03 もしかして、殺しちゃダメなヤツでした?
血と鋼、力と剣によって支配されていたその世界において、それは唯一理知的なものであった。
世界にあまねく存在する、土や火や風や水。
そこに宿る精霊の力を引き出し行使する、『魔法』。
その魔法は火の玉や光の矢を撃ち出すほかに、電気やガスなどの暮らしを豊かにするためのエネルギーとしても使われた。
さらには、『魔導』と呼ばれるカラクリ装置を動かす動力としても用いられた。
『魔導装置』の筆頭とされるのは、『魔導人形』と呼ばれる巨大な人形。
このカラクリ巨人によって、人々はさらなる大地を開拓し、また奪い合った。
ゴーレムには主に、3つのタイプに分けられる。
与えられた命令に沿って行動し、簡単な作業をこなす『自律型』。
人間の遠隔装置によって動き、複雑な作業もこなせる『遠隔型』。
人間そのものがゴーレムに搭乗し、より人間に近い行動が可能となる『搭乗型』。
後者にいくほど、より高等であるとされている。
そして搭乗型のゴーレムというのは、パワーによって5つの階級に分けられている。
身分によって、搭乗できるランクの制限があるのだ。
皇帝や国王などの絶対権力者が、己の力を誇示するために搭乗する、『神籬』。
絶対権力者に付き従う騎士たちが、戦争のために搭乗する、『騎士』。
騎士たちに支配される一般市民が、農耕や漁猟のために搭乗する、『召使』。
一般市民に酷使される奴隷が、鉱山で土を掘るために搭乗する、『奴隷』。
そして、奴隷すらも見向きもしない、『墓標』。
厳密には、最後の墓標だけは魔導人形ではない。
世間的には、『走る墓標』とされている。
なぜならばこの墓標だけは現代魔法によって作られたものではなく、太古の権力者のものと思われる墓所から発掘されたものだからだ。
動力は不明。
インターフェースも、もはや読める者がいない古代文字なので、動かし方も不明。
学者たちの研究により、基本移動などの最低限の操作だけは究明されている。
機体は金属ではなく、陶器のようなものでできているので転ぶだけで粉々。
この世界の墓標も陶器でできていたので、それと相まって、これは大昔の墓標だと断定されている。
そんなものが兵馬俑のように、無数に地中に埋まって発見されてしまったので、時の権力者たちは利用法を考えた。
それで生み出されたのが、この墓標に死刑囚を乗せて、危険な任務をさせようというものである。
陶器の乗り物などドラゴンの一撃どころか、ゴブリンの投石にも耐えられるか怪しいところ。
しかし出力だけは並のゴーレム以上にあったので、世界各国では、死刑囚の更生を大義名分とした特殊部隊が設立されていた。
カールフル王国にある、正規軍には属さない部隊『4PP』もそのひとつである。
死刑判決が下された囚人を強制的に配属させ、あとはオトリが必要な任務などに送り込む。
そうすれば、死刑執行人も不要で、しかも汚れ仕事はすべて任せられ、そのうえ正規軍の被害を最小限に留めることができる。
さらに地面を掘ったら出てきたゴミも、有用に使える……と、いいことづくめであった。
そのカールフル王国の死の愚連隊、4PPにちょっとした異変が起こっていた。
言うまでもないだろう。
あの、少年である……!
初めての任務を終えたネクロー少年は、さっそく軍法会議にかけられていた。
「あの、まさか補給物資が爆発物だなんて思わなくって……。だから急いで引き返して、黒焦げになった小隊長と副小隊長を救出して脱出したんです」
証言台の中で、軍服がわりの囚人服に身を包んだ少年が、戸惑うように肩をすくめる。
通常の囚人服は赤色の横縞のボーダーなのだが、彼は本当の囚人ではないので特別製。
縦縞の、ブラックとダークグレーのボーダーは、葬式の鯨幕をさらに不幸にしたかのよう。
死神すらも葬送しそうなほどの不吉さがあった。
だがその顔はまだあどけなく、14歳の相応の……いや、それよりもいくぶん幼く見える童顔であった。
身長も、平均より低いだろうか。
こんな幼い少年が軍法会議にかけられるのは、滅多にないことである。
しかしそんなことよりも驚きであったのは、証言台よりも壇上にあった。
なんとそこには、少年と同じくらいの歳の頃の、少女が鎮座していたのだ……!
彼女はひととおり少年の供述を聞き終えたあと、大きな溜息をついた。
「ふぅ、まさか4PPの囚人を審問する日が来るとは、思わなかったわ」
老婆のような白髪のおかっぱ頭に、死に化粧を施したかのような色白の顔。
顔立ちは整っているが、メガネを忘れた人みたいに眉根を寄せたジト目のおかげで台無し。
彼女も立派な軍人である。
しかしその、深緑の軍服よりも、真っ赤な吊りスカートを履