降してください」

 先ほどと違い、今度は暗く底冷えする声で言うリーシャ。

帝国民たちは知らず知らずのうちに武器を手放し、腰を抜かして地面に座り込んでいた。

 「よかった・・・」

 ほっと胸を撫で下ろすリーシャ。

隣に立つラクスと周囲にいる獣人族たちも心なしか安心しているようだった。













 球体状の黒い物体。

正式名称を超古代カガク兵器『ゲンシバクライ』。

それを同じく超古代カガク兵器『テレポーター』を使って目的地に送るアバルト帝国皇帝、カムナ・アバルト。

「・・・五分だ」

 ドッゴォォォォォォォォンン!!!!

 

突如、強烈な爆発音が鳴ったかと思うと、イクシード王国軍とアバルト帝国民たちの間に巨大な火柱が上がった。

リーシャと獣人族はとてつもない量の炎の雨と爆風に襲われる。

 リーシャの視界は一瞬にして暗闇に落ちた。


お疲れ様でした。よろしければ次もよろしくお願い致します。

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