ACT.02 明堂学園への誘い
「徹也、お前って卒業後の進路どーするんだ?」
中学三年の秋頃の話になる
Yガレージの工場の端っこのプライベート用のガレージで、SGTモデルのトヨタヤリスのエンジンM13Aをバラシしてる最中に、遊びに・・・いや、暇つぶしにやってきた渉が聞いてきた
「進路って、そりゃ進学して高校だが。電子系か自動車整備系の学科の高校に行こうかなって思っているが」
「SGTに参加する強豪の自動車部とかじゃないのか?」
「別に、自動車に関われるなら強豪でもなくてもいいし、レーシングドライバーになりたいわけじゃないからな」
「おいおいおい、オレと互角に戦える奴がレーサー志望じゃないのかよ?」
呆れながら言う渉だが、そりゃ、プロ級どころか、フォーミュラ系のドライバーになれる将来有望な人間を何度も1on1で打ち負かしているから、そう言われるのも仕方ないが、あくまでも1on1という特殊変則なレース故だからだ。それ以外の純粋に速さで競う勝負だと、渉には敵わない
「オレの夢は、車の開発かシステム関連に関わり、一人でも車での悲劇を失くし、不幸な人間がいなくなって欲しいだ」
「随分とまあ具体的で、大層な夢を持ってんだな」
「母さんの仕事の関係で、裁判とか事件の資料とか見る機会があるからな・・・まあ、特に自動車の事故、事件に関することとを選んでな」
うちの母親、山岡華は私立探偵であり、関連資料とかの一部が自宅にあったりして、資料まとめを手伝わされたりしている。それ故に、自動車で不幸になった人間も見てきたし、聞いてきた
「数年前に10名以上の死傷者を出した、都内の自動車の暴走事故を覚えているか渉?事故を起こした加害者が高齢者だった・・・」
「あー・・・なんかそんな事故あったかな?結構ニュースで取り上げていたような」
数年前の東京都内にて、アクセルとブレーキの踏み間違いによる操作ミスで起きた悲劇。この事件の一軒で高齢者による運転免許証の自主返納が大幅に増加した
「いくら上手いドライバーでも事故やミスを起こすことはあるだろうし、逮捕されず、いろんな疑惑やら、バッシングを受けていたから、事件当時は加害者に同情はしてたんだけどな・・・後のインタビューや裁判でこの加害者、なんて言ったか覚えてるか?」
「なんか引っかかる言い方でもあったのか?」
数年前で、やや風化してる事件であり、当時は渉もオレもまだ小学生だから、余程興味がなければ覚えていないのだろう
「「安全な車を開発するように、メーカーの方に心がけて欲しい」そして裁判では「車に何らかの異常が生じたために暴走した」と無罪を主張したんだよ。これが加害者が言った言葉なんだぜ?・・・正直怒りを覚えたよ。自分のミスを棚に上げた発言、メーカーと整備士達を侮辱したようなもんだ・・・メーカーだって、車を凶器にしない為に日々研究し続けてる。整備士も車で不幸なことを起きないようにメンテナンスしてるはずなんだよ。誰もが車で不幸なってもらいたくない、そんな思いを踏みにじった」
「でも徹也、本当に異常があったとしたらそれはメーカーが原因なんじゃないか?」
「それはごもっともなんだがな・・・報道や裁判の資料を見る限り、車両に不備や異常はなかった。完全に責任逃れの為に無罪主張していたんだよ。そもそも、運転免許証を習得してるくせに、ドライバーとして、車の危険性を欠如し、無責任な態度が気に入らなかったんだよ」
思い出すだけで、はらわたが煮えくりかえる話だ。ただの車好きの人間がこれなんだから、被害者の方々の怒りや悲しみは想像絶するものなんだろう
「この事件の一軒以降に、車好きとして考えさせられた結果。オレは一人でも車で不幸なことを起こさない世界にしたい」
「・・・・・なんというか、お前らしいというべきか・・・徹也なりに、自分の将来の夢があるんだな・・・」
話を聞いていた渉はなにか考えているようだった。進路を聞いてきた時から、なにかした悩んでる節はあったが・・・まあ、渉はどうせ、どこかのフォーミュラ系のスクールに通うと思っている。一年前の渉だったら、少し危うかったかもしれんが、今ならその道を歩むだろう
ヤリスのエンジンをバラシながら、この時まで、そう思っていました
数日後、Yガレージの応接室で叔父とオレ、そしてスーツ姿の男性二人と対面していた
