ポジション「当て馬」になりました!? ~大公位とセットで、もれなく彼女がついてくる!?~
「あのー、そろそろ正面ホール、鍵かけますんで、裏口からの出入りをお願いしますね」
有松商事株式会社の社屋。その三階にある商品管理課。の、片隅。
いつもの夜。いつもの見回り。
いつものセリフ。
「えっ? ああっ、もうそんな時間なんですねっ、ごめんなさいっ!!」
そして、いつもの彼女の反応。
バタバタと急いで動くけど、逆にそのせいで資料が散らばり、さらに慌ててテンパる。
「ああっ」とか「きゃあっ」とか、そんな悲鳴に近い声が上がる。
「大丈夫ですよ。裏口からなら、出入りできますから。落ち着いてください」
軽くため息混じりに伝える。
早く帰って休んだらいいよ。
そう伝えたいだけで、急がせたり、困らせたいわけではないのだ。
「ありがとうございます」
こちらの気づかいに、彼女が少し笑う。
――疲れてるな。
部屋の一部にしか灯りがついていないせいか。薄暗い部屋で見る彼女の顔は、どこか青白く疲労の溜まった顔をしていた。
キレイな黒髪だと思っていたのに、その髪も少し傷んでいるような。肌にもハリがない。
――あの男に、いいように使われているせいか。
彼女が、あの男に惚れていることは知っている。
いつだったか、廊下で、アイツが彼女を褒めている場を見たことがあった。
通りすがりだったので、詳しくは聞けなかったが、どうやら、彼女の作った資料のおかげで、男のプレゼンが上手くいったらしい。男が、甘い顔をしながら「きみのおかげだよ、ありがとう」なんて言っているのが聞こえた。
「きみがいたから、上手くいったんだ。きみは、ぼくにとって、なくてはならない存在だ」
うげー。どこの王子さまのセリフだよ。
内心、砂を吐きたくなるような言葉だったけど、彼女は違った。
夢見るような潤んだ瞳で、男を見上げてた。
目元も、少し赤い。
恋、してるんだな。
一目でわかるほど、彼女はヤツに恋してた。
ヤツが、どんな男かも知らないで。
アイツは、同性のオレから見ても最悪なヤツだった。
社内恋愛、と言えば聞こえはいいが、手あたり次第、女の子をナンパし、うまくいけば、そのまま情事に持ち込む。最近は、秘書課の女性と出来ているらしく、よく給湯室とか、トイレとか、非常階段とか、まあ人目につかなさそうなところでそういうことをやっていた。
途中、オレみたいな警備員に見られても、気にしない。おそらく、警備員を自分より低い立場の者、どうでもいい相手ぐらいに思っているのだろう。どうかすると、自分たちが終業時間後に巡回していることを知っていて、わざと女に嬌声を上げさせ、オレたちに聞かせるようなゲスいこともやる。アイツのことは、警備員仲間でちょっとした有名人になっていた。
そういう最低な男なのに、いや、そういう男だからこそ、彼女のような真面目で、恋に免疫のない女の子は簡単に餌食にされる。
今だって、こうして遅くまで残っているのは、ヤツのために資料を作っていたからだろうし、それは、アイツを好きだから、褒めてほしくてやってることなんだろう。
――なんか、ムカつく。
ここまで擦り切れるように、いいように使われても、気にしない彼女。甘い言葉で、彼女を使うアイツ。
どちらに、より多く腹を立てているのか。自分でもわからない。
ただ、何も知らない彼女が痛ましく、そして、見ているのが辛かった。
あの男は、こんなにヒドいヤツなんだぞ。
言ってやったら、彼女は目を覚ますだろうか。
いや、多分、純粋な女性だ。ものすごく傷つく。
彼女を傷つけたくない。泣かせるなんて論外だ。
だったら、このまま、見ているしかないか。
正解が見つからず、モヤモヤした気持ちだけが溜まっていく。
「あの、もう帰りますから。ありがとうございます」
彼女がかすかに笑って、動かないオレの横を通り過ぎる。腕のなかには、大量の資料。
おそらく家に帰っても、続きをやるんだろう。
――もう、やめろよ。
そう言ってしまいたい。彼女の細い腕を掴んで、引き留めてしまおうか。
一瞬の逡巡。永遠にも感じる時間。
その間に、彼女は部屋から出て行き、更衣室に向かって歩いて行った。
オレも、仕事に戻る。帽子を深くかぶり直し、彼女とは別の方角へと歩き出す。
所詮、オレは警備員。彼女にとっては、会社の一風景でしかない存在。
彼女の想いに、部外者のオレが、どうこう言う資格はな―――。
――マズいっ!!
