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ただいま捜査中

これは、篠崎京一郎氏作「冤罪探偵」の二次創作です。

冤罪探偵の第一話、

https://ncode.syosetu.com/n3632gn/1/

のページの続きを、二次創作として書きました。

作者の方から許可をいただいています。

 冤罪探偵とクソ警部に向かって、俺は三日くれと啖呵を切ってしまったわけだが、後から考えるとそれはあまりにも短い。しかし一週間くれと言っても許可はされなかっただろう。つまり三日というのは、短いは短いのだが俺に残された最大限の時間だ。


 考えろ、俺。だが焦るせいで頭は全く働かない。

 俺に残された最後の手段、それは非常に心の準備が必要な手段ではあるのだが、俺は覚悟を決めた。

 すべては俺の冤罪を晴らすためである。


「櫻木」

 俺は面会室のドアを開けた。そう、俺に残された手段とは、あの探偵が冤罪探偵であることを知っている唯一の人間であり、天海事件のことにも詳しい人間であり、俺の罪を被ってくれた男、櫻木だった。

 彼ならなんとかしてくれる。皮肉な話だが、俺はそのわずかな可能性に縋り付くしかなかった。


 透明なパネルの向こうに座っていた櫻木は逮捕された時と同じシャツを着て椅子に座っていた。着替えてすらいないのだろう。

「島村……」

 憔悴しきった様子の櫻木が、ゆっくりと顔を挙げてこちらを見る。


「島村、信じてくれ、俺は無実だ。俺はやってないんだ」

「ああ、信じるよ」

 櫻木が崩れ落ちるように机に手をついた。と思うやいなや、目を開けたままぼろぼろと涙を流す。

「お前が初めてだ、俺の無実を信じてくれたのは」

「当たり前じゃないか」

 だって、天海を殺したの、こいつじゃなくて俺だもん。


「櫻木、取り込んでいる中ですまないが、お前に協力してほしいんだ」

「……協力? 何を」

 この状況で俺の願いをとりあえず聞こうとする櫻木という男、根っからの善人だなぁと俺は思う。そして、そんな彼に罪を被せてしまったことに申し訳なさがつのる。


「俺も今、殺人事件の容疑者になってる。俺の勤め先で五人が刺殺された大量殺人事件の容疑者にな。もちろん冤罪だ」

 自分を容疑者にしたのはあの探偵だと言うと、櫻木はあっさり信じた。あの探偵に対する櫻木の不信感がうかがえる。

「俺の冤罪を晴らすには、お前の頭脳が必要なんだ。お前は大学一の天才だ。ろくに出席せずにギリギリで卒業した馬鹿な俺とは訳が違う。頼む、どうか俺を助けてくれ」

「……そりゃ俺だって冤罪仲間だ、お前に協力したい。だが、俺は留置場の中だよ。協力なんて無理だ」

 涙を拭いた櫻木はゆっくりと首を振る。だが俺には策があった。


「俺がお前を留置場から出してやる」

「……えっ、出す? どうやって?」

 櫻木は眼鏡の下で目を丸くした。不可能だと思っていたのだろう。

「あの事件があった日、俺は、お前がハンガーを壊してしまってこっそり捨てる現場を見たんだ。俺の証言は、あのヘボ探偵が並べ立てた密室トリックが使われなかった証拠になる。証拠不十分になって、お前は釈放だ」

 櫻木の表情が変わる。


「証言一つでそんなに変わるなんてことが……」

「変わるさ。唯一の物的証拠が無くなるんだから」

 俺は確信していた。物証がないだけで、俺はいま自由の身になっている。それは櫻木も同じはずだ。


「でもお前はあの場にいた容疑者だろ? 容疑者の証言なんか聞いてくれるか?」

「アリバイ証言なんて、どれもこれも容疑者同士で証言しあってるようなもんじゃないか。今更容疑者同士だから通りませんなんてのはおかしいだろ。それに、俺はお前の無実を晴らしたところでメリットは何もない」

 あの事件に限っては、こいつが捕まっていてくれていた方がむしろ有利だ。


「島村……」

 櫻木はまた涙を流し、何度も礼を言った。


「……ごめんな、証言しなくて」

「いや、俺を助けてくれただけで感謝してるよ」

「なにぶん、あの警部が怖くてさ」

 嘘は言っていない。俺が真犯人ではなかったとしても言い出せなかっただろう。あのクソ警部はヘボ探偵の言うことを妄信しているようにも見えた。あの探偵のトリックを否定するようなことを言ってもなかったことにされそうだったのは確かだ。


「しかし、お前の証言もあの警部に握りつぶされたりしないだろうか?」

「大丈夫だ、もっと上の立場の人間に言えばいいんだよ。俺は何としてでもお前を留置場から出す。じゃないと、俺は大量殺人事件の犯人として捕まっちまう。五人も死んでるんだ、死刑は確定さ」

