第五話
『アセリア』
母様の声が聞こえてくる。
懐かしいな。
私の母、エミリア・フォックスは私が十一の頃に他界した。
私が産まれてすぐに死んだ父様の代わりに、母様は女手一つで私を育ててくれた。
私の母様は美しく、優しい素敵な女性で私の憧れだった。
しかし、母様は亜人だった。
母様は私のために仕事をいくつも掛け持ちして働いていたが、世間の亜人を見る目は厳しく、どんなに仕事が出来ても、亜人というだけで、給料は少なく、いつも不当な扱いを受けていた。
だが、それでも働かなければ生きていくことが出来ないため、不当な扱いに耐えて働くしかなかった。
私は母様を悪く言う人族が嫌いだった。
私はそんな母様に少しでも楽になってもらおうと思い仕事を探したが、亜人の子という理由で気味悪がられ、仕事をもらえなかった。
母様はそんな私を見ていつも泣いて謝った。
母様は何も悪いことなんてしていないのだから謝ることなんてない。
泣くことなんてない!
母様には笑っていてほしい。
私が十の頃、母様はとうとう倒れた。
私は母様の薬を買うために大嫌いな人族に罵声を浴びせられても我慢して頭を下げた。そのおかげで仕事をもらえることが出来た。
そのことを母様に報告すると、母様は悲しそうに笑った。
あのとき、母様がどうしてあんな風に笑ったのかは今でもわからない。
仕事は大変だった。
私の仕事は建築に使う木材を運ぶ力仕事だった。それまで力仕事なんてしたことがなく、辛くて泣いてしまいそうだったけど、母様のためを思えばなんとか乗り切れた。
母様は私以上に辛い目にあってきたはずなんだ。母様が耐えているのに私が泣くわけにはいかない。
働き出して三ヶ月が経った頃、母様の容態はますます悪化した。
やはり少ない給料で買う薬ではあまり効果がないみたいだ。
そんな折、ある噂を耳にした。
イクシード王国という国に数多くの亜人と人族が共存して生活を送っているらしい。
そんな夢みたいな話を私は信じられなかった。
だが、もし噂が本当なら母様に今よりも少しは楽な暮らしをさせてあげられるかもしれない。
そう思うと私はいてもたってもいられなくなり、噂の真相を確かめたくなった。
しかし、そのためにはイクシード王国まで行く旅費が必要になる。
旅費を稼ぐには今よりももっと働かなくてはならない。
私はその日から仕事を多くもらうため奔走した。
それから二ヵ月後、なんとか仕事を多くもらうことができた私は文字通り、「死ぬ気」で働いていた。
「イクシード王国から医者が村にやってきた」
そんな話を聞いたのは、仕事の多さに圧倒されながらも、なんとか仕事に慣れてきたときだった。
村に住む人族たちは、その医者が何故こんな小さな村にやってきたのかわからないと言っていたが、私にはイクシードからやってきたということが重要だったので、取り立てて気にしなかった。
私はその医者にどうしてもイクシード王国に行きたいと訴え、事情を説明した。
こいつも所詮は人族。
この村の連中と同じように、私と母様をゴミでも見るような目つきで見るのだと思っていた。
だが、その医者は私たちの事情に同情し、私たちが亜族であるにも関わらず、優しく接してくれた。
医者の名はマルクス・トラヴァー。
私は今まで人族に優しくされたことがなかったから、どんな反応をすればいいのかわからず困っていた。
そんな私を見てマルクスは「今までよく頑張ったね」そう言って私の頭を優しく撫でた。
「うっ・・・」
どうしてだろう?
ただ頭を撫でられただけなのに。
ただそれだけのことなのに、胸の奥が熱くなり、何かがこみ上げてきた。
こんなの初めてだった。
とめどなく涙があふれてきた。
「うわぁ〜!!」
初めて泣いた。
仕事がどんなに辛くても、人族に冷たい目を向けられ蔑まれても、泣かなかったのに。そばにいて母様以外でこんなに安心できるやつなんて初めてだった。
マルクスは黙って泣いている私を「ぎゅっ」と抱きしめてくれた。
「約束するよ。僕は君と君のお母さんを必ずイクシード王国に連れて行く」
マルクスは優しい笑顔で、そう約束してくれた。
しかもそればかりか、マルクスは母様の容態を診察したあと、村からイクシード王国まではかなりの距離があり、今の母様ではたどり着くことができないからと言って村に留まり、自分の持つ知識と薬で母様を懸命に看護してくれた。
母様はマルクスの献身的な看護のおかげで順調に回復し、私が働きだして七ヶ月が経った頃、母様の容態は完全に回復した。
マルクスには感謝してもしきれない。
母様もマルクスに何度も礼を言い「何かできることがあればお礼をしたい」と言った。私も母様と同じ気持ちだった。
しかしマルクスは、
「お礼なんてしなくてもいいですよ。僕は医者として当然のことをしたまでですから」
恥ずかしそうに鼻の頭を掻いて言った。
そんなマルクスを見て母様は笑い、マルクスもつられて笑った。
そんな二人が恋仲になるまでに時間はそうかからなかった。
母様の容態が完治して二週間が経過した頃、マルクスが真剣な顔で私の下を訪れた。
どうしたんだろう?
