04 成長
軍法会議から解放されたネクローは、そのまま同施設内にある軍病院を訪れていた。
看護婦に尋ねて向かった病室には、並んだベッドがふたつ。
どちらにも全身を包帯でグルグル巻きにされたミイラのような人物が横たわっていて、どっちがどっちだかわからなかった。
ネクローはふたつのベッドの間に立ち、ミイラに向かって頭を下げる。
「あの、小隊長、副小隊長。僕のせいでこんな大怪我をさせてしまって、本当にごめんなさい」
すると2体のミイラは、急に電池を入れられた電動のオモチャのように、
「「ムガー! モゴー!」」
とヒトデのような四肢をじたばたさせて、くぐもった声をあげた。
「この病院に来る前の道で、道端にキレイな花が咲いていたから摘んできたんです。どうぞ」
ネクローは手にしていた2輪の花を、死者に手向けるように胸の上に置いた。
ミイラたちはなおも暴れているので、花は胸の上でぴょこぴょこ弾む。
「「ムガー! モゴー!」」
ふたりとも何を言っているのかさっぱりだったが、リアクションからして怒っているようだった。
ネクローはしょんぼりしたまま、彼らに報告する。
「さっき、軍法会議が終わったんです。どうやら僕、殺しちゃダメなモンスターを殺してしまったみたいで……。任務説明のときに何も言われなかったので、つい殺してしまったんです。でも軍人なのであれば、察しなきゃいけなかったんですね」
「「ムガー! モゴー!」」
「だって小隊長と副小隊長が洞窟の最深部にいるのに、その途中にいるグリフドラゴンが生きているということは、おふたりはグリフドラゴンを軽くあしらって進んだということになりますよね」
「「ムガー! モゴー!」」
「さすが、小隊長と副隊長ですね。僕なんて急いでたから、ジャレつかれてつい殺してしまったんです。冷静になって考えたら、殺しちゃダメだってわかるのに……」
「「ムガー! モゴー!」」
「僕も今日から軍人になったのですから、おふたりのように思慮深い人間になりたいと思います! どうかこれからも、僕にいろんなことを教えてくれると嬉しいです!」
「「ムガァァァァァ! モゴォォォォォ!」」
それだけは嫌だと大暴れするミイラたち。
しかしネクローはそれすらも勘違いする。
「えっ、軍法会議の結果ですか? まわりの人たちは、大笑いして許してくれました。なんでみなさん笑っているのかわかりませんでしたけど、とにかくよかったです。あ、でもポインポイン准将だけは、ぜんぜん笑ってませんでした。無表情のまま、僕に兵舎のトイレ掃除を半年命じられました」
「「ムガァァァァァ! モゴォォォォォ!」」
「あっ! でもいいことも言われたんですよ! 明日から僕、第12隊に転属ですって! これって、昇進ですよね!?」
ネクローが志願した『4PP』は、新人はまず第13隊に配属されるルールになっている。
ここで、ほぼすべてといっていい者たちが、初任務で殉職する。
絞首台の縄が途中で切れて助かったような、まずありえない運を発揮できた者だけが、ごく希に生き残ることがある。
そうやって、初任務を全うできた者は昇進と称し、ひとつ上の第12隊に転属となる。
これには、軍上層部の思惑が働いていた。
それほどの強運を持つ死刑囚なのであれば、より分けておいて、もっと重要な任務に就かせたほうが役に立つだろう、と……。
しかし上層部にとっての重要度が変わるだけで、送られる任務の死にやすさには変わりはない。
それでも、重要な任務というのはそうそう起こるわけではないので、隊のナンバーが若くなればなるほど、出動の機会は減っていく。
第1隊に所属する死刑囚たちは、いわば『超強運』の持ち主であるといえよう。
彼らは国家の存続を揺るがすような一大事に際して送り出され、満を持して死んでいくというわけだ。
そういう意味では、ネクロー少年はたしかに『昇進』したといえる。
彼は笑顔で報告を続けた。
「それで軍法会議が終わった後は、みなさん大慌てで出ていきました。なんでも、巨人族が出てきたとかで」
「「ムガァァァァァ! モゴォォォォォ!」」
「僕のいた田舎ではジャイアントなんて珍しくなかったんですけど、こっちの都会じゃ珍しいみたいですね! カブトムシみたいなものでしょうか? あっ、ってことは……! はは~ん、わかりましたよ! ここでは、ジャイアントも殺しちゃいけないんですね! どうですか? 大当たりでしょう!?」
ムグムグモガモガ絶叫する上司たちを前に、伝説巨人をカブトムシ呼ばわりする少年。
彼は夏休みの宿題を一足早く終えた小学生のように、得意気に胸を反らしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
上司のお見舞いと兵舎のトイレ掃除、そして食堂での夕食を終えたネクローは、所属する『4PP』の整備倉庫の中にいた。
野球でもできそうなだだっ広いその室内には、無数の墓標がずらり並べられている。
しかし、整備工場とは名ばかりであった。
墓標はどこの国でも使い捨てなので、修理できる資材や機具どころか、整備士も存在しない。
与えられた任務を運良く生き残ったとしても、乗っていた墓標どころか、乗り手すら五体満足であることは希である。
この整備工場の門をくぐって帰還する者はひとりもおらず、タンカに乗せられて医療刑務所へと直行。
そこで最低限の治療を受けた後は、再び墓標に詰め込まれる……。というわけだ。
不気味なほど静まりかえった整備工場のなかで、ひときわ目立っていたのは、純白の墓標。
黒いカラスの中に鳩が迷い込んだような光景。
その白亜の墓標のなかに、ネクローは座っていた。
前方にあるキャノピーを全開にして風通しを良くして、目の前にあるモニターを覗き込んでいる。
そしてひとり、色めき立っていた。
「……すごい、すごいよフーゴ! たった1回の任務に出ただけなのに、もう1ポイントも貰えてるなんて! 田舎にいた頃は、1年で1ポイントがやっとだったのに……! ジッジの言ってたとおり、軍隊で働くのはすごくいい経験になるんだなぁ!」
『フーゴ』というのは、彼が乳母車がわりに赤子の頃からいっしょに暮らしてきた、この愛機の名前である。
墓標というは、動力もよくわかっていない謎のゴーレムであるが、実戦経験を積むことにより技能ポイントが与えられる。
そのポイントを利用して機体のパワーアップや、新たな機能や兵装を得ることが可能となっている。
ようは人間のように、『成長』していくのだ。
しかしこの世界で流通している、一般的なゴーレムはそうではない。
動作を制御している魔法術式、いわばソフトウェアにあたるものを更新するか、機体を構成している物理的な要因、いわばハードウェアを強化しなければ、機体性能が向上することはない。
なぜ墓標だけが、そのような仕様になっているのかはわかっていない。
というかそんな機能があることすら、この世界の人間はまだ知らずにいる。
なぜならば、墓標のモニターに表示される古代文字を、誰も読めないからだ。
ここにいる、もはや唯一となってしまった、少年を除いて……。
彼は目の前で踊る幾何学模様を前に、心まで躍らせていた。
手に入ったスキルポイントをなにに使おうか、ケーキ屋のショーウインドウを覗き込む子供のように、モニターに前のめりになっている。
「よしっ、これにしよう!」
彼が喜び勇んで大理石の盤面を叩くと、
……ぱぁぁぁぁぁぁ……!
宵闇にまぎれた妖精のように、フーゴの全身がほのかに光り輝いた。