05 ポインポイン准将
新しい技能を得て、上機嫌のネクロー。
墓場のように静まりかえった整備倉庫の中でひとり喜んでいると、ふと、影のような少女に気付いた。
カルフール王国正規軍の証である、深緑の軍服。
平らな胸には大きすぎるくらいの階級章と略綬をぶら下げた少女が、この世に未練があるかのように佇んでいる。
この倉庫で死んだ幽霊と見紛うほどであったが、透けていなかったのでネクローはすぐに気付いた。
「あっ、ポインポイン准将。僕になにか用ですか?」
すると、少女は地層のように刻まれた眉を、さらに深く寄せる。
「准将の自分が、無等兵のあなたに用なんてあるわけがないわ」
「そうですか」
ネクローは特に傷付く様子も、そして雲の上ほどの上司を前にしても、居住まいを正すことなくモニターに注意を戻す。
「でもせっかくこうして通りかかったのだから、立ち話くらいはしてあげなくもないわ。ネクロー無等兵はどうして、4PPに志願をしたの?」
まるで質問を用意してきたかのような話題の速さだったが、ネクローは再び顔をあげて彼女を見た。
「ジッジが、若い頃に4PPにいたって聞いたからです」
「ジッジ?」
「あ、おじいちゃんのことです。ジッジと僕はアービッツで墓守をしてたんですけど、ジッジが『あっちの世界』に行っちゃって」
「他界したのね」
「はい。僕はジッジの後を継いで墓守をするつもりだったんですけど、それまで守ってた墓地が王国の管理になっちゃったんです」
アービッツの墓地が王国管理になったことは、ポインポインも知っていた。
少女の眉根がさらに寄ったが、少年は気付かなかった。
「それで、追い出されちゃって……。することもなくなったので、墓守の次にしたかったことは何だろうって考えて」
「……それが、祖父と同じ道を辿るということだったのね」
ネクローの祖父が4PPにいたということは、かつては死刑囚だったことを意味する。
しかしそのことは、ポインポインは口にはしなかった。
「はい。ジッジはすごいゴーレム乗りで、僕の目標でしたから」
「祖父とあなたは、その墓標に乗って墓守をしていたというわけね」
「そうです。ジッジのにはぜんぜん及ばないけど、このフーゴもかわいいもんでしょう?」
「フーゴ? もしかしてあなた、墓標に名前を付けているの?」
「はい、ここに書いてあったので、それを名前にしました」
ネクローはコクピットから立ち上がると、フリップアップしていたボディの外装を、手で掴んで降ろした。
少年が愛用している墓標は、白磁のようなエナメルホワイトであったが、ボディの片隅だけはナイフで引っ掻いたような傷がついている。
そこには、
ForGo
とエンボスの文字があった。
しかし判読できるのはそこまでで、あとは削り取られている。
それを目にしたポインポインは「Forgotten(忘れられた)……」とつぶやく。
「すごい! なんて書いてあるか、読めるんですね!?」
少年がことさら驚いてみせたので、少女は満更でもない様子で息を吐いた。
「ふぅ、墓標に掘られている文字なんて、どうせそんなところでしょう。それよりも、墓標に名前を付けるだなんて、本当に変わってるわね」
この世界の一般常識としては、墓標というのは使い捨てである。
しかも1回きりのものに、名前を付けるなど考えられないことであった。
それは言うなれば、鼻紙に名前をつけてかわいがるようなものだ。
しかしネクローにはその感覚がわからないようで、「そうですかぁ?」と首を傾げている。
ポインポインはなぜか、その仕草がどことなく愛らしく感じてしまった。
すると、
「あ、その顔!」
急にネクローが、コクピットから指さしてきた。
「……なに?」
「その、眉間にシワのない顔のほうが、准将はかわいいですよ! ほら、フーゴみたいで! ねっ!?」
それは少年なりには褒めているつもりだったのだが、ポインポインの眉間は、まるで揺れた反動でひび割れた陶磁器のように、
……ビシリ!
と落雷のようなシワが刻まれてしまった。
彼女はそのままプイと背を向け、無言で去っていく。
「あれ、ポインポイン准将?」
ネクローが声をかけても、振り向くことなく。
しかしその決然とした背中が、不意にピタリと止まると、
「ふぅ、4PPは明日も任務でしょう。夜ももう遅いから、早く兵舎に戻りなさい」
いつもの冷たさを持った声が、背中ごしに響いた。
「あ、僕は、食事とトイレ掃除以外は兵舎に入っちゃ駄目だって言われてるんです」
「……そういえば、あなたは『無等兵』だったわね。では、どこで寝るつもりなの?」
「はい。だから僕は、フーゴの中で寝ることにします!」
「……墓標の中で寝るの?」
「ええ。田舎にいた頃から、ずっとそうでしたから」
「本当に、変わってるわね……」
カルフール王国の軍の階級は、『二等兵』から始まる。
しかしネクローの所属している4PPは正規軍ではない。
管理している隊長職以外はいわば民兵のような扱いなので、階級というものが存在しないのだ。
そのため、少年には急造で作られた『無等兵』という、最下級の二等兵よりも、さらに下の階級が与えられた。
『無等兵』は軍から食事のみ支給され、それ以外は何も貰えない。
どれだけ戦果を挙げても報奨どころか、勲章も昇進もない。
しかし少年は、全く気にしていなかった。
なぜならば彼が軍にいる目的は、それらの地位や名誉ではなく……。
祖父をこえる、立派なゴーレム乗りになることだったからだ……!
――我がカルフール王国軍において、たったひとりしかいない階級……。
それは、『国王』だけだったのに……。
彼のせいで、そうではなくなってしまった……。
最高の司令官である『国王』……。
最低の兵士である『無等兵』……。
どちらも唯一唯人で、しかもそれ以上の昇進はない……。
しかし両者は似ても似つかわない、『最高』と『最低』……。
前者は誰もが求めるというのに、後者は誰も望まない……。
そう、まるで墓標のように……。
そんな立場に、自ら進んでなりたがるなんて……。
……本当に、変わってるわね……。
でも……。
「兵舎でシャワーくらいは使わせもらえるよう、頼んであげるわ」
少女はそうつぶやくと、夜の闇に紛れるのように、少年の前から消えていった。