そう思って私がマルクスに声をかけると、マルクスは、
「君のお母さんは・・・いや、エミリアさんには今、誰か特定の男性がいたりするのかな?」
思い悩んだ顔でそう言った。
マルクスがここまで鈍感だったとは思わなかった。
母様がマルクスを見ているときに放っているラブラブ光線にまったく気づいていないのか?
私は二人がもうてっきり付き合っているものだとばかり思っていたのだが、どうやらその認識は間違っていたらしい。
かわいそうな母様。
マルクスのバカ。
でも、母様のことで悩んでいるマルクスを見ていると、なんだか少しイジワルしたくなってきた。
母様を焦らせて困らせている罰だ。
少しぐらいならかまわないだろう。
「アセリア?」
私がずっと黙って考えていると、マルクスが不安そうに聞いてきた。
そんな態度だと余計にイジワルしたくなるじゃないか。
「うん。母様には好きな人がいるみたい」
「す、好きな人・・・いるのか・・・。で、でも! どうしてアセリアはエミリアさんに好きな人がいるってわかるんだい?」
「だって、母様がその人を見ているときの目を見ればわかるよ」
「そ、そうか・・・」
マルクスは完全に落ち込んでしまった。
少しイジワルしすぎたか?
だけど、どうして母様の好きな相手が自分だと思えないんだ?
もう少し自信を持てよ。
「ありがとう・・・」
肩を落としながら背を向けて去って行くマルクス。
「母様の好きな人・・・」
「え!?」
マルクスはすごい勢いで帰ってきた。
これはおもしろい。
「母様の好きな人って、たぶん医者だと思う。それも、最近この村にやってきた・・・」
マルクスは口を馬鹿みたいに開けている。
「アセリアー」
そんな馬鹿みたいな格好のマルクスがいる私の下へ母様がやってきた。
「直接母様に聞いてみたら?」
「そ、そんな・・・」
「あら、マルクスさんもアセリアに用事があったのですか?」
「い、いえ! 僕の用事はもう終わりました! し、失礼します! あ、アセリア。ありがとう!」
私の手を「ぎゅっ」と握り、礼を言うと、マルクスは真っ赤な顔で走り去って行った。マルクスの根性なし。
「アセリア、マルクスさんはいったい何を?」
「わかりません。それより母様、どうしたのですか?」
「え? ああ、その・・・」
「はい、なんですか?」
「マルクスさんには、その・・・誰か特定の女性がいると思う?」
「はあ〜」
呆れて思わずため息が漏れてしまった。
「アセリア?」
まったく、この二人は。
いい歳した大人がなにをやっているんだか。
「母様」
「な、なに?」
「どうやらマルクスは母様に惚れているようです」
「え!?」
「ちなみに、さっきマルクスは母様と同じことを私に聞いてきました。母様には今、誰か特定の男性がいるのかと。母様、早くマルクスとくっついてください。見ているこちらが恥ずかしいです」
その後、意を決したマルクスが母様に熱烈な愛の告白をし、母様は涙を流し、喜んで告白を受け入れた。
そんな母様を見ていて気づいたことが一つあった。
うれしそうに笑う母様を見たのはこのときが初めてだと。
母様を取られたようで少し悔しかったが、マルクスにならそれもいいかとも思う。
母様も幸せだろう。
マルクスが母様に愛の告白をした日から五ヶ月が経った。
「アセリア♪」
いつにも増して上機嫌な母様が本当にうれしそうに私を呼んだ。
「なんですか?」
仕事から帰ってきた私を抱きしめて満面の笑顔を浮かべる母様。
「母様?」
「うれしいお知らせが四つあります♪」
「どんなことですか?」
「一つ目のお知らせは、明日、イクシード王国に引越します。ここから馬車を使っても四日はかかるみたいなんだけど、家族四人で行けば旅行気分を楽しめるわね♪」
「それが一つ目ですか? では他の三つはどんなことですか?」
「二つ目は、その・・・」
恥ずかしそうにもじもじしている母様に代わり、マルクスが言う。
「イクシードに引越したあと、すぐになるんだけど、結婚式を挙げようと思うんだ」
「結婚式・・・?」
「うん」
「・・・そうですか」
結婚式か。
「アセリア? どうしたの?」
母様の心配するような声が聞こえてきた。
だけど、今は・・・。
「マルクス」
マルクスは無言で私を見つめる。
「あなたが母様を泣かせるようなことをすれば私はあなたを許さない。私がその気になれば、人族なんて一瞬で葬ることができます。いいですか? もし、あなたが母様を泣かせるようなことがあれば・・・」
途中で言葉が途切れた。
マルクスなら母様を絶対幸せにしてくれるとわかっているのに、私はどうしてこんなことを言っているんだろう?
