第一話 転移
面倒だ、そう思いながら旅客機の窓から眺める青き空は彼にとっては子供が描く空の絵と大して変わらぬ価値しかなかった。かつてこの世界は神秘と自由に溢れていた。人の手の届かぬところから人を見下ろす天空、果てなど何処にあるかもわからぬ母なる海、氷に閉ざされ人が足を踏み入れることを躊躇する極寒の大地。権力や金といったものは無く、あるのは力の強弱が支配する野蛮で自由な弱肉強食の世界。それら全ては今や昔の常識だ。天空に住まう神や世界各地で恐怖をばらまいていた魔物も実在していた、していることを信じている者は今となっては数少ない。人の英知により神秘は駆逐された。今あるのは規則でガチガチに固められた息苦しい人が創り出した鳥籠の中の世界だけだ。そんな世界が、彼―月城士郎は嫌いだった。
士郎の性格を一言で言うなら合理的で無愛想。ただし、士郎もこの世界で生きていくには人との縁は切れないし、うまく世を渡るためにはある程度の人脈が必要だとわかっていたので、人助けを良くする。だからこそ、無愛想でもクラスで浮くことなく溶け込めていた。だからと言って、彼が人と関わるのが好きだとは限らないが。
「相も変わらず、表情がねぇ奴だなぁ。もうちょっとくらいこの景色に感動してもいいんじゃないか?」
窓の外から視線を外し、そろそろ寝ようとしていたところで声を掛けられ、イラっとしつつ士郎は自らの左隣へと視線を向けた。近藤 鉄志、身長は182.6cm、がっしりとした筋肉の塊と表現しても怒られないであろう体格、本人に言えば怒られるだろうが。だが、顔は整っているので女子生徒からの人気は高い。そして、士郎の小学校からの友達(士郎曰く、腐れ縁の知人)即ち幼馴染だ。
「・・・そんな必要はないだろう」
そう言って寝る体制に入った友人を見て思わず額に手を当て、溜息を吐く。その短髪の頭をかきむしり、普段使わない筋肉で出来た脳を使い、普段通り幼馴染の悪癖を治す方法を考える。
(この無愛想さと無関心さをどうにかすれば、顔も良いし、もっと友達ができると思うんだがなぁ。本当にどうしたもんかねぇ)
これは、彼らの普段が崩れ去る三十分ほど前の出来事だった。
「ぐっ!」
慣性に従い前に進もうとした体がシートベルトによって無理矢理押しとどめられた衝撃で士郎は目を覚ました。最悪の目覚めであったことは言うまでもない。
(着陸前には起こされるって話だったし、不時着でもしたのか?)
ただでさえ面倒だったことがさらに面倒なことになったと溜息を吐き、周囲を見回す。ベルトのお陰で席から落ちていないものの上半身を前に投げ出して気絶している。機内には床に倒れている人はおらず、全員椅子に座った状態で気絶している。他には何人か驚いて周りを見渡している生徒がいたり、隣の生徒を起こそうとしているものもいた。
(あいつらは俺と同じように寝ていたんだろうな。それにしても、ショック態勢を取るような指示は無かったぞ?)
「おい、外がなんかおかしいぞ!」
それにつられて士郎も窓の外に視線をやり、目を見開く。見渡す限りの森、森、森、更には、窓に顔を張り付け、機体の様子を確認すれば、巨大な機の枝が期待に絡みつき、支えているのが分かる。地球ではまず見ることの敵わないほどの大きさの巨木に窓から外の様子を窺った者たちは言葉を失う。士郎も例外ではなかった。
(馬鹿な・・・!旅客機を取り込んでまだ余裕があるだと!?そもそも、こんな巨大な鉄の塊を完全に固定して支え続けるだけの強度を持つ木なんて地球上にはないはずだろ!?)
