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ただいま推理中

「天海に……罪を……?」

「だって、絶対に死刑になる大量殺人だぞ。死人に罪を着せるほかないじゃないか」

 眼鏡を光らせる櫻木は、しどろもどろな俺を諭すように冷静に言う。

「天海の奥さんからすれば、夫が死んだ上に大量殺人事件の犯人になるわけだ。かわいそうだが、しょうがない」


「櫻木、そんなことは本当に可能なのか? だって、春日商事大量殺人事件が起こった時間、俺は確かに天海を殺していたんだぞ!?」

 叫んだところでハッとした。櫻木が口を開けて固まっている。

「天海を……殺した……?」

 世紀の大失言だ。


「……櫻木、お前に一つ言わなければいけないことがある」

 櫻木は腕を組んだまま、黙って俺の方を見ていた。

「実は、天海を殺したのは俺だ」

 俺は矢継ぎ早に天海館殺人事件の真実を話す。天海と口論になったこと。天海を殺してしまったこと。トリックも仕掛けていないのに偶然密室になり、探偵がそれを解いて櫻木を連れて行ってしまったこと。探偵が櫻木のアリバイトリックを解いたときは、こちらが唖然としたこと。


「お前ッ……! お前のせいでなぁッ!」

 櫻木の目の色が変わり、俺のそばに駆け寄って胸倉を掴む。そして櫻木は拳を振り上げた。だが、その拳が俺に飛んでくることはなかった。震える拳はゆっくりと垂れ下がり、俺の服も解放された。俺は崩れ落ちるように床に座り込んだ。


「ごめん、お前に罪を被せて……」

「……いや、悪いのはあの探偵だから」

 櫻木は堅い口調でそう言った。自分を留置場から出した恩人であるところの俺のことを信じようとしているのが伝わってくる。そんな健気な櫻木に対して、申し訳ない気持ちが高まった。


「なあ、島村。お前が天海館の殺人を認めたら、春日商事の事件の容疑は晴れるんじゃないのか?」

 その通りである。俺は心の中で舌を出した。あの探偵なら、天海館の罪に加えて春日商事の事件の容疑も被せてきそうではあるが。


「ええい、もう自首しろ!」

 櫻木は腕を大きく振って叫ぶ。

「そこをなんとか」

 俺は櫻木の足にしがみつく。情けない姿だが、なりふり構ってはいられない。

「だって、これで俺があっさり逮捕されたら、お前の逮捕は無駄だったことになるんだぞ」


「俺の逮捕は元から無駄だ! 当たり前のことを言うな!」

「何の為に、俺が意を決してお前の冤罪を晴らしたんだよォ」

「うるせぇ、そんなもん晴らして……」

 晴らして当然だと櫻木が言いたいのは分かったが、彼はぐっと唇を噛んでこらえる。自分で言うのもなんだが、俺への恩が少なからずあるのだろう。そういう奴である。


「殺すつもりはなかったんだよ」

「それでも殺人は殺人だろ」

「まさか、投げたペン一本が首に刺さるなんて思わないだろ。しかもそれで天海が転んでペンが深く刺さるなんて予想外すぎる。まさか死ぬなんてさ……」

「延髄には呼吸中枢がある。そこを障害されたら人間はすぐに死ぬんだよ」

 しおれて我が家のテーブルに着いた櫻木は、呆れたようにそう言った。


「しかし島村、お前が警察にさっさと言えばすべて解決したのに……」

「じゃあ櫻木なら言うのか? 誰も俺が犯人だとは知らない状況で、だぞ。自分から名乗り出ようとは思わないだろ」

 そして黙っていたら探偵がやってきて櫻木を犯人に仕立て上げ、連れて行ってしまったというわけだ。


「……まあ、俺にも言いたいことは色々あるんだが、島村の証言のおかげで監獄にぶち込まれる可能性が低くなった俺と違って、島村は冤罪が成立してしまったら命の危機だ。その解決がまず先だな」

「すまん……」

 俺は頭を丁寧に下げる。


「お前の話を聞いていて、気になることが一つあるんだが」

 俺が櫻木に必死に謝ったところでいったん休憩だ。食事はもちろんマクドナルドである。俺の運転でドライブスルーで買ってきたハンバーガーにかぶりつきながらも、櫻木は冷静沈着に話を続ける。

