第1話 -最後の月曜日-
ピピピ!ピピピ!ピピピ!ピピピ!
古めかしい目覚ましの音と共に目覚める。目の前にあるのは、最近見慣れ始めた天井だ。
夏の陽気も収まりつつある熱さの消えきれてない10月始め。
月曜日、朝7時。
土日にゆっくり寝ていた体がまだ起き上がりたくないと駄々をこねる。
しかし、仕事に行かなくてはいけないのだと眠い目を擦り体を1階の洗面所へと歩かせた。
すこしぬるま湯になった水を顔へと運ぶ。
体に鞭を打つように顔を洗い、タオルを手に取り拭いた。
白縫 春人
22歳
独身
職業、大型ドラッグストアの店員。
朝食を食べに台所へと向かい飲み物を出す。テーブルの上には作っておいてくれた朝食が並んでいた。
大根のお味噌汁を温め、ご飯をお茶碗に盛り付ける。
おかずは至ってシンプルで味付けされてない焼き鮭と大根おろし、ほうれん草のおひたしだ。
「さて、いただきます」
炊いたばかりのご飯とお味噌汁の匂いが食欲を掻き立てる。
味付けのされていない焼き鮭に醤油を垂らしそれをおかずにご飯を食べる。
醤油と合わさった焼き鮭の香ばしい香りが口全体に広がり、塩気がご飯を欲するように手がお茶碗へと誘いこまれる。そして、家で採れたほうれん草のおひたしは、鰹節の風味が際立ち旨味とほうれん草の味が醤油とよく絡み食欲を刺激する。
うん、美味しい。
一般的に朝食は、食べない人が多いと聞くが白縫家では朝食を摂る。
いつもは父と母、弟が食卓につくのだが父と母は農作業に出ている。それに弟は、遅い夏休みのため友達と旅行中だ。
ここへと越してくる前まではバラバラに朝食を摂っていたが父も脱サラし農業を始めたおかげか精神的に余裕ができたらしい。母もなんだか前より気楽に過ごしているため、このような生活が送れている。
「ごちそうさま!」
朝食を終え、食器を片付ける。
台所の洗い場へと持っていき使った食器を洗う。
食器を洗い終わって仕事へと向かうため身支度を済ませに自分の部屋へと行くのであった。
大学を出て特にやりたいことも見つからずどうしようかと近場の求人を漁っていたところたどり着いた職業だ。
少し興味のある学部だったし、大学へ行けばなにかやりたいことでも見つかるだろうと思い進学した。
結局のところ、とくにやりたいことも見つからず元々やっていた学部とは程遠い職業についた。
この仕事は、お給料が高いわけでも、働く環境が別段良いわけでもないが何もやらないよりは良い。
生活にメリハリは出る。
それに人間関係は良いと思うしやめる理由はない。
ここで農作業の手伝いでもしようかと考えたが何分、生まれてこの方、そんなに体力があるわけでもなかった。
そのため手伝うという選択肢を一旦捨ててとりあえず働き始めた。
モチベーション。
そんなものはなくとも日々仕事から疲れて帰り、お風呂に入ったり、ゲームしたり、遊んだり、家の手伝いをしたりして寝る。
ただそれだけ、それだけの生活に充分満足していた。
好奇心が薄いのだろう。
そんな人間に彼女がいるはずもなく東京にいた友人とも疎遠になっている。
友人ができるなんて本当に不思議な場所だ。
私服に着替えと荷物、鍵を持ち玄関から出る。
「さあ、仕事へ行くか」
顔を洗って朝食を食べても尚、若干残る眠気を払うため声にした。
天気は晴天、空気はこころなしか澄んでいる。
絶好のサイクリング通勤日和だ。
通勤手段は車ではなく自転車。今日は晴れてるため気持ちよく自転車をこげる。
神社の前を横切ろうとした瞬間、矢で射られたかのような頭痛がした。
その場で少しうずくまり痛みが治まるのを待つ。
しばらくすると幻聴のような朧げで何を行っているのかはっきりと聞き取れないが透き通ったような声が聴こえてきた。
「……ろ」
なんだ?
それどころじゃない、頭痛が痛い。
その痛みに対して余裕ではないがボケをかますような思考を春人のしょうもない性分みたいなのは捨てきれないんだなぁ、などと思いながら痛みに耐える。
「……け」
再度声は聞こえる。
だが、なんなのかさっぱりわからない。
すると強い風が吹き一瞬にして頭痛が収まり声も聴こえなくなった。
「なんだったんだ?」
最近巷では、偏頭痛に突然見舞われる症状が流行っている。
そのため頭痛薬が異常に売れてるのだが、ひょっとしたら自分も変な病気でもうつされたのかもしれない。
今はなんともない体に少し違和感を覚えつつ、また痛くなったら病院にでも行こうと考え、その場を後にする。
畑にいる両親に行ってくると挨拶を済ませ自転車に乗り片道20分の職場へと多少の運動がてらこいでいく。
仕事場へとつき裏手にある従業員用の出入り口から入る。
「白縫君おはよう~」と声をかけられる。
髪はきっちりとした七三分けに整っていて少し独特の黒縁のメガネをかけている。
キリッとした雰囲気の外見ではあるが、どこかおっとりとしたような声が正反対の印象を覚えさせる。
なんだか声優さんが声でも当ててるのではないかと錯覚するようなギャップにとらわれるが、ここの職場の薬剤師である佐々木 朋昭先輩だ。
「佐々木さん、おはようございます」
「眠いねぇ、この歳になると朝は応えるよ~」
「この歳ってまだ25歳じゃないですか」
「人間って25からなんだか衰えたなぁって感じるのさ」
「白縫君も覚悟しとくといいぞぉ?」
「そんなものなんですかね」
朝のあいさつを済ませたあとに他愛のない会話しながら更衣室へと入る。
更衣室へ入ると丸い眼鏡と出てきたお腹が特徴的な鏡に向かいながらバーコード状の髪型をセットしている中年男性がいた。
このお店の店長だ。
「おはようございます」
「おはようございます~」
「ああ、おはよう。さあ、今日も頑張ろうか!私は先に開店の準備してるからはやく着替えて来るんだよ? もう仕事は始まってるのだ!」
「はい」
「はい~」
店長は、バーコードの髪型をセットし終わり、いつもの小言ではなく張り切りながら更衣室から出ていく。
「なんか張り切ってるねぇ」
「なにか良いことでもあったのですかね?」
「いい感じに髪型が整ったりでもしたのかなぁ?」
「そこはいつもきれいですもんね」
この時間から出勤する従業員がだんだん多くなってきた。
「よし 準備完了~ 俺は先に行ってるねぇ、あ! 午後の品出し一緒にやることになったからよろしくねぇ」
「わかりました。後でよろしくおねがいします」
着替え終わり、二人の仕事が始まった。
こうして何気ない日常が始まる。
朝起きて、顔を洗って、朝食を食べて行ってきますを言う。そして仕事して帰って寝る。今日のような穏やかな日常が今後も続いていくと信じていた。
あの大地震が来るまでは……