第二話 静寂の影
「未だ混乱から抜け出せない人もいるだろうが、まずはステータスと口に出し、自らのステータスを見て欲しい。何を言っているんだと思う者もいるかもしれないが、我々は異世界転移してい待ったようだ!この未曽有の事態を乗り越えるためには自分たちの能力を正確に知る必要がある。私事ではあるが私の職業は君主級、剣豪将軍だった」
機内は再びざわめきを取り戻す。怜の職業に驚く者、妬む者。自分のステータスを見て喜ぶ者、嘆く者、その表情はまちまちだ。そんな中、士郎たちは密談を再開していた。
「おい、君主級って俺の一つ上だよな?」
「そうだ。教師ではなく、獅子堂が前に出て来たのはあいつの方が優れていたからだろう。つまり、教師陣営は全員君主級未満だ」
まあ、まだ可能性の話だが、と最後に付け加え、考えを纏めるために右手を顎に添え少し俯き、思考に没頭していく。その様子を見て、鉄志は仕方ないとばかりに首を振り、耳を澄ませて情報集に取り掛かった。
(君主級未満、か。ありえない話ではないが、虚偽の申告をしている者がいる可能性がある。それを見破るには鑑定持ちである必要があるが、格上の階級には通じない可能性が高い。複数持っている可能性もあるしな。最悪、詐欺師系的な職業持ちがいたら、隠蔽できる可能性が極めて高い。俺のスキルの中で隠蔽が出てくる可能性が高いのは隠密、か)
【“隠密”をアンロックしますか?】
突然、頭の中で響くような声が聞こえ、驚き口元がピクリと動くがそれだけに留め、自身の動揺を鎮める。その些細な表情の変化を鉄志は捉え、一瞬訝しげに士郎の様子を窺うが、すぐに現状を思い出し、元の作業に戻る。
(・・・ああ、アンロックしてくれ)
【“隠密”がアンロックされました】
隠密Ⅰ
五感妨害 0
生命遮断 0
魔力遮断 0
隠蔽 0
スキルポイント:19
五感妨害:他人の五感に捉えられにくくなる。
生命遮断:生命感知系のスキル・魔法に捕捉されにくくなる。
魔力遮断:魔力感知系のスキル・魔法に捕捉されにくくなる。
隠蔽:自らの気配や実力などを隠蔽する技能。また、ステータスを隠蔽することもできる。
(五感妨害に二、生命遮断、魔力遮断に一、隠蔽に三だな)
隠密Ⅰ
五感妨害 2
生命遮断 1
魔力遮断 1
隠蔽 3
スキルポイント:12
(まずは職業を隠蔽するか。取り敢えず、静寂の影は隠蔽しておこう。達人級もあれば舐められることもないだろう)
職業:
(万魔の起源 Lv1)隠蔽中
(人狼の孤王 Lv1)隠蔽中
静寂の影 Lv1
(よし、これで問題ないな)
「おい、何か情報はあったか?」
横で情報収集を行っている鉄志の方を向かずに小声で声をかける。すると、鉄志は首肯し、身体を少し士郎側へと寄せる。
「ああ、今のところ下級が多いように聞こえるな。達人級は本当にたまにって感じでそれ以上は今の所、会長と俺を含めて五人ってところだな。それと、二個持ってる奴がいるってのもちらほら聞こえたぜ。それにしても、異世界に来てから耳が良くなったみたいだぜ。それで、そっちの方は如何だ?」
「こちらからは二つ。まず一つ目、スキルを開放するのに必要なのは一ポイント、その際に開放の確認アナウンスが流れる。もう一つはステータスを改竄・隠蔽できるスキルがある」
「マジかよ・・・それじゃあ、虚偽申請する奴も出てくるって訳か」
お前とかなっと目線を送るが、当たり前だ、とでも言うように鼻で笑われる。勿論、そんなので頭に着たりはしない。小学校までなら癇に障っただろうが最早慣れた、いや、鉄志もそんなことを気にしないくらいには大人になったということだろう。
そんなやり取りをしていた時、鉄志がふと思い出したように廊下側の席にいるもう一人の幼馴染―白崎 姫の方へ顔を向ける。そして、深々と溜息を吐いた。
「なあ、こいつっていつまで寝てるんだ?」
「知らん。ただ、そいつが一度も寝ずにこの旅客機に乗ったのだって奇跡だったんだ、今日中には起きんかもな」
「・・・何で幼馴染ってやつはこうなんだ」
天を見上げ、この世の不条理を嘆く。彼の嘆きは正当なものと言わざる負えない。何故ならば、鉄志の二人いる幼馴染は片や“唯我独尊”、片や“白雪姫”という異名を獲得している有名問題児である。嘆くだけで済んでいることの方が驚愕に値する。
「諦めろ」
「・・・・・」
元凶の一人に諫められるという摩訶不思議な状況であろうとも彼がめげることはない。何故ならば、いつものことだから。起こすべきか悩んだが、結局は姫の身体を名前を呼びながら揺らす。流石に体を揺らされれば、体を捩じらせ、変な姿勢になっていたせいで凝り固まった体を動かすのが憂鬱なのか、首だけ鉄志の方へ向け、一言。