「いくらアリバイがないとはいえ、天海館にいたお前が、どうやって春日商事に行って五人もの人間を殺せるってことになってるんだ?」


「お前は春日商事に詳しくないだろうけど、実は春日商事と天海館は近いんだ」

「そうなのか」

「ああ。ヘボ探偵とポンコツ警部が言うには、実は裏道があって、天海館と春日商事は走って片道十分の距離らしい。しかも人通りも少ないんだと」

 何年も勤めている俺は知らない裏道だったが、地図を見せられたら確かに行けそうだった。


「春日商事事件の場合、被害者は特に抵抗もなく殺されていたらしいから、天海館を出て一時間もあれば事件を終えて帰ってこれる、そういう計算なんだそうだ」

「……本当なのか?」

「試す時間はないが、一応警察の言うことだからな」

 俺の場合、天海を殺した十時の一時間前ごろから彼と口論になっていた。俺は天海との口論を隠しているから、九時から十時のアリバイはない。警察の見立てでは、俺は事件を起こせるということになってしまっている。しかも、被害者が抵抗していないので、顔見知りの犯行だと。つまり俺だ。


「島村、お前にはアリバイはないんだよな」

 だって本当に天海を殺していたんだ。アリバイなんてあるわけがないし、偽装だってしていない。

「アリバイがない時間は?」


 あの日は確か八時前に起きた。既に部屋の前に運ばれていた朝食を食べ、部屋を出たところで天海と出会った。そこから口論に発展して、十時には天海を殺していた。メイドが死体を発見したのは十一時半だ。


 なぜこんなに発見が早いのか。それは夫人から天海への伝言を頼まれたメイドが天海を探しに行ってしまったからである。死体発見までの時間が無さすぎて、アリバイ偽装工作は何も思いつかなかった。俺は黙ってメイドが天海を探すのを眺めているしかなかったのである。


「つまり、ずっとアリバイがないんだな……」

 櫻木は頭を抱えた。俺だって同じく頭を抱えたい。

 俺の唯一の希望は、証拠がないということだ。だが春日商事殺人事件の探偵と警部の姿を見るに、証拠がなくても俺を犯人と決めつけるのには間違いない。


「いや、あの館にアリバイがあるやつ、そうそういなかっただろ……」

 天海館殺人事件において、犯行時刻の午前十時に明確なアリバイがあったのは、夫人と櫻木、そしてメイドのうちの一人と料理長ぐらいのものだった。泊まっていた客のほとんどは、俺のようにアリバイはない。


 それなのに、あの探偵はわざわざ櫻木のアリバイを解いて犯人に仕立て上げた。俺は驚いた、内心では喜んでいたわけだけど。


「とにかく、俺にアリバイはないんだ。犯行後のアリバイなら完璧なんだけどな」

 なぜなら、天海夫人やメイドがいるリビングルームに積極的に顔を出すようにしていたからである。つまり犯行時刻からしばらく経った十時半ごろから死体発見の十一時半まで。それはせめてもの偽装工作のつもりであったが、

「全く意味ないだろそれ」

 切って捨てられた。


「でもそれ、逆に天海にもアリバイはないってことじゃないか?」

 櫻木は指を一本立てた。

「あ……」

「春日商事大量殺人事件の事件が起きたのは十時ごろ、お前が天海を殺したのも十時ごろ。一見矛盾だ。だが、死亡推定時刻には幅があるだろ。九時ごろに天海が事件を起こして、一時間で帰り、帰った直後にお前に殺されたと考えても、まあ筋は通る」

 俺に殺されたというのは余計だ。


「それに、警察はお前の十時半から十一時半までのアリバイを知っていながら島村に疑いをかけてきたんだろ? 十時ちょっと前に犯行を起こして慌てて館に帰ってきても矛盾はないと暗に認めてるんだ」

「それでいくとして、動機は大丈夫かなぁ」

「フン、死んだ人間が起こした事件の動機なんか、永遠に判明することはないんだ。国語の得意な警察官が頑張って考えてくれるさ、事件の作者の気持ちをな」

 櫻木に説得されて俺は渋々受け入れる。


「ただ、確かに、今お前にかかっている容疑を天海に押し付けるには、何か証拠のような強い根拠が必要なのも確かなんだよなぁ」

「残り二日、いやもう一日半か。一日半で、それを捏造しなきゃいけないわけだ」

「論文の捏造なら、俺は詳しいんだがな」

 まさかお前がやってるんじゃないだろうな?

