第3話「勝利なき予定調和」
とんだ博打にのっちまったもんだ。
KTO戦艦と、極々少数の副兵装に限定していたとはいえ撃ちあってしまった。一発の弾丸の敵意は、巨大な禍根になるぞ。
だが『事故』としてKTOが処理してくれた。キビ王国政府は、あの艦ーー日蝕号ーーを賠償に手打ちというには寛大すぎる処遇で、蒸し返さないつもりらしい。
「どうすっかなぁ」
カフェでミルクコーヒーを嗜みながら思考するのは、数少ない楽しみだ。カフェ“アダムスファミリー”の雰囲気とは気があう。マスターにはコーヒー飲め、ていつもやんわり注意されるが、俺はコーヒーとミルクは1:1派なのだ。砂糖はたっぷり、ガムシロップはノーサンキュー。
「いた!山中君だ!」
「戦争犯罪人じゃない」
「違うよ、あれは事故だったんでしょ?」
「えぇ……でもでも、軌道上で対艦兵器使ったんだよ。私達危うく死んでたかもだよ」
使ってねーよ!
偶然通りかかった知り合いの話を聞いていると、手をかけていた机の縁がミシミシと音をたてた。
そんな擦れ違いが、何度も繰り返された。厄日だ。七篠についていったのに後悔はない、あれは確実に死んでた。
キビ王国も潮時かな……。
居心地が悪い。
今の時代の何が良いって、簡単に星系外に引っ越しできることだ。人間が数億人も変われば雰囲気も変わる。ただ……何人か、変わって欲しくないと足枷になっているのは、惚れた弱みか。
「山中君!」
「うおっ!?七篠、どうしたんだ」
「探したんだから」
「なんで」
「そりゃ、一緒に戦った友だからだね」
当たり前のように七篠は、燃えるような髪と胸を揺らして対面を占拠した。
「KTOが日蝕号のクルーを募集してるみたいだよ」
「へぇ」
「真面目に聞いて。また乗らないかって誘いなんだから」
「お前なぁ、戦艦は戦争なんだぞ、死んじゃうんだぞ」
「若さの迷いかも。でも、クローンて期待に応えないといけないじゃない。見つけた気がするのよ、生きる場所を」
七篠の目は輝いていた。どうしようもなく。
「もう少しよく考えることだ」
俺は、ミルクコーヒーが半分になったマグカップを回しながら、
「学園生活は上手くいってないのか?俺と違って、七篠は不便ないだろ。もう少し当たりや威圧感を抑えれば、なに美少女なんだ。彼氏ができて、青春をーー」
「大切なことだってのはわかってる。私がとんでもない道に進もうとしているのも。でもね、やっと見つけたんだ、て初めて思えたの。これはずっと考えてたこと。考えて、決断した」
「……他に同士は?」
抑えられない、か。
「他のクローンも何人か。ひとクラスぶんくらいの人数かな。日蝕号を動かすには充分な数を集めてる」
「用意がいいな、七篠も、その他も」
「戦艦勤務て、クローンが多いから」
「それで俺にもお誘いを、か。俺はクローンじゃないけど」
もう一度乗れる、乗れてしまう。『期待』に震えかけた腕を膝に回した。ゲームと同じに楽しんでる、ゲームとは違うのに。
「なら俺はもう少し考えよう。最後の学園の空気を噛みしめながらな」
ミルクコーヒー代を払い、葉桜の並木通りに出た。後ろからは七篠が続いた。新しく舗装されたばかりの道は平らであるし、風の代弁をしてくれる葉桜の声とあいまって、散歩には心地が良い。
「あっ、イモムシ飛んできた」
「ふんっ!」
風に煽られただけなのだろう、枝から肩へと落ちた虫の幼虫は、七篠に叩き落とされた。
「こっわ……」
「害虫よ」
「もっと生き物に優しくして」
少しだけ考えた。
KTOの募集に顔を出してもいいかな、て。日蝕号に乗れるから、てのもあるが、カッコいいからだけではなかった。その後に待っているものに暗い、そして輝いてしまえるものを心待ちにしている自分がいるのがわかる。
キビでは、戦争はとても悪いことと教えられる。学校という機関では、最初から最後まで、平和だけを説く。だから俺のが異端、俺は……死にたくはないはずなのに……楽しめてしまう。
本物ならば、この罪を戒められるか?本物の恐怖なら、断ち切れるのだろうか。