「・・・ん、セクハラ」
「起こしてやったのに第一声がそれかよ!?」
善意からの行動に対しての暴言に思わず大声を出してしまう。だが、ざわめきも収まってきた中での大声は周囲の注目を集めてしまう結果となった。
「えーと」
「おい、速くこの状況をどうにかしろ。俺まで恥ずかしい」
「・・・私も」
「お前が元凶な!?」
幼馴染の間でいつものやり取りが行われている間に何事かと注目していた生徒たちは「ああ、またこいつらか」とでも言うように各々の事に戻っていく。
一部、変態的に姫を見ている者もいたが士郎が人睨みすると視線を背けた。その様子を鼻で笑い、自身も自分の事へと没頭していく。
機内のざわめきがひと段落したのを確認し、怜は己の席から立ち上がる。それだけで機内は静寂に包まれていく。修学旅行についてきた教師が同じことをしてもこうはならないだろう。それほどまでに獅子堂 怜は生徒たちから人望を集める存在だった。
「全員、自らの職業を確認したようだな。それでは、それを鑑みて何か意見のある者は居るか?」
囁き声すら聞こえず、静まり返っている機内で手が一つ挙がる。士郎だ。そして、怜が指名する前に立ち上がり、幼馴染の前を通り、通路へと出る。
「暗殺者系の達人級だ。機内に籠っていてもいつまでも状況は好転しない。外へ偵察に出る。異論も静止も結構だ」
その言葉に唖然となる機内で教員の一人が立ち上がる。神経質そうな顔に眼鏡をかけ、更に神経質に見える長身の中年男性―数学教師の田中 和成だ。真面目な話をする前に眼鏡の位置を治すのは彼の癖だ。
「月城君、だったかな。この状況でそのような勝手は「勝手だろうが必要なことだ。行かせてもらう」ッ!月城君!!」
勿論、教員の静止で止まるようなら問題児として有名になったりなどしない。その言葉を無視して通路を進んでいく。そこに立ちふさがったのは当然の如く怜だった。
「我が校の生徒を見す見す危険な地に行かせるわけにはいかないな」
「・・・ハァ」
溜息を吐き、隠密を意識して発動させる。一瞬で視界からいなくなった士郎に怜は驚愕する。その間にこの世界に来て上昇した身体能力をフル活用して機内の壁を蹴り、三角跳びの要領で会長の後ろの通路に降り立ち、一気に出口まで走り抜ける。
怜が驚愕から戻り、後ろを振り返った時には既に旅客機の扉を開けていた。
「日が沈むまでには戻る」
旅客機から跳び降りると、巨木の幹に着地し、跳躍することを繰り返し、地上に降りる。足の痺れがない確認した後、手を見つめながら閉じたり開いたりし、改めて強化された自分の肉体の身体能力に驚愕する。
(凄まじいな。だが、未知の場所の探索に出るのに空手を習っていたとはいえ、殴る蹴るしか攻撃方法がないのはな。人狼化というものを使ってみたくもあるが、ここは汎用性を考えて影だな)
【“影”をアンロックしますか】
(ああ)
【“影”をアンロックしました】
影Ⅰ
影操作 0
影の牙 0
スキルポイント:11
影操作:ある一定の範囲において影を操作することが出来る。範囲は発動者を中心とした半径五メートル×レベルの円。
影の牙:ある一定の範囲において影から複数の牙を生み出し、相手に噛みつく。範囲は発動者を中心とした半径五メートル×レベルの円
(影操作、影の牙に二ずつだな)
影Ⅰ
影操作 2
影の牙 2
スキルポイント:7
(これでよし、身体能力はまだ上げなくてもいいだろう。後は追いつかれないようにさっさと移動するか。追いつかれると何かと面倒くさそうだからな)
一度、自身の降りて来た巨木を確認する。大きい、高さは五十メートルほどはある。旅客機は根元から十メートルほどの位置で固定されている、というよりは後ろ半分を取り込まれているというのが正しいだろうか。
下級の連中は降りられるのか?という心の籠っていない心配をしてから士郎が隠密を使うと、空を飛ぶ鳥からは突然人が消えたように見える。実際には士郎は森へと悠々と歩いて行っているのだがそれに気が付ける者はここにはいない。
(森の中なら身体能力がどれくらいなのか調べても問題ないだろう。問題があったとしても知らん)
森の中に入り、走り始める。地面は落ち葉で覆われ、苔むした倒木や岩もちらほら見える。人の手が加わっているとは思えないが、獣道らしきものは所々で見受けられる。肉に困ることはないだろう。更には食べられそうな果実も見受けることが出来る。