「私立明堂学園、モータースポーツ部門総監督の銀堂さんに、ドライビングコーチと勤めている槇乃さん・・・先日はどうもというべきでしょうか」
叔父は名刺を受け取りながら、特に年齢の世代の近い銀堂に目を合わせる。槇乃は様子を伺うように見ている。
先週の週末のことである。恒例のYガレージ主催の1on1レースを行っていた際に彼ら二人が来たのだ、見学目的の関係者だと思っていたら、意外な大物だった
「ええ、まさかモータースポーツの指導者である私達が、あなた甥に完膚なきまで負かされるとは思いませんでしたが」
そう、先日ただ見学しに来たわけじゃない。二人はオレに1on1バトルに挑み、そして完膚なきまで負かした
「それで、SGTの名門強豪と名高い明堂学園うちの甥に何用ですか?まさかスカウトって訳じゃあるまいでしょうし?」
「それに近いものです・・・山岡徹也君、君は明堂学園に来ないか?君の実力はSGTの表舞台で発揮されるべきものだ。1on1バトルに特化し、ここまで戦術を用いた駆け引きをするドライバーは見たことがない。ハッキリと言えば、我々明堂学園に欲しい逸材だ」
まさか、SGTの強豪チームの監督がここまで言うとは意外だったというか、正直、オレの戦術的走りが通用するとは思っていないかったから、嬉しさ半分と、この手のドライバーが今までいなかったことにへの落胆があった
だが、最初に銀堂監督は引っかかる言い方をした。スカウトに近いもの
「確か、明堂学園に限らず、強豪チームがスカウトする基準はそれに見合った実績を持ったドライバーじゃないんでしょうか?それに、何故自分のことを知っているのかという疑問と、本来の目的が別にあるのでは?」
先週の渉と進路の会話したことを思い出した。もしかしてな
「叔父のYガレージにこれまで明堂学園との取引はなかったはずですし、名前を知っていても内情を知るよしがない。そういう繋がりだと心当たりがないんですが・・・もしかして、海王渉をスカウトした際に、オレのことを知ったんですが?」
銀堂監督と槇乃の表情が変わったことで、確信を持てた・・・渉の仕業か
「・・・なるほど、彼の言う通り、高い観察眼と洞察力を持つか・・・おおよそその通りだ徹也君。我々明堂学園は彼をスカウトしようとしたんだが、彼に言われたのは「山岡徹也が明堂学園に行くなら、オレも明堂学園に入る」とね。」
想像より、とんでもないことを言い出していやがったあの野郎
「ということは本命は海王渉で、オレはそのオマケというわけですか?」
「当初はね。だが、今は君と海王渉。両方とも欲しいというのが私の本音だ」
「”私”ということは、明堂学園の上層陣はそうでもないと?」
「そうだね、実績のないドライバーを優遇出来ない。スカウトというより、これはお願いだ。明堂学園に来てくれないか?」
銀堂監督は頭を下げて、お願いしていた
「つまり普通入学で明堂学園に入ってくれないかってことですか?よりによって私立校か・・・」
「徹也、たしか公立校志望だったよな?オレがとやかく言うわけにはいかないだろうが、母親である華と相談してみないと、ここでは答えは出せないだろ?」
叔父の言う通り、進路になると母さんと相談するべき話なんだが、ぶっちゃけ公立校でも私立校でもどこでもよかった
しかも、よりによって渉がそう言うなら、付き合うべきか
「たしか、ドライバー志望なら、モータースポーツ課ですよね?一応入試を受けてみますが」
「来てくれるのか?」
「まあ、母親にはなんとか説得してみます」
「・・・前向きな返答をありがとう、山岡徹也君。私は君を待っているよ」
銀堂監督はコチラに手を出して、握手を求め、そちらに答える
「・・・水を差すようなことを言うが、徹也君。君、学力はどうなんだ?うちは倍率も高いから・・・」
ここまで何も言わなった槇乃が発言した。確かに入試で落ちたら元も子もないんだが
「入試って五教科ですよね?満点か、それに近い点数を出せばいいんですよね?」
「え?いや、そうだけど・・・」
「あ~・・・槇乃さん、コイツに学力とかの心配は無用だと思いますよ。そいつ一応、学年一位キープしてますし。余程ヘマしない限り、どこの学校でも受かると思いますよ?」
「マジか・・・」
オレの学力を知っているから、渉はそんな要求をしてきたんだと思う