第1話「敗戦国の一市民」
王国軍事同盟、というらしい。
縮めればKTOだ。
俺は、俺の暮らすキビ王国がこのKTOに降伏するのだというニュースをぼんやりと聞いていた。
負け戦だ、全面降伏。
キビ星系の外側では艦隊戦があったそうだが、遠くすぎて実感が湧かない。何より敗戦国だから、今日からKTOの奴隷というわけでもない。ただ、代行防衛費として、キビ王国政府に幾らかの金をせびる……あとは外交に細々とした制約と、それだけ。
市民生活には大して影響はなかったりする。
いや、1%くらい税金があがるかも、なのかな?
「ラジオ聞いたか、山中。敗戦だよ、敗戦」
「うるっせーな、知ってるよ、唾を飛ばすな」
興奮気味の友人の頰を叩き、無理矢理口先を捻じ曲げる。ぶぎゃ、と間抜けな声があがった。
友人の声は大きかったが、オープンテラスの人混みでそれを聞いている人間はいなかった。皆んな、これからが気になっているし、政府発表を聞き逃さないようラジオにかじりついている。
俺は、ふんっ、と鼻を鳴らし
「今更慌てて何になる」
「でもさ、大変なことだろ?」
「戦艦二隻が撃沈されたことがな」
「うん?そりゃ、戦争に負けたんだからそうだろ」
「今時の戦艦は1000kmを超える、有人惑星に落ちただけで全生命絶滅レベルの巨艦なんだぞ。一日や二日で沈むものか」
「だが政府発表じゃ、防衛能力を失ってやむをえず降伏するて言ってるぞ」
「そう、轟沈した、とな」
「うんん?」
沈むわけがない短時間で、『沈んだことになった』艦が二隻だ。
「キビはKTOと内通して、戦艦二隻を裏取引で、てのは面白いと思わないか?」
「まさか!」
俺が陰謀論を披露しようとした瞬間、視界の隅に小さい女の子が走るのが見えた。どの女の子よりも、頭二つは小さい背丈で、赤毛は肩より上でスパッと水平に切り揃えた髪型だ。
「ありゃあ……七篠烈花だ」
「七篠ちゃんが?また喧嘩でもしにいくのかな。彼女、気性が荒いから」
「いや、なんか違う感じだ」
小さくても目立つ。キツイ顔つきと、見た目サイズと反比例する威圧感と態度の大きさは間違いない、彼女だ。
「ティーパーティーは悪いがーー」
「ーーさっさと追ってこい、山中」
「すまん」
俺は頭を下げ、七篠の小さな背中を追った。あの馬鹿は、思い込めば何でもやりかねない。俺の右眉が真っ二つになったのは、七篠の馬鹿のせいだ。……命が賭けられるようなことじゃなければいいが。
人混みをかき分けながら、七篠を探す。チビすぎてどこにいるのかわからない。だが、頭の中では大体の予測と結果を出せた。違う、違う、この道か。
舗装された道を走り、エレカーー電気自動車だーーに轢かれかけながらも、七篠の手を捕まえることに成功した。
「七篠、またおっかないことをたくらんだ?」
「なによ、離してくれる?」
「そうはいかん。きりきり吐け、俺がしつこいのは知ってるだろ」
「はぁ」
七篠は深い溜息をこれみよがしに吐いた。ふふん、残念ながら俺はそれしきで怯みはしないのだ。
「あー、なんか、あんたの顔見てたら頭冷えてきた」
「では赤毛のお嬢様、お茶をいっぷくするお時間をくださりませんかね」
七篠の赤いセミロングが風にすかれ、シャンプーの匂いを運んだ。新しいのに変えたらしい。不機嫌そうな顔で見あげる七篠は、ちょっと可愛いかった。
茶屋“オトツキ”はお茶だけでなく、それに合う菓子もだす普通の茶屋だが、少し違うのは、菓子職人としての色が店に濃いことか。
俺は厚ぼったい水饅頭の冷たさとプルプルとした舌触りを楽しみながら話をした。七篠は栗羊羹を切っていた。彼女の好みだ。
「新造艦を奪って星系を脱出しようとしたのよ」
「……は?」
「山中、間抜け顔やめて。聞きたかった私の計画だよ」
「いやいやちょっと待て、新造艦なんてどこにある。キビには戦艦が二隻でーー」
「ーーところが三隻めがいるんだよね」
「仮に真実だとしても、軍事機密だろ」
「あぁ、父がその新造艦に移る予定だったんだ。でも、ニュースじゃ乗ってた艦は沈んだって」
「それは……」
