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異界と魔物が現実世界へと転移した異界(ダンジョン)攻略物語  作者: 地雷原のちわわ
第二章 -三黒の刀編-
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第38話 -流水になぞらえて-

 最初に動いたのはサユキさんだった。ナイフを順手に持ち駆け出す。


「はぁああああ!!」


 刀の人は、余裕とでも言うようなゆったりとした歩きで前へ出て、迎え撃った。互いが接近しあった瞬間やり取りが始まった。


 私は瞬きなんてしてないはずなのにサユキさんの繰り出すナイフが空を切る。何が起きたのかわからない。知覚するより速く物事が進んでいて目をこする。


 手だ。手の動きだ。刀の人は、サユキさんの腕をずらさせナイフの軌道を自身に届かなくするように送り出したんだ。


 けど、この状態で止まるはずもなく空を切ったナイフを持ち換え違う角度から攻撃を入れようとする。しかし、これも腕を弾かれるようにしてやり過ごされてしまう。


 そしてサユキさんは、肘と拳の打撃を食らって半歩退いた。


「っく! まだまだ!!」


 間髪入れずに踏み込んで何度も攻撃の手を緩めないように繰り出す。ナイフの軌道を巧みな腕さばきで逸らし、後少しのところで届きそうな危ない突きは持っていた脇差でガードする。


 流れるような動作。流れるような攻めとそれを制御するように防いでく攻防のやり取り。


 思えば人と人とが間近で戦う短剣や脇差を使った本当の近接戦闘なんて初めて見た。


 とてもじゃないけど一つ一つ整理して見ていくなんて無理だ。それにこれだけ巧みな戦闘をあの二人はこなして戦っている。


 ただ……短剣と脇差の戦いは、拮抗しているように見えるけれどそもそも拮抗してすらいないのかもしれない。


 防戦一方に見える刀の人は余裕でサユキさんの短剣の軌道を逸らして、少しづつ打撃や蹴りなんかの攻撃を加えて行っている。


 しかし、サユキさんも敗けていない。繰り出された攻撃を最初は受けてしまっていたけど、次に同じような攻撃がきたものはしっかりとガードしたりして対処している。


 一度見ただけでこんなにもうまくできる物なのかな。


 息が上がっていってるサユキさんに対して刀の人は、まだ平然としている。


 けれど何度目かの打ち合いの後、動きが変わった。組手のようにぶつかり合い。攻撃をやり過ごし、やり過ごされ短剣を流れる様に持ち替えて戦っていた方法から姿勢を大きく動かして速度を上げていくものに変わった。


 どこかで見たことがある。


 この動きは……ハルヒトさんっぽい。


 上下左右の区別をつけず縦横無尽に駆け、そのスピードを生かして相手に攻撃を加える。


 さっきまでの戦いは、どこか現代チックで異界が出現する前の対人接近戦闘であったようなものに対して、自身の上がった身体能力をフルで活かすような……そんな戦い方の感じがする。


 あくまでこれは私のイメージだけど、見て語るのは簡単だ。


 だけど、自分がハルヒトさんみたいに動けるかと言ったら無理だ。確かに探索を始めて身体能力は上がった。50m走だって10秒くらいのどんくさい記録だったのに今なら多分6秒か7秒より速く駆け抜ける自信はある。


 だけど、その力をうまく利用できるかなんて言われたら多分できてない。イメージなんて最初からできていないせいだと思う。


 特撮ヒーローみたいに身体能力の上がった体の使い方みたいな講座でもあったら別だけどね。


 サユキさんの動きに速度の乗った短剣の威力はすさまじい。

 脇差で弾く瞬間の鋭い金属音が響いた。


 脇差で受け止め、短剣を横へと弾いたかと思いきやサユキさんは体を捻って、その勢いのまま回転した。


 3回、打ち合う音が響いて互いの勢いを殺すように強い一撃がぶつかり、短剣と脇差の悲鳴が何度も聞こえる。ぶつかった衝撃で二人は間合いの外に押しやられた。


「……やるね」


「オカダ隊長こそ……どうして、三黒に行ったのですか。私は、入ったばかりで隊長のことはあまり知らなかった。けど私たちは、あなたを信じてた。なんで……」


「信じるも信じないも他人の勝手だ。俺はただ。俺のやるべきことに力を使うだけだ。法の下の正義も、世を渡る上で大事とされる倫理観も必要ない。そんなものを守ったところで俺の守りたいものは守れない結局……そういうことだ」