ハタと思い出し、あわててきびすを返して走り出す。
彼女の向かった先、更衣室の隣。
そこで今、何が行われているか。
ついさっき、そこを通りがかって聞いた嬌声を思い出す。
あれを、彼女に聞かせてはいけない。アイツを批判するよりなにより、彼女の心を守らなくてはっ!!
急いで追いかける。角を曲がり、その姿を見つける……が。
遅かった。
部屋の前、指が真っ白になるぐらい資料を強く握りしめて、彼女が立っていた。
目からは涙があふれ、ポタポタと資料に落ちてゆく。細い肩が、小刻みに震えている姿が痛ましい。
彼女は、聞いてしまったのだ。
あの男の情事を。そして、自分が利用されていることに気がついたのだろう。
こういう時、オレはどう声をかけたらいい?
どう慰めたらいい?
立ち尽くすオレに、彼女が振り向く。
――抱きしめてやりたい。
抱きしめて、傷ついた彼女を癒してやりたい。
だけど、見ず知らずのオレが、そうしていいものなのか。
考え込むオレに、ドンッと衝撃が伝わる。
彼女が逃げるように走り出し、オレにぶつかったのだ。
「おいっ!!」
オレにぶつかっても、彼女はふり返らない。
握りしめていた資料を放り出し、メチャクチャに走って行く。けたたましいヒールの音が階段ホールに響き渡る。
気づいた時には、オレは走り出していた。彼女を追いかけるために。
後のことなんて、何も考えていない。ただ、彼女を追いかけた。
やみくもに走っていった彼女を見つけたのは、会社から数十メートル離れた交差点だった。
先を走っていた彼女が突然、よろつきアスファルトに倒れた。足をくじいたのか、動けないでいる。
そこへ、けたたましいクラクションの音。
赤信号に気づかず飛び出していた彼女。そこへ、トラックが近づいてきていた。
――危ないっ!!
余裕なんてなかった。
オレは、彼女を守ろうと、全力で彼女に飛びつく。
迫るクラクション、ヘッドライト。
目の前一面に広がった、トラックのフロントバンパー。
全身をハンマーで殴られたような衝撃。痛いというより、熱い。全身が千々にちぎれたのかと思った。
地面に広がる生温かいヌルついた液体。おそらくは、自分の血。
真っ赤な世界。その先に転がる、動かない彼女。
それが最期だった。
手を伸ばすことも、声を上げることも出来なかった。
――守りきれなかった。
その悔しさだけが、心に残った。
次に彼女に会ったのは、三年前。
ルティアナから輿入れしてきた彼女と、フィリツィエ公子として再会した。
彼女は、以前と全く違う容姿をしていた。深い海のような青い瞳。抜けるような白い肌、光り輝く金の髪。王女らしい気品と容姿を持って、オレの前に現れた。
けれど、一目見ただけで彼女だとわかった。
これは、あの女性、小牧笑美だと。
姿かたちは変わっていても、本質的な部分は以前のまま。オレが守りたいと思っていた彼女だった。
それと同時に前世のことを思い出す。
前世の自分、警備員、鳴海蓮だったオレは、彼女が好きだったことを。
一生懸命仕事をする彼女が好きだった。もう遅いからと声をかけると、申し訳なさそうに笑う彼女が好きだった。どんなに大変な時でも、笑顔を絶やさない彼女が好きだった。
サラッと真っすぐな黒髪。並んで立てば、オレの肩より低い身長。きっと抱きしめたら、スッポリと腕のなかに収まるような女性。
その記憶を取り戻したオレは、胸がどうにかなりそうな喜びの直後、奈落に突き落とされた気分になった。
彼女、エセル・リーゼ・ルティナリアの伴侶となるのは、オレじゃない。兄上だ。
オレは、その弟。彼女とは結ばれない存在。
こんなことなら、前世なんて思い出さなければよかった。思い出さなければ、ただの義弟と兄嫁という関係でいられたのに。
そんなオレの絶望に気づくことなく、彼女はオレに接してくれていた。
習いたてのフィリツィエ語で、一生懸命話す彼女。
オレがルティアナ語で話しかけたら、「フィリツィエ語で」と、やんわりと制された。公妃になるのだから、こちらの言葉を覚えたい。だから、遠慮なくフィリツィエ語で話してほしいと言われたのだ。
どこまで真面目で責任感が強いんだろう。
フィリツィエのことを知りたいと、図書室にも通っていたし、ブランシュ伯夫人という、公宮内の権力者とも仲良くつき合っていた。
すべては良き公妃となるために。その努力を怠らない彼女に、オレは、この世界でも惹かれていった。
だけど。
彼女は、あくまで兄上の婚約者。
彼女を、愛し守るのはオレじゃない。兄上なのだ。
オレは、いつだって彼女の恋を見守るだけの存在。
そんな時だった。
父上が亡くなり、大公位を兄が継承することになったのは。