「これって異世界転移じゃね!?」
「ひやっふーーーーーーーー!!!」
「嘘でしょ!!何で電話がつながらないの!?」
俄に騒がしくなる機内、疑問、興奮、恐怖、歓喜、憤怒、様々な感情がこの場を混沌としたものにしていく。ここまで騒がしくなれば、気絶していたものも起き出した。
「うげ、頭が痛いし、周りはうるせぇ、寝起きとしては最悪だぜ・・・」
側頭部に手をやり、軽く頭を振って未だ寝起きの影響が残っている頭を覚醒させる。自分とは違い体の線の細い士郎が無事なのの確認し、鉄志はホッと胸を撫で下ろした。
「それは同感だ。・・・それと、如何やら異世界転移したらしい」
「嘘だろ!?」
異世界転移、その言葉に胸を躍らせる者の数は少なくないだろう。そして、士郎もその中の一人だ。
(異世界、まずは文明レベルの確認と僕のこの世界でのスペックを知る必要がある。もしこの世界が力が尊重される世界でそれなりの力を僕が持っていた場合、格上若しくは恩人以外に対して気を配る労力を減らすことが出来る。この世界が異世界であるのであれば、ぜひとも未知と神秘に溢れていて欲しいものだな)
退屈な日常からの脱出への可能性、それが士郎が興奮している理由だった。彼は本を読むのが好きだ。何故なら、本を読んでいる間は別世界の事を疑似的に体験しているような気分になれるし、知識とは武器に、情報とは命に等しいものだからだ。よって、士郎が読む本の種類は多岐に渡る。異世界転移系のライトノベルももちろん読んでいた。それ故に創作に出てくる異世界の設定もいくつか知っている。
(異世界にはいくつか種類がある。その一、文明レベルが地球よりも遥かに高い世界、所謂SF世界。その二、物理法則などは地球と同じだが何かしらの特殊能力や魔法・魔術が存在する世界、ローファンタージー。世界の法則等が地球とは違い、ゲームのようにステータス等がある剣と魔法の世界若しくはステータス等は無いが超人のような連中がいる剣と魔法の世界、どちらもハイファンタジーの一種。個人的にはゲームのような世界であった方が自分がどれくらいなのかが分かり易くていいんだが、それを確認するには)
「えっ、無視かよ!?」
「(ステータス)」
誰にもばれぬように静かに呟かれた一言は、隣から聞こえる雑音のお陰で周囲に聞こえる心配はなかったが確かに世界に影響を与えた。目の前に表示される画面に内心興奮しつつ、もう一つ確認すべきことを確認するために隣の腐れ縁の知人へと声をかける。
「なぁ、周りの連中が五月蠅くてしょうがないから何とかする方法を考えてくれないか?」
「唐突だな!?いや、頭脳労働は士郎の得意分野だろうが!?俺は肉体労働派だぞ!」
「・・・・脳筋め」
「ひでぇ!?」
無視され、無理難題を吹っ掛けられ、貶されとまさに踏んだり蹴ったりだがこれも日常的と言えば日常的であったためか、泣きはしなかった。変な奴だなと呟く鉄志の言葉を聞き流し、思考に没頭していった。
(如何やら、ステータス画面が他人に見られることは無いと考えて良いな。となると、気を付けるべきは鑑定系スキルということか。まあ、今は良いだろう。そんなことよりステータスの確認をしないとな)
名前:月城 士郎
職業:
万魔の起源 Lv1
人狼の孤王 Lv1
静寂の影 Lv1
生命 C
生命量Ⅶ
生命力 0
体力 0
自然回復力 0
免役 0
知覚Ⅲ
五感 0
直感 0
気力Ⅰ
気力貯蔵 0
気力生成 0
気功Ⅰ
気力収束 0
気力強化 0
体内操作 0
体外操作 0
生命変換強化(灰色)
魔力 C
魔力量Ⅶ
魔力容量 0
魔力生成 0
魔力操作Ⅰ
魔力収束 0
魔力強化 0
体内操作 0
体外操作 0
魔素変換強化(灰色)
物攻 F
筋力Ⅳ
白筋量 0
赤筋量 0
潜在能力Ⅰ
馬鹿力 0
物防 G
耐性Ⅲ
打撃 0
斬撃 0
刺突 0
異常状態耐性(灰色)
魔攻 H
魔法強化Ⅱ
魔法操作 0
魔法適正 0
魔法習熟(灰色)
魔防 H
魔法耐性Ⅱ
火属性 0
水属性 0
風属性 0
土属性 0
光属性 0
闇属性 0
器用 G
巧みⅢ
習熟速度 0
身体操作 0
武術Ⅱ
柔術 6
刀術 4
拳闘術 5
その他(灰色)
俊敏 F
俊敏性
瞬発力 0
柔軟性 0
体幹 0
職業スキルツリー:
因子(灰色)
適応(灰色)
学習(灰色)
人狼化(灰色)
孤高(灰色)
王(灰色)
暗殺(灰色)
隠密(灰色)
影(灰色)
スキルポイント:20
称号:
転移者
巻き込まれた者
・職業:種族レベルのない人類種のみが持ち得る魂の適性と階位を表すもの。その多くは人類種が地力を持ってできるものになるが、極稀に魔物や魔獣と言われるものの種族を職業として出てくるものもいる。それらは“魔人職”と呼ばれる。また、複数持っているものもいる。階級は下から、下級、中級、上級、達人級、聖級、君主級、伝説級、幻想級最上級、超越級がある。
