09 ジョイント外し
赤い騎士が伸ばした手を、白い墓標が軽く払っただけで、肩から外れて飛んでいってしまった。
視界の隅で、高くあがる水しぶき。
その場にいた一同は一瞬、なにが起こったのかわからず、呆然と立ち尽くしたまま。
信号機のような騎士トリオの頭上に映ったフェイスは、酸素の足りない金魚のように口をぱくぱくさせていた。
彼らが口パクしていたのは、驚きのせいだけではない。
ゴーレムのウィスパー機能で会話をしているので、声が外に届いていないためだ。
『な……なにが、どうなってんだ……!?』
『腕が、吹っ飛ぶだなんて……!?』
『墓標の、一撃で……!?』
しかし彼らは悪い夢を振り払うように、ブルルッと顔を振った。
『くそっ! 整備士のヤツが、腕の部分の整備をミスりやがったんだ!』
『そうだな! そうとしか考えられねぇ!』
『でなきゃ、あんなに軽く払っただけで、ジョイントが外れるわけねぇもんな!』
この世界における二足歩行のゴーレムは、巨大な人形のような形をしている。
平たくいえば、巨大ロボットである。
各部位を構成するパーツは、ネジ留めなどの物理的な力ではなく、魔力によって接合がなされている。
平たくいえば、電磁石のような力である。
これにはメリットがいくつかあり、可動領域が物理的な制限を受けず、またパーツどうしが接触していないので、稼働時の音が静かになる。
そして何よりも、コクピット操作で腕や脚などを切り離すことができるので、メンテナンスが容易となるのだ。
今回の、腕が外れてしまった事態については、信号機トリオは整備不良ということで納得する。
しかし、納得のいかなかったものが、ここにひとり。
そう、ネクローである。
彼は、コクピットの中で首を傾げていた。
――おかしいな……?
軽い牽制のつもりで『ジョイント外し』をやったのに……。
『ジョイント外し』というのは、彼が田舎にいるときに身に付けたテクニックのひとつ。
相手の機体に対し、腕や脚などのパーツに外側に向かうような力を加えてやると、そのパーツを切り離すことができるというもの。
説明だけだと簡単そうに見えるが、達人クラスの腕前がないとできない芸当である。
真剣による居合い切りで相手を真っ二つにするような、一瞬のタイミングと絶妙な力加減を必要とする、幻の秘技のひとつであった。
しかしそんな知識すらこの世界には残っていないので、もはや現存する『ジョイント外し』の使い手は、ネクロー少年ひとりだけとなってしまった。
それが見事に決まったというのに、彼は納得がいっていない様子。
――僕が墓守をしていた墓地には、英霊と呼ばれるゴーレム乗りばかりが眠っていた……。
その霊が納められた墓標が毎日のように暴れ出すから、外に出ないように僕とジッジで鎮めていたんだ……。
『ジョイント外し』も、その霊たちから教わった技だけど……。
初歩の初歩すぎて、墓地では誰も引っかからなかったんだよね……。
いまここにいる騎士たちは、僕よりも……。
ううん、その霊たちよりもずっとずっと強いはずなのに、なぜ……?
なぜこんなにあっさり、引っかかっちゃったんだろう……!?
その答えは実に単純明快であった。
『彼らが英霊の足元にも及ばないほどに、とても弱いから』である。
しかしネクローの思考は、そっち方面には向かわない。
気を取り直して再び向かってくる、三色騎士たちの足取りを見て、ハッとなってた。
――この、ひょこひょこした歩き方は……!?
もしかして、『オートバランサー』……!?
自分の力じゃ立てない赤ちゃんが使うような機能を、なんでわざわざ使ってるんだろう……!?
『オートバランサー』というのは、人間が歩く際に無意識に取るようなバランスを、ゴーレムに提供する機能である。
たとえば倒れそうになったら、特に操作をしなくても勝手に足が動き、踏みとどまってくれるのだ。
現代の車で例えるなら、パワーステアリングなどと同等。
二足で立つゴーレムにおいては、絶対になくてはならない必須機能のひとつである。
もしオートバランサーがなければ、ゴーレムはまともに立つことすらままならないだろう。
しかしネクロー少年は、生後1歳を過ぎたあたりからオートバランサーを一切使っていない。
赤ちゃんがつかまり立ちを卒業するように、自分だけの操縦テクニックで立つようになったのだ。
――オートバランサーを使っていると、思うような足の運びができなくなる……。
これはもう、足を狙ってくださいと言っているようなもんじゃないか……!
そしてさらなる誤解が誤解を生む。
――そうか! わかったぞ!
そうやってわざと、足を狙うように誘ってるんだ……!
そして僕が足を狙った瞬間に、オートバランサーをオフにして……。
見違えるような動きで、手痛いカウンターを叩きこむつもりなんだ……!
僕が墓守をしていた墓地にも、同じようなヤツがいた……!
オートバランサーをオトリに使う、ゴーレム乗りの霊が……!
あ……危なかったぁ!
全力で足を狙いにいってたら、とんでもないことになってた……!
そして少年は確信する。
なにひとつ正しくない、確信を……!
――やっぱり……!
この人たちは、強い……!
墓地で戦ってきた、英霊たちよりも……!
そして僕なんかよりも、ずっと……!
しかし少年は臆さなかった。
最強のゴーレム乗りを目指す彼にとっては、強敵と戦えるのが、何よりもの喜びだったからだ。
全身の血が勢いよく巡りだし、全身の毛が逆立つようにぞわぞわする。
もういてもたってもいられなくなって、コクピットの座席から立ち上がり、前のめりになった。
――よぉし! それなら胸を借りるつもりでやるぞっ!
このまま、誘いに乗ってやる!
相手の誘いに乗ったふりをして、どう出るかを見せてもらうんだ!
ジョイント外しの軽い足技であれば、相手のカウンターが来ても、なんとか対応できるはず……!
ネクローは意を決すると、またしても手を伸ばしてきている赤い騎士に向かって、ローキックを放った。
それは、先ほどの払いのけと同じ、軽い牽制のつもりだったのだが……。
……スパァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
またしても、クリティカル・ヒット……!
真剣による一刀両断、ふたたびっ……!
今度は足が、身体から離れていき……。
腕が落ちたのと同じ温泉めがけて、どばしゃん。
腕に続いて片脚までもを失ってしまった、赤い騎士は、バランスを崩し……。
……どがっ、しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!