――いよいよか。
オレのなかに諦めに似た感情がわき起こった。
兄上が帰国して大公になれば、彼女もその妻になる。今までみたいに、気さくに彼女と話すことは出来なくなる。
覚悟していたとはいえ、その事実はかなり堪えた。
なのに。
――婚約をなかったことにしてほしい。愛する人が出来たんだ。
兄、ディオンは、帰国するなりとんでもないことを言いだした。
婚約破棄、大公位譲渡、貴賤結婚。
のちにそれは、オレと、国と彼女のための行為だと知らされたが、あの時は、怒りでどうにかなりそうだった。
二年も待って婚約者に捨てられる。
それが、どれだけ彼女を傷つけるか。女性として、それがどれだけ屈辱的なことか。
兄の言葉に衝撃を受け、それでもグッと涙をこらえる彼女。
見ていられなかった。
彼女を妻に出来るという喜びよりも、彼女への申し訳なさと、兄への怒りが勝っていた。
彼女はそれでも必死に立ち直り、前を向いて進もうとしていた。オレとも親しくしようと努力していたし、兄上が妻にすると宣言したリリアーナを見ても、平静でいられるように努めていた。
その健気さに、いじらしさに、オレは彼女への想いを一層強くした。
夫となるなら、オレが夫になることを彼女が許してくれるなら、オレは全力で彼女を守る。彼女だけを愛し、今度こそ彼女を幸せにすると。
兄上とリリアーナの件で、いろいろと辛い思いもさせたが、彼女は、最終的にオレを選んでくれた。
それだけではない。
――アナタの妻になりたい。
――お慕いしております。
――二人で、前世の分も合わせて、幸せになりましょう。
そう言ってくれた。そう言って、口づけを許してくれた。
彼女の温かな身体を抱きしめ、柔らかな口唇を知った時、オレはもう死んでもいいとまで思った。こんな幸せがオレに訪れるなんて、夢でも見ているのかと思った。
だが、これは現実で、オレは、夢のような幸せのなか、彼女とともに生きている。
彼女は知らない。
「レオナルトさま」と、呼びかけられるたびに、オレがどれだけうれしく思っているのかを。
オレに気づいて、フッと笑ってみせるその仕草に、オレがどれだけ幸せを感じているのかを。
毎日、いや、彼女に会うたびにオレは何度でも恋に落ちる。
オレは、彼女に溺れている。どうしようもないぐらいに。
月明りのもと、青く染まった寝室で、オレは少しだけ身を起こす。
傍らには愛しい彼女。幸せそうに頬を緩めて眠っている。
オレが動いたことに気づいたのか、その手をこちらへと伸ばしてくる。
手を優しく包んであげると、今度は顔をすり寄せてきた。
素肌に触れる、彼女の柔らかい金の髪。
起こさないように、そっと抱き寄せ、その髪に頬を寄せる。
夫婦となり、子を成してもまだ、愛しいという気持ちが途切れることはない。
「愛してるよ、エセル」
そっと囁き、その温もりを感じながら、オレも再び目を閉じた。
生まれ変わって手に入れた、この幸せが、永遠に続くことを願いながら。
「小説家になろう」さまで、「異世界転生/転移」日間ランキング30位!!(6/26現在)をいただきまして…。
「ピクシブ」さまで、16話が「オリジナルウィークリーランキング」20位!!(6/19~6/25)もいただきまして…。
「なろう」さまでは、なんと6/26のPVが(一日で)29900となり……。
なにが、どうしてこうなった!?
うれしすぎて、心臓バクバク、頭いっぱいいっぱい。
意味もなく、部屋をオロオロ、ウロウロ、アワアワ、オタオタ…。仕事に行っても、落ち着かねえ。(ミスはしなかった。上の空だったけど)
家族の「悪役令嬢サイコーッ!!」から始まった、お試し物語だっただけに。驚。
ということで、読者となってくださった皆さまへの感謝もこめて、急遽、続編を書きました。プロットの段階であったエピソードを、こねくり回して作りました。
レオナルトSideの物語(独白)です。
好きだったんだね、エセルのこと。前世からずっと。
物語中、あんまり感情を前面に出す子じゃなかったからなあ。
でも、こういう人こそ、ムッツリとネットリと愛してくれそう。飽きて、ポイッてことはなさそうだし。エセルを今度こそ幸せにしてくれるでしょう。子どもも生まれてる…みたいだし。
ということで、『ポジション「悪役」になりました。~婚約破棄されても、ハピエンをつかんでみせます!!~』は、終わります。
読んでくださった皆さま、ブクマ、評価、いいね!をくださった皆さま、感想、ご指摘をくださった皆さま。フォロワーになってくださった皆さま。
すべての方に感謝をこめて。
令和2年6月 若松だんご 拝