 俺の冤罪が自分の冤罪の五倍の重さだと知ったからか、櫻木は絶句して困ったように俺の表情を窺う。


「冤罪での死刑を回避するためだ、俺は何だってやる。だから安心しろ、俺は櫻木を絶対にここから出してやる」

 俺がそう言ったところで面会時間は終わった。俺が面会室から出ようとする背中に、櫻木の嗚咽がぶつかった。


 俺はすぐに警察に電話をかけ、櫻木の無実について滔々と語った。一世一代の賭けだ。その答えは数時間後に出た。櫻木は釈放になった。


「まさか、本当にここに戻ってくることができるなんて思わなかったよ」

 翌朝、久しぶりに家に帰り、風呂に入った櫻木は、留置場にいた時の姿からは別人のようになっていた。顔は晴れやかになり、すっきりとした様子である。

「いいだろ?」

「もう一度この空気が吸えるとは思いもしなかった」

「俺はまだこの空気を吸っていたい」

「…………」

 櫻木は気まずそうに黙った。


「……とりあえず、しっかり作戦会議をしよう」

「……そうだな」

 俺たちの本拠地は俺の住んでいるマンションにすることになり、小声で話しながらそこへ向かう。


「なんでこんなことになってしまったんだろう」

 なんで俺は天海を殺してしまったんだろう。

「天海の誕生パーティーだろ。あれがすべての元凶だ。あんなパーティーにさえ行かなければ、俺たちに冤罪がかかることはなかったと思うんだ」

 そして、俺が天海を殺すこともなかった。俺は櫻木の言葉に何度も頷く。

「なあ、なんでお前は天海の誕生パーティーなんか行ったんだよ」

 櫻木は不思議そうにそう言った。


「春日商事の社員が、天海の頼みを断れるわけないだろ」

 五人殺人事件の起きた春日商事は、ヘボ探偵とポンコツ警部が言っていた通り、俺の勤めている会社だ。今は数日ほど無断欠勤しているが。

 普段はいたって普通の中規模商社で、関東ならばそこそこ知名度がある企業だと言える。はずだった。だが大量殺人事件が起こってしまった以上、俺の無断欠勤も有耶無耶にされるだろうし、それだけ会社が壊滅的ダメージを受けているということだ。春日商事には戻れないだろうし、早く就活しなければ。


 話がそれてしまったので戻ろう。その春日商事だが、天海は春日商事に対して非常に強い発言権を持っている。なぜなら、天海は春日商事の筆頭株主だからだ。そのため、天海から春日商事を通して誕生日パーティーに呼ばれてしまうと、いくら借金トラブルを抱えている相手とはいえ逆らえない。


「櫻木の方こそ、なんで天海の誕生パーティーなんか行ったんだよ」

「俺は大学関係だよ」


 俺と櫻木は大学の同級生であり、天海は大学のOBにあたる。俺たちが四年生だったころ、就活のOB訪問で天海と知り合った。

 天海のコネで春日商事に就職した俺と異なり、櫻木は卒業後も大学に残って研究に打ち込み、結果を出して着々と昇進しつつある。


 しかし俺の場合は順風満帆とはいかない。

 本来俺は、春日商事よりもっと上の商社の内定を持っていた。だが、天海に奨学金を肩代わりするからと春日商事を紹介され、内定を蹴った。

 だが春日商事に入社して数年、俺は天海から奨学金の返済を何故か求められた。奨学金云々は、俺を春日商事に呼ぶ口実だったというわけだ。当時の俺の喜びを返せ。まったく、ひどい話である。


 そして、その奨学金の額が利子を含め数百万に膨れ上がっていた俺は、ここ二年ほど、天海とトラブルになっていたというわけだ。

 天海がトラブルの相手である俺を指名してなぜ招待を出したのかはわからないが、櫻木の方は理由が明確だ。母校のホープだからに決まっている。


「最初はパーティーなんか行く予定はなかったよ。大学も忙しいしな。だけど天海はうちの大学出身の有名人だ。経済界の大物相手だから断るなんて失礼だぞって友人に言われて、パーティーに行くことにしたんだよ」


「……だが、俺の場合は、パーティーに行ったからこそ、大量殺人に巻き込まれるのを免れたのかもな」

 大量殺人事件の犯人を押し付けられるなんてとんでもないが、一方で、パーティーに行かずに定刻通りに出勤していれば、真犯人に殺されたのは俺の方だったのかもしれない。俺は六人目の被害者になっていたのかもしれないのだ。いや、かもしれないではなく、既に被害者か。