「よし決めた!俺もKTOの募集に応募するぞ!」
「早かったね。でも嬉しい、無敵のコンビだ」
「無敵て言える実績なんてないだろ」
「作っていこ、これからね」
とんとん拍子とはこのことか。KTOの募集に集まった人間は全員が採用され、当然のように日蝕号へと配備された。
若い、学生ばかりみたいだ。
大人は、KTOから派遣されてきた軍人だけか。こっちは熊みたいな大柄な男で、歴戦の兵士感がある。美人な女士官殿はいないらしい、少し残念だ。
士官服の、ピチピチであろうお尻を、這いつくばって観測してみたかった。
「フォークストン大佐である」
だ、そうだ。足音から予測する体重が生体部品だけでは釣り合わない、改造人間か、あるいは純粋なサイボーグか。アンドロイドという線も充分にありえる。フォークストン大佐は金属部品を多く持っているらしい。
フォークストン大佐の長い話を纏めると、私は期待しない、余計な判断で勝手に動くな、各自で練度を高めるよう努力し疑問点を報告しろ。シンプルだ。学校の先生みたいな雰囲気で崇めろ、というわけである。
支給されたKTOのクルースーツは、当たり前なのか、ニューカーマイン正規宇宙軍と同じものだった。ちょっと笑ってしまった。
「各自で考えて行動してみろ、と大佐殿からお達しがあったわけだがーー」
俺は中央制御室に集まった、今ひとつ先がわかっていない連中に話しかける。確認は大切だ。とても大切だ。
「日蝕号ーーあぁ、この艦の名前だーーを動かせないと話にならない。そして動かせてるだけでは意味がない。誰よりも速く動かすんだ。その為には、何をするべきだ?」
「訓練、ですか?」
「お前、日蝕号の何を知ってる?」
手を挙げた、優等生ぽい子が黙り込む。
「黙り込むな」
「何も知りません」
「良いぞ。皆んな、彼女が模範のひとつだ。間違いでも、答えを出さなければいけない。そして間違った答えも素早く修正して対応すること」
「はい!」
「そこの阿保っぽい奴」
「阿保!?えっと、日蝕号のあれこれ知る為に、艦内見学を具申?します」
「よろしい!班分けは各自で決めろ。受け持ちを考えて、行動スケジュールを組め。1000kmの巨艦だ、遊園地のつもりで遊んでると、一生かかっても何も見えないぞ」
俺はパン、パン、と手を叩いて解散させた。やることは山のようにある。ただ幸いなのは、思ったよりもやる気と、他の戦友候補に好感触があることか。
「七篠は艦内見学に行かないのか?」
「君は?」
「質問に質問を……いいけども」
俺はコンソールを叩いて、日蝕号に必要な人員の振り分けを考えた。人間がいるのなら、配置する。KTOがわざわざ無人艦を有人艦にしたいのは、そう期待しているからだろう。
変な反感をKTO側、もっと言えばフォークストン大佐に抱かれたくはない。
「日蝕号はまだ何も決まってない。産まれてもいない。だから、血を通わせてやらないとな」
「あの娘は使わないんだね」
「あの娘……あぁ、AIか。最適なんだろうが、おんぶに抱っこだと失望されるぞ。俺達はなんで乗ってる?バラストじゃない。共存できる能力、これが大切だ」
「楽しそうで私も嬉しいね」
「俺が?最善を尽くさないと、て考えてるだけだ。その為には、まずは遊んでいる人間を無くす!それと、間違っていないか、また間違っているならどこに向かわせるのか、色々考えないと、迷子になっちまう。皆んな手探りなんだからな」
「じゃ、山中君はトップで見てて。私はーーうん、やっぱり自分で探さなきゃね」
「ひとりで大丈夫なのか?」
「はぁ?誰に言ってるの」
「ご容赦を」
俺は両手を挙げて降参した。
「一応言っとくけど、他の人達との親睦も大切だからな」
「わかってる!もう、心配しすぎ」
肩が当たっただので、喧嘩しなきゃいいけど……そんな不安を胸に、俺は七篠の背中を見送った。
日蝕号か。
管理していると思うと、一国一城の主の気分だ。同時に相応の責任がある。まずは俺自身が日蝕号に誰よりも詳しくないとな。