どうして、涙が出てくるんだろう?
どうして・・・。
「ごめんね」
マルクスは、初めて会ったときのように私の頭を優しく撫でてくれた。
そして、少し痛いくらい私を抱きしめた。
「約束するよ。僕はエミリアさんと君を絶対に悲しませたりしない。命をかけて、幸せにする」
「う、うん・・・」
「娘を泣かせてしまうなんて僕はお父さんとして失格だね」
「お、父・・・さん?」
「うん。僕は君のお父さんだよ」
「父様・・・?」
「うん。父様。そして君はお姉さんになるんだ」
「え?」
私はマルクス、いや、父様を見て、母様を見る。
母様はお腹に手を当てて、穏やかな表情で言った。
「私のお腹の中にはね、アセリアの弟か妹。どちらかがいるの」
「私・・・お姉さんになるのですか?」
「そうよ。あなたはお姉さんになるの」
お姉さん。
なんだかうれしい響きだ。
「もしかして、それが三つ目のお知らせですか?」
「うん♪ アセリアはどう? うれしくない?」
「とても・・・うれしいです」
「よかった。それとね、アセリア」
「はい」
「赤ちゃんができても、あなたは私の可愛い娘よ。それだけは忘れないでね?」
母様が幼い子を相手にしているような口調で言ったので、私は恥ずかしくなった。
「な、なにを言っているんですか!? そんなの、当たり前じゃないですか・・・」
「うん、そうね。当たり前よね」
「そ、そうですよ・・・」
「でもね、アセリアが少し、寂しそうに見えたから」
「さ、寂しくなんてありません!!」
「あら、別に照れなくてもいいじゃない。私はアセリアが寂しいって素直に言ってくれたらうれしいな」
「そ、そんなこと言いません!」
そんな私たちを見て、父様は楽しそうに笑っている。
「父様! なにを笑っているのですか!」
「え? いや、アセリアが可愛いな〜と思ってね」
「父様!」
「ははっ。ごめん、ごめん。もう笑わないから」
「もうっ! 二人とも知りません!!」
私と母様とマルクス。
三人が初めて家族になった日のことは、昨日のことのように、はっきりと覚えている。楽しかった。
うれしかった。
でも、幸せな時間は長く続くことはなかった。
翌日、私たち三人は馬車を二度乗り換え、途中の村で一泊し、さらに翌日、馬車を三度乗り換えて宿屋に泊まった。
三日目の朝。
私が目を覚ますと、母様は純白のドレスに身を包んでいた。
着付けをしたのはなんと、宿屋の女主人だとか。少し驚いた。
でも、それ以上に驚いたのは・・・。
「どうかしら?」
私の前に女神がいた。
純白のドレスにはところどころにフリルがついていて可愛らしかったし、もともと美しい美貌をお持ちの母様だったが、薄い化粧しかしていないはずなのに、母様の美しさはいつもより何百倍も増していた。
「綺麗です。本当に・・・綺麗です」
「ありがとう」
「私も、いつか母様のような素敵な女性になれるでしょうか?」
「うふふ、アセリアはもう素敵な女性になっているわよ」
「そんな・・・私なんて・・・」
「自信を持ちなさい。あなたは竜人族の長が直系、エミリア・ネイロンド・アークス・フォックスの娘なのよ? そして、それと同時にとても心の優しい女の子。あなたが素敵な女性でないなんて他の女性が知れば、みんな自信をなくしちゃうわよ?」
「そ、そうでしょうか?」
「うん♪」
本当に、心の底からうれしそうな笑みを浮かべる母様。
「エミリアー」
父様の平和ボケしたような声が母様を呼ぶ。
「は〜い!」
母様も母様で同じように平和ボケしたような声で返事を返したあと、部屋に入ってきた父様と娘の前だというのにイチャつきだした。
このまま放っておけば、この人たちはいつまでもこの調子なんだろうな。
そう思うとなぜだか無性にやるせなくなった。
「おほんっ」
「えっ?」
「あっ?」
二人同時に私の顔を見て照れた表情を見せる。
「父様」
「は、はいっ」
「母様と仲が良いのは大変わかりました」
「いや〜っ」
別に褒めてない。
「ですが、そろそろ出発の時間ではありませんか?」