(豊かな森だな。だが、五クラス分の生徒+αを養える続けられるかどうかは分からないな。それに、それだけの食事を用意するのは一苦労どころの話ではない。早々に見切りをつけて出て行くべきだな)
本人的には軽く走っている程度だが時速四十キロほどは出ている。更には歩き慣れていないはずの森に既に適応し、足に余計な負荷がかからない様に走ることが出来ている。これは、士郎にとってもうれしい誤算だった。
(職業柄なのか知らないが、“適応”スキル無しでこれだけの適応力があるならば、どんな場所でもそれなりに生きていけるだろ。ただ問題なのは毒性のあるものとないもので見分けられないことだな。鑑定持ちが居れば解決する問題だし、ある程度食べられるものとそうでないものを見分けられるようになるまではあいつらの周りにいた方が良いな。それと、その間に“適応”スキルのレべリングだな。出来ればⅡまでにはしておきたい。ただ、現状レベルアップで何ポイント貰えるか分かっていない以上、スキルポイントは温存しておくべきだな)
それから数分後、森の中をを走っていると、水の音が聞こえ、そちらの方向に急転換する。それからさらに数分後、川幅五メートルほどの川が流れている場所に出た。士郎は太陽の位置を確認するために近くの木の上へと昇る
(ふむ、太陽の傾きから見て旅客機の左後ろ方向が南と言ったところか。それと反対方には山脈、つまり、あの山脈があるこちら側を北と定義すると、ここは大体北東、直線距離ならさっきの速さで六分ほどといったところだな。これを近いと考えるか遠いと考えるかは獅子堂に任せればいいだろう。水場の情報があれば、俺の独断専行を責めるのは難しい。取り敢えず、目標達成。―ッ!)
水場の確保に喜んでいたのも束の間、強化された聴覚が草木と何かがすれる音が大きくなってきているを感じ取り、何者かの接近を伝える。音の発信源を射程に入れるために無言で森へと近づいて行く。
(はあ、俺は間抜けをさらしていたんだか、水場に生き物が集まるのは道理だろうに。そして、この状況はレベルアップのチャンスでもある。職業の階位が高すぎて上がらないなどという不祥事が起こるかもしれないが、ここで出てきたやつは確実に殺す。殺せなければ、この世界で強くは成れない)
「ギギ、グギャ!?グギャギャ!?ぐg」
その影をとらえた瞬間、対象が何であれ木の下から出る前に影を操り、拘束した。仲間を呼ばれぬように口も塞ぐ。足を縛られバランスを崩して転んだところで更に地面に影で縫い付けた。獲物が暴れても逃げられないことを確認してから近づいて行く。その獲物を見て士郎は思わず顔を顰める。
「これは、ゴブリンか?」
気味の悪い緑色の肌に醜悪な顔立ち、子供のような小柄の体格。ファンタジー定番モンスターゴブリンだった。士郎とって未知の生物が興味深くないのかと聞かれれば、否と答えるが、興味深さよりも気色悪さの方が勝っている。幼馴染に女性がいるのであれば尚更だ。一度身内とすれば、何かと甘い士郎にしてみれば何があろうとも駆除対象だった。
(ふむ、駆除対象だが数が欲しいな。ゴブリンを何体倒せば達人級がレベルアップするのか確認したい)
「ギギギ!」「グギャギャ?」
(なるほど、三匹で行動していたのか。丁度いい)
後から来た二匹もあっと言う間に地面へと縫い付ける。多少の体格差はあれどもどれも醜い緑色の小人だ。士郎が殺すことをためらう理由はない。
「“影の牙”」
「グ!・・・ぎゃ!・・・・・ギg」
最初に捕まえたゴブリンの身体に影から出て来た牙が食い込み、その命を奪った。ステータスを見るがレベルアップをしているようには見えない。もう一匹も殺す。断末魔さえ上げ上げれず、くぐもった声を上げのその命を散らす。それでもレベルは上がらない。そして、最後の一匹にも死の牙が突き立つ。息の根が止まるのを確認した後に士郎はステータス画面を確認した。
「よし!」
喜びのあまり声が出る。
職業:
万魔の起源 Lv1
人狼の孤王 Lv1
静寂の影 Lv2
スキルポイント:11
別段何かで知らせるということもなく、レベルは上がった。そして、スキルポイントも四増えている。
「ふう、特に何も感じなかったな。直接手を下していないからか、それとも職業柄なのか。まあ、それはおいおい考えていくとするか」
まだ、日は天高く昇っている。であるのであれば、戻るべきではない。士郎は探索を再開した。
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