「それって、今……行方不明になってる子が関係してたりするんですか?」


「…………」


「スズキ隊長は何度かあなたのFILEを見てましたよ。隊を裏切った隊長……あなたが姿を消した品川異界の攻略で死傷者も出てるその場で何が起きたのかを探るために」


「探ったところで時は戻らないんだよ。止まるなんて許されるのなら止まっている。俺自身じゃ止められないのさ。そしてヨゾラ……あんたにも俺を止められない。だが、やることはやった。あとはその賭けに勝つか勝たないかだ」


「賭け?……」


「笑える話さ。結局どうあがいたって勝てないのなら目的だけでも成しておきたいってだけさ」


 過去の話なんだと思う。理由はわからない。濁されてるような……いまいち内容はつかめないけど何かがあったのは確かだ。


 悪い人には見えない。もしも本当に命を狙ってるんだとしたらあの場でサユキさんもハルヒトさんも殺されてたはず。


 もしも、その理由が何かあるのだとしたらこの人も被害者なんだ。なんとか交渉しようなんて最初から無理な話だったんだ。


 それに、勝てないってどういうこと? 少なくともこの瞬間じゃない。いっぱいいっぱいのサユキさんに対してあの人は余裕だ。


 二人は構える。再び譲れない戦いで勝利をもぎ取るために────


 するとヘリの音が遠くから聞こえ始めた。


「そろそろ……時間だ。悪いが暇つぶしはここまでだな。いい加減理解できただろう? 今なら退いても俺は追わない」


 ゆっくりと脇差を収める。刀に手をかけ居合の姿勢を取った。


「私は、あきらめません」


 いつの間にか逆手に握っていた短剣を胸の前に構えたサユキはボロボロだった。


「もう、もういいんです。お願いですから……私を置いて逃げて……」


 涙が、泣いちゃだめだ。目の前で一生懸命に頑張って戦ってくれる仲間を前にして……目の前で泣いたりなんかしたらダメだ。


「レナちゃん…………ごめんね!」


 駆け出した。今にも転ぶような勢いで。


「はぁああああああああああ!!!!」


 その一撃は届かないかもしれない。短剣を先へと突き出す。


 シューっと空気が抜ける音が聞こえる。白い煙が2本のボンベの付いた特殊な鞘から登り刀がその隙間より青白い光をこぼしながら最後の時が来るのを待つ。


 サユキが間合いに達したその時着ていたコートを前に投げた。間合いを測らせないための目くらましだ。


「はは!」


 青白い刀身を見せ男は笑う。


 届かないだろう短剣を握る彼女は、綺麗に刀の人の頭上を通り過ぎて後ろに回った。渾身の突きを入れようとするも銃声にも似たすさまじい音が鳴り響く。


 気が付くと抜刀していたのだ。見えなかった。それに刀の人は仰向けになっているサユキさんを踏みつけている。


 どうやってそんな姿勢に…………何が起きていたのか理解できないけど刀の人はとどめの一撃を入れようとしていた。


 握られていた短剣は、もう手元にない。どこかに落ちているというようなこともない。


 周囲を見ても何もない。


 外傷は見られないけど、だめだ。このままだとサユキさんが死んじゃう。


 コクっと頷くように目をつぶり涙を流していた。


「だ、だめ……だめ!! いやだ!」


 ハルバードを手に取る。もう止まってなんていられない。動かなきゃ、間に合わなくなっちゃう。


「レナ!」


 『だめだ』と言うようにサユキが言う。


「?!」


 なんで……?


 振り下ろされようと空に向けられた刀までは遠い。この長い槍がとても短く感じる。


 もう、遅い。


 何もできない。


 どうしたらよかったのかな。


 なんでこうもうまくいかないかな。


 なんでこんな目に合わなくちゃいけないの? 助けてよ。


 もう誰でもいいから……助けて。


「悪いな」


 静かに男の言葉が聞こえる。強い風が吹く中ですんなりと……


 もう、嫌だよ────黒い何かが私の心を覆う。


 何もできない無力感。


 目の前で仲間が傷ついているのにどうしよもない絶望感。


 そして────もう未来はないとでもいうような悲しさ。


 気が遠くなっていく。






 


 瞬間、赤い稲妻のようなもの目の前を走った。

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