「そ、そうだった! 僕はエミリアとアセリアを呼びにきたんだった」
「まったく。父様は抜けていますね」
「そこがパパの可愛いところよ♪」
「あ、あははは・・・。そ、それじゃあ、そろそろ出発しようか?」
父様の言葉に母様と私は頷いて答え、それから宿屋の女主人に礼を言って宿を出た。
宿を出るときに、父様と顔を見合わせた母様が「四つ目のうれしいお知らせはイクシード王国に着いたら教えてあげる♪」と、とてもうれしそうに笑って言った。
馬車に乗車後、車中で私が「イクシードとはどんな国なのですか?」と父様に聞くと、「素晴らしい国だよ」と笑顔で教えてくれた。
「様々な種族がイクシードにはいるんだ。人族に羽翼族、獣人族にエルフ族、そしてアセリアやエミリアと同じ竜人族もいるよ。未だ世界では亜人に対する迫害が続いているけど、イクシードにはそれがない。他種族同士が互いに手を取り合い、助け合って生きている。なにより素晴らしいのは国王様だ。国王様は『種族など関係なく、全ての生きとし生ける者が幸せに暮らせる国を目指す』という言葉を掲げ、そして実際にイクシード王国を建国なさった。言うだけなら誰にでもできるけど、実際に行動に移すとなればそれはとても難しいことなんだ。でも、国王様はそれを実現してみせた。国王様は僕の憧れさ」
少年のように瞳を輝かせて言った父様を見て、ああ、イクシードは本当に噂通り素晴らしい国なんだなと思った。
それに、国王も。
でも・・・。
「国王がすごいのはわかりましたけど、私は父様のほうが素晴らしいと思います」
とは、さすがに恥ずかしくて言えないので黙って頷くだけにしておいた。
馬車に乗って四時間が過ぎたころ、
「ありゃなんだ?」
と御者の言葉に私は窓を開けて外を覗く。
煙?
煙はイクシード王国内から上がっていた。
御者がなんだか嫌な予感がするからこれ以上近づきたくないと言ったので、私たちは徒歩で行くことにした。
このときのことを私は今でも悔やんでいる。
御者の言うとおり嫌な予感は当たっていた。
そして、私も御者と同じように嫌な予感を感じていた。
イクシードに行きたくない。
しかし、母様と父様の幸せそうな顔を見ていると、そんなことを言うなんてとてもじゃないができなかった。
馬車は比較的イクシード近くまできていたこともあり、私たちは三十分とかからずイクシード王国にたどり着いた。
『亜人はこの国から出て行け!』
たどり着いて早々、私と母様は声が出なかった。
イクシード王国は至る所で火の手が上がり、男たちが銃や剣を片手にそう叫んでいる。驚きで身体が竦んでしまっていた。
どういうことだ?
父様から聞いた話では・・・。
「大丈夫だよ」
そんな私と母様の手を父様が力強く握ってくれた。
「僕たちのことじゃないよ。きっと、誰かが喧嘩でもしているんだろう」
そうであって欲しかった。
だが、現実は私と母様の願いなど構いもしないで残酷な仕打ちを与えてくる。
「亜人族の女はこの国から出て行け!!」
今度こそ身体が完全に硬直した。
私たちのことだ。
やっぱり私たちのことを言っていたんだ!
「か、母様!? どうしよう! 父様!?」
男の声はだんだんと近づいてくる。
近づいてくるにつれて、男の声は一人から二人、二人から三人と数を増やしていく。
「亜人族の女はこの国から出て行け!!!」
とうとう視認できる位置まで男たちがやってきた。男たちは私たちの存在を確認すると、まず最初に母様と私を睨みつけた。
「そこの女たち! お前たちは人族か? それとも・・・」
「亜人です」
母様の凛とした、透き通るような声が男の言葉の先を奪った。
「亜人です。ですがそれがなんなのですか? この国は人族と亜人たちが共存す・・・・・・っ!」
突然のことだった。
大きな音が鳴り響いたかと思うと、母様は言葉を途中で切り、その場に倒れた。
なにが起きた?
「か、母様?」
どうして母様は倒れたのですか?
「母様?」
どうして・・・どうして母様は血を流しているのですか?