フェイクニュースの可能性が高い、と俺が言い切る前に七篠が言葉を挟む。
「復讐よ。戦艦を奪って、一隻くらい沈めてやらなければ気が治らない!」
「変わらず馬鹿だなぁ。俺のこの眉、お前のせいで三つに増えたからな」
右眉を真っ二つにする傷を撫でた。
「仮に七篠がその新戦艦に乗れたとしてだ。どうやって一人で動かす?他の乗員はどこだ。それに飛ぶとしても、弾薬や燃料は?都合よく補給されているわけないだろ。あと、奇跡的にキビを脱出できたとして、その後は?戦艦も人間も、そこにいるだけでいろんなもんを消費するぞ」
七篠が唸るように地団駄した。言い返せないことをぶつけたとき、彼女がやる、正しいけど気にいらない!のアピールだ。子供かお前は。
「とはいえ、KTOの戦艦と戦う、か」
「おっ?一口乗ってくれる?」
「ばーか」
俺は七篠の額にデコピンを打った。けっこう本気の一撃で、七篠が唸る。……頭蓋骨が合金なのかな?デコピンした指が折れるかと思った。
「KTOだなんだで、正式に呼びかけに応えた国はまだ声明されてない。となればKTOの戦艦というのは、ニューカーマインのヘラクレスⅰとヘラクレスⅱ、ヘラクレスⅲだ」
「そうなの?」
「お前て奴は……そうなの!」
喧嘩売る相手くらい知っておいてくれ。
「あるいは都市伝説だが、対地球艦隊の戦艦用に極秘建造したというネオスか」
「なにそれ」
「でっかい無敵戦艦」
「なるほど。わかりやすい」
本当?
「対するうちの、キビのドッグで建造された戦艦は、サイズ的に従来とそう差はないはずだ。となれば1000kmという制約……制約?がある。武装は信頼と実績のある陽電子凝集光砲を一門、あとは単極子散弾やら装甲侵食ミサイルやら諸々の化学推進兵器てとこじゃないか?」
つまり、旧式で新型とタイマンして勝てという話だ。無謀だな。
「勝ち目はない」
「本物を確認したの?」
「してない、が新型艦といえどいきなり数世代を飛び越すなんてありえない。旧来型とどっこいかなぁ少し上くらい程度だろう」
「なら一緒に見に行って確かめればいいじゃない。で、勝てそうなら協力するって約束して」
「あのなー、なんでそんなに死に急ぐの」
理解に苦しむ。
七篠は唇を強く噛んでいたが、それも、ふっ、と緩んだ。
「……じゃ、諦める」
「それが一番。一緒に生きていきましょ」
「栗羊羹、半分食べる?」
「いただいちゃう。うん、美味しい。オトツキの栗羊羹は最高だ」
平和は尊いが、無限に転がっているわけではない。貴重なレアい状態なのだ。進んで破壊する趣味も流石に、七篠にもないだろう。栗羊羹食べられなくなるし。
「ちょっと待て。どこに行く」
「奢り、違う?」
「いやそこじゃない」
お茶と栗羊羹と水饅頭のキャッシュは支払いを済ませた。俺のキャッシュで。
「お前の家と真逆に行こうとしているのが気になる」
「デパートに買い物だよ」
「その先には宇宙港しかないぞ」
「宇宙にあがるのも悪くないかなって」
「……ドックの場所はわかってるのか?見学に行くだけか同行だ」
「面倒臭いことするわねぇ」
「おら、きりきり先導しろ」
「イッタ!?お尻蹴らないでよ!」
「っぶねぇ!?ハイキックのそれ、頚椎砕ける勢いだぞ」
宇宙港からエレベーターをあがり、七篠の迷いない足のおかげで、俺の知らないドックを見下ろした。宇宙に浮かぶ巨大構造体の、肋骨のような仕組みの中には、1000km級の巨大な戦艦が抱え込まれている。明らかにキビ王国の新造戦艦だ。
「驚いた。本物だ」
「なに?私を疑ってたわけ?」
「そうじゃないが……いや、半信半疑だった」
いったい誰が建造の指示を?
本当にキビ王国政府が……。
「陽電子凝集光砲が単装じゃなくて、三連装になってる。でもそれを支える反応炉はどこにあるんだ。単純に三倍の出力がいる筈だぞ」
「よくわかんないけど、技術の進捗?てのじゃないの」
「七篠、お前は100km走れないが、明日までに走れるようになれ、と言われて完走できるか?」
「無理だね」
僅かな沈黙は、真っ赤に染められた照明と放送で終わらされた。