キスが重たい
……思えば、保育園の、お昼寝の時。
俺の隣で寝ていたおませなチビッ子、春陽がキスをねだったのがいけなかった。
俺はラブラブな父さんと母さんの間に生まれて、散々ファーストキスはちゃんととっておきなさいと言われていたんだ。愛する人ができた時に、きちんと渡せるようにしなさいとかなんとか。
真面目な俺はきっちり守ったさ。
キスは真心のこもった、重たいものなんだってさ。
春陽は激怒したんだな。
一番の仲良しが、あっという間に…敵になってしまった。
女子は、みんな春陽の味方をし、俺を敵視した。
小学校に入ると、俺はどんどんでっかくなって。
小4で160センチあったんだよ。
周りの女子からおっさん扱いされてさ。
このへんから、女子との距離が…遠くなり始めた。
中学校は男子校だったんだな。
勉強が面白くてさ。
数式の虜になってたら、あっという間に時間が過ぎて。
高校も同じようなもん。
大学も同じようなもん。
女子との距離がどんどん開いた。
女子との距離が縮まらない。
周りに女子がいない。
女子っぽいやつはいたけれど、そいつは俺は好みじゃないといった。
仕事は技術研究所。
女性社員は一人しかいない。
クリーン担当の、60代の女性。
女性との出会いがない。
女性に全く縁がない。
キスをするチャンスが来ない。
キスの重みが増していく。
そんな俺を見かねた会社の先輩が、合コンというものに連れ出した。
女性が参加する飲み会なんて初めてだった。
勝手がわからず、一人ソフトドリンクを飲みまくった。
酔っ払いどもが増えていく中、俺と同じようにソフトドリンクを飲む女性がいた。
飲めないのに参加とか、気の毒だなあと思っていた。
酔っぱらいの戯言に健気に笑顔を向けていて、気が弱いのかなあと思っていた。
大盛り上がりの酔っ払いどもが、ド定番の俺の【女性経験0】をいじり始めた。
誰かファーストキスを恵んでやってくれませんかという声に手をあげたのは…、ソフトドリンクを飲んでいた女性だった。
真面目そうに見えたのに。
大人しそうに見えたのに。
気弱で優しそうに見えたのに。
みじめな俺を…笑おうというのか?!
ぶち。
俺の中の、何かが切れた。
27年分のキスの重みを思い知れとぶちかましてやった。
そしたら向こうさん……、その重さにつぶれちまった。
真っ赤な顔して、へたり込んじまって。
こりゃまずいってんで、家まで送り届けたりして。
向こうも27年溜め込んでいたという事を知ったのは、つい先日のことだ。
早く言えよ…。
27年分の重たいキスは、毎日してたらすっかり重さを軽くしてね。
今では毎日毎朝毎晩、ずーっとキスが交わされてたりして。
いやまあ、ラブラブな両親を見て育ってきてるからさ。
軽いキスはお手の物なんだよ。
…次にするキスは重たいやつになる予定なんだけどね。
大勢の前で、誓わないといけないからさ。
永遠の、愛ってやつを。