・万魔の起源:魔物に分類されるものの起源にして、ありとあらゆる種族の因子への適性を持っており、それを取り込み、利用することが出来る今は亡き究極の混合魔獣。超越級の中でも一、二位を争う汎用性と適応力を持つ。高い生命力と魔力を持つがその他は因子頼り。
・人狼の孤王:一匹狼でありながら、王としての資格を持つ孤高の人狼。その強さは他の人狼の王を凌ぐ。君主級の中でも突出した俊敏と物理攻撃力を誇るが魔防・魔攻においては聖級にも劣る。
・静寂の影:微かな音も立てず、陰に潜む暗殺と護衛の熟練者。彼の者の居場所を見つけるのは達人にしても至難の業。達人級の中でも優れた俊敏と器用さを誇るが、職業柄、その防御面は中級レベル。
・転移者:世界の壁を越え、別世界に降り立ったものに与えられる称号。自身のステータスの操作が可能になる。
・巻き込まれた者:別世界へ何者かが召喚された時、巻き込まれて召喚された者に与えられる称号。異世界言語理解、所得経験値増加。
(ふむ、細かいな。見たところ各項目の一番最初に来ている分岐項目がランクにかかわってきているようだな。初期のスキルポイントは二十、予想だが達人級が四、君主級が六、超越級は十と言ったところだろうな)
「「「「ステータス、キッターーーーーーーーーー!!」」」」
「うお、な、何だぁ!?」
チッと舌打ちを漏らす音が所々で聞こえた。勿論、士郎も舌打ちした。今声を上げたのは士郎たちのクラス―二年八組のオタク集団だ。黙って置けば、同類から白目で見られることもなかったかもしれないが、過ぎてしまったものは仕方がない。士郎は名前も顔も覚えていないそいつらに小一時間程説教をしたくなったが、まずは目の前で自らにジッととした目線を向けてきている面倒ごとに対処することにした。
「・・・おい」
「・・・何だ?」
「お前、ステータスがあるって知ってたのに言わなかったのか?」
「何故知っていたことが確定しているんだ?」
表情をピクリとも動かさず、首を傾げる。そのせいで嘘をついているかどうかわからないが、鉄志とてもう何年もこれと付き合ってきているのだ。嘘をついているかどうか喰らい察することが出来る・・・多分。
「白々しいぞ、士郎。さっき、お前も舌打ちしてたろ」
「チッ、聞いてたのか。」
「舌打ちされた!?」
「喧しいな。・・・はぁ、それで何が聞きたい?言っておくが俺がステータスに気が付いたのもついさっきの事だぞ」
知人の五月蠅さに顔を顰めたが、面倒くさそうに質問を促す。士郎の性格上、このような緊急事態であっても相手を無視するという選択肢を取ることが多い。つまり、質問を自ら促すということはそれだけ士郎が相手を気遣っている証拠、何だかんだ言って幼馴染を大切にしているのだ。
「ステータスを出すのってどうやってやるんだ?」
「まあ、妥当な質問だな。ステータスは出したいという意思があり、大なり小なり声を出せば出てくる、というのが今のところ判明していることだな。もしかしたら、意識するだけで出せるかもしれないが・・・それはやってみてくれ。それと、ステータス画面は他人には見えない。開示する手段があるかもしれないが相手が誰であろうと容易に開示するのはお勧めしないな。何しろ「情報は命だからな、だろ?」・・・そうだ」
言いたいことを先に言われたことに若干の不満を覚えつつ、知人(親友)がしっかりと今の状況での情報の貴重性を理解しているようで安心する。士郎が説明している間に「ステータス!」という声が聞こえ始め、再び、喜怒哀楽が機内に溢れかえる。
「おっ!おい、意識しただけで出てくるみたいだぜ」
「そうか・・・それで、どんな職業だった?」
「おい」
「情報料だ」
ジト目を向けてくる幼馴染にさも当たり前のように対価を要求する。情報は命、ならば情報には必ずその対価が必要、それが士郎の信条だ。
「わぁったよ。ほら、耳貸せ」
返事はせず、耳を鉄志へと近づける。そこに鉄志は口を手で囲み簡易的な盗聴措置とし、士郎の耳周りにそれを当てる。
「聖級、聖域騎士、オールラウンダーのタンクって感じだ」
「なるほど、確かにタンクに向いた体格をしている」
「まあ、ラグビー部だからな」
「全員静粛に!!」
騒がしい機内に不思議と澄んだ声が響き、雑音が消え去る。獅子堂 怜、二年八組の纏め役のような存在にして生徒会長。鶴の一声で混乱を鎮める程のカリスマ性を持つ、定期考査学年五位以内常連で剣道の全国大会で一位を取った文武両道な侍ガール。身長は177.5cmで、その黒髪は高い位置で白い紐で結っている。彼女の登場により、混乱と同時に一部の生徒たちの密談も終了となった。
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