「そんなわけないだろ。学生の話だよ」

 俺はしこたま怒られた。


「事件から時間も経ってるし、今更捏造なんてできるのかなぁ」

 じゃあもうダメだ。ここまできて、天海に罪をかぶせられないなんて。俺の命はあと一日半、いや、素直に俺が天海館で起こした殺人を認めたらいいのか。


 ……すまん櫻木、それは無理だ。いや、もうどうしようもなくなったらやるけど。あくまで最終手段である。


「ただ、全く道がないわけじゃない」

「え?」

「警察には言っていないんだが、天海の行動にはおかしな点がある。そこを突けばなんとかなるかもしれない」

 櫻木は俺の顔の前で指を二本立てた。


「一つ。あの日の朝食だ。大量に客が泊まっていたあの屋敷の場合、朝食の時間を決めて食堂に集めるのが合理的なはずだ。だがやらなかった。あの日、朝食はルームサービスかのように部屋にわざわざ運んできた。何故だ?」

「さぁ……」

 豪華な誕生パーティーなど経験のない俺は、それが普通だと思って受け入れていたが。


「二つ、そもそも誕生パーティーを二日間もやるのがおかしい。いくら盛大なパーティーをやりたいという気持ちがあろうが、俺たちを館に泊めて丸一日拘束するというプランは普通誰も立てねぇよ」

 これは、櫻木がパーティーへの参加を迷っていた理由なのだという。春日商事のオフィスで事件が起こったとおり、あの事件があった日は月曜の朝だ。


 言われてみれば確かに変だ。天海のパーティーのプランは、誕生日である日曜の夜から始まった。俺たちは深夜まで酒をたしなんだ後、館に泊まった。翌日である事件の起こった日は昼からゴルフをすることになっていたから朝は暇だった。

 翌日の朝という、パーティーがあったにしては奇妙な時間に事件が起こったのはそのせいである。


 平日までもが丸ごと一日潰されるのは、確かに大学教員の櫻木には痛いだろうし、行く気が起こらないのもわかる。合宿じゃあるまいし。


「天海は、仮にも経営者として成功した男だぞ。そんな部分に気が回らないわけがないんだ。お前を招待するのにわざわざ勤務先の春日商事を通したのも頷ける。企業を通した公式な招待じゃないと、平日を潰すパーティーに客なんか集まらないからだよ」

「な、なるほど……」

 つまり天海は、計画の異常さに気付きながらパーティーを開催したというわけか。


「櫻木、どうしてそれを警察に言わなかったんだ?」

「お前とあの探偵のせいで、俺の有罪はほぼ確定と言っていい。無罪をもぎ取るのを諦めた俺は、正当防衛を狙うことにしたんだ。もし、天海の行動の不審な点なんか警察に言ったら、正当防衛じゃなくなるかもしれないだろ。俺は自分の身を守るために黙ってたんだ」

 櫻木は不貞腐れる。その言葉は確かに正論だ。俺は恥じ入った。


「この二つだけじゃない。俺から言わせたら、違和感だらけの誕生パーティーだったよ。あーあ、行くんじゃなかった」

「……そうかな?」

 俺は何も考えずに参加していたわけだが。


「考えてもみろ。天海が今までに一度でも誕生会を開いたことがあったか? そして呼ばれたことがあったか? 無かったじゃないか。しかも、天海本人との間に金銭トラブルを抱えている島村が呼ばれるだなんて不自然過ぎる」

 そして、天海はせっかくの誕生日だというのに、パーティー中から事件の日の朝まで、やたら俺を挑発してきた。半分事故とはいえ、殺人に発展するほど俺が激昂した理由のひとつである。


「天海には何かがある。何かはわからないけどな。だが、わからなくても利用はできる。残る一日で、なんとかしようじゃないか」

 櫻木は口元に手を当て、真剣に考えていた。



*読者への挑戦状*

 ……を入れるわけではありませんが、とりあえずこの時点で全ての情報は既出でございます。

 結末、そして2人が取る手段、そして事件の真犯人を自らの頭で考えたいという方がいらっしゃいましたら、このタイミングで推理することをお勧めしております。

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