「エミリア! エミリア!」
父様が母様を抱きしめて泣いていた。
母様の亡骸を抱いて叫んでいた。
「エミリア! エミリア!」
嘘・・・。
そんな、どうして?
母様は今日、この国で父様と結婚式を挙げるんだよ?
母様、言ってたじゃない。
三人だけだけど、慎ましやかな結婚式を挙げるって。
笑って言っていたじゃないですか。
ねえ、そうでしょう?
やっと掴んだ幸せだよ?
今まで辛い思いをしてきた分、母様はこれから幸せになるんだよ?
それなのに・・・そんな・・・嘘だよ・・・。
こんなこと・・・こん、な・・・!
「いやーっ!!! 母様! 母様! 目を開けて!!」
嫌だ! 死なないで! 母様!
「父様! 母様が・・・母様が!」
「き、貴様らっ!! よくも! よくも私の妻・・・・・・っ!」
さっきと同じ大きな音が鳴り響いた。
すると、今度は父様が倒れた。
「エミリア・・・エミリア・・・」
父様の腹部からは赤黒い液体が流れ出している。
「と、父様!?」
「アセリア・・・」
「父様!!」
「逃げ・・・ろ・・・遠くへ・・・逃げろ・・・」
「父様! 父様!」
私は父様の手を強く握り締めた。
父様がどこへも行かないように。
父様が死なないように。
強く、強く、握り締めた。
でも、初めて私を抱きしめてくれたぬくもりも、
「きみが・・・初めて僕の・・・ことを父・・・と呼ん・・・でくれた・・・とき・・・うれし・・・かった・・・」
真っ赤な顔でお礼を言って手を握ってくれたときの温かさも、みんな、みんな消えようとしている。
「そんな! これからも何度だって呼びます! 父様! 私の父様はあなただけです! だから・・・」
「アセリア・・・」
父様の冷たい手が私の頬を撫でる。
「今度は・・・僕が・・・きみの恋の・・・相談・・・に・・・乗ってあげ・・・たかった・・・」
「父様! 父様!」
「僕の・・・可愛い娘・・・」
「嫌っ・・・」
「アセリア・・・愛している・・・よ・・・。幸せに・・・なって・・・おくれ・・・」
父様の手がさっきよりもどんどん冷たくなっていく。
「嫌っ! 父様! 私を一人にしないで!」
「いつか・・・きみを・・・しあわせ・・・してくれ・・・・・・ひとが・・・あらわ・・・ます・・・よ・・・に・・・」
「父様ーっ!!!」
「アセ、リア・・・」
父様の手が私を探して虚空を仰いでいる。
「はい! 父様っ! ここにいます! 私はここにいますっ!」
「たん・・・じょうび・・・おめ、で・・・と・・・」
そう言って父様は動かなくなった。
その瞬間、今朝の父様と母様のうれしそうな顔が脳裏に浮かぶ。
『四つ目のうれしいお知らせはイクシード王国に着いたら教えてあげる♪』
「母様・・・父様・・・。母様っ!! 父様っ!!」
「うるせーっ! 黙って聞いていりゃぴーぴー泣きやがって! 亜人の女とその男が死んだだけじゃねーか! なにを泣く必要があるんだっ! 害虫駆除だよ! 害虫駆除!」
「なん・・・だと・・・!?」
「あっ!?」
害虫?
母様と父様が害虫?
どんな誹謗中傷を受けても私のために頑張ってくれた母様が害虫?
私たちのことで村人に迫害されても、それでも母様と私を心から愛してくれた父様が害虫?
なぜ、こいつらはそんなことを・・・。
なんの権利があってそんなことを言う!
いや、権利があったとしても許せない!
絶対に、許さない!
「お前たちがっ・・・!!!」
身体中が熱い。
まるで内側から身体を溶かされていくような、そんな熱さを感じる。
「お前たちが母様をっ!! やっと幸せを掴んだ母様をっ!! あんなに優しかった母様をっ!! 父様をっ!!」
ああ、そうだ。
だから私は帝国の兵になったんだ。
私から母様と父様を奪ったイクシード王国に復讐するために。
女であることを捨て、男として兵士になったんだ。
でも、どこで間違ったんだろう?
今度は皇帝が戦う術を持たない民たちを戦争に参加させるという。
本当に悪いのは誰なんだろう?
母様と父様を私から奪った男たち?
そんな男たちが暮らしていたイクシード王国?
民を戦に参戦させようとする皇帝?
わからない。
答えが見つからない。
でも・・・私はこのままじゃ死ねない!
私は生きて、伝えなければ!
もし何かご指摘などがありましたら、よろしくお願いします。