「しかしその大量殺人事件、証拠もないのにお前に疑いの目が向いた理由は何だ?」

「社員証だよ」

 春日商事のオフィスは、厳しく入室管理がなされている。社員証をタッチして入館記録をつけないと、誰もオフィスには入れないのだ。そしてあの日、被害者のほかに事件のあった階のオフィスに入ったのは俺だけだったというわけだ。もちろん、俺はオフィスに入っていない。俺を騙ってオフィスに入ったのは真犯人だ。


「社員証、お前持ってなかったのか?」

「そりゃ普段は持ってるよ。だが、最後に見たのは金曜日に退勤して鞄にしまった時だ。あの鞄はいつも持ち歩いているし、もちろん天海館にも持って行ったけど、まさか社員証があるかなんか確認しねぇよ。警察で、探偵に言われて社員証を探したけど、どこにも無かった。いつかはわからないけど、落としたか盗まれたか……」


 だが探偵は、俺が殺人を犯した後、盗まれたように見せるために社員証を捨てたのだと言い張った。俺がそれを認めるわけはないのだが、探偵は自論を曲げない。平行線である。


「あの探偵の推理、結構ガバガバだからなぁ。俺が逮捕された時もそうだ。俺が天海館に行ったのはあの日が初めてだから密室トリックに必要な館の構造は知らなかったといくら言っても聞きやしない」

「本当に自分の推理に自信があるんだろうな」

 俺はその推理が合っているのを見たことはないが。


「とにかく、金曜日の退勤後から俺が社員証を見ていないのは事実だ」

「じゃあ、いつ誰が盗んだかはわからないのか」

「ああ。金曜の退勤後は会社の飲み会があったし、あの場ならいくらでも盗める」

 俺の場合、酔っ払って落としたのかもしれず、盗まれたとは断言できないのがややこしい。


「大量殺人の犯人に殺されるか、冤罪を押し付けられて死刑になるか。嫌な二択だな。島村、生きてて良かったな」

 櫻木は苦笑した。

「……俺の命は風前の灯火ともしびだよ」

「そんな状況で、頼るのが俺で本当に良かったのか?」

「俺の一世一代の賭けだ」

 そして、櫻木に対する俺なりの贖罪なのかもしれない。


「俺はどうしたら生き延びられるんだ?」

「誰かに罪をなすりつける、とか」

「罪をなすりつける人間を誰にするか先に考えるか、罪をなすりつける方法を先に考えるか。どちらにせよ、無実の人間が一人死ぬことになる」

「あるいは、真犯人を見つけ出すか、だな」

 真犯人を見つけ出す、素人の俺たちにそんなことが可能なのだろうか。なにせ、警察が普通に捜査したら俺にたどり着くような事件である。


「俺に残された自由な時間は二日だ。そりゃ真犯人を見つけ出せるのがベストだが、見つけ出せなければ俺は死ぬ」

「じゃあ、誰か罪をかぶせる人間を探すか?」

 俺の部屋がしんと静まり返る。


「……なあ島村、お前って結婚したっけ?」

「いや、独身だけど……」

 なお、彼女もいない。あくまで今は、であると言い訳しておくが。

「家族は?」

「両親と妹が一人いるよ」

「春日商事大量殺人事件の罪、妹になすりつけられるか?」


 俺は黙った。そりゃ、俺だって冤罪で死刑になりたくはないが、俺がこれほどまでに苦しんでいる冤罪を、家族になすりつけることはできない。

「……櫻木は?」

 こいつは確か結婚していて子供もいるはずだ。昨日までは絶望の真っただ中だったであろう家族がいる。


「俺も無理だ。妻と子供に罪が行くくらいなら、冤罪なんかいくらでも被る。だが俺が冤罪を被ったら、妻と子供に迷惑がかかる。微妙なところだな」

 経験者は語る。言葉の重みが違う。俺は改めて、天海館事件で櫻木を見捨てたことを後悔した。まあ、俺に冤罪がかかっていなかったら平気で見捨てたままだっただろうけど。


「なら、赤の他人にならどうだ?」

「櫻木の時みたいに、誰かが勝手に逮捕して連れて行くなら罪なんかいくらでもなすりつけるけど、自分が罪をなすりつけるのはな……」

 だが、実際に目の前に好都合な人間がいたら、櫻木の時のように見捨てるかもしれない。俺は煩悩あふれる人間である。


「俺は人間としての良心を捨てなきゃいけないな。だって、絶対に死刑になる罪を背負わせられる人間なんて……」

「いや、いるよ」

 櫻木はすっと立ち上がってカーテンを閉め、腕を組んで壁にもたれる。

「天海事件の被害者、天海聡太(ヽヽヽヽ)だよ」

 櫻木はそう言って指で眼鏡を押し上げ、また腕を組みなおして不敵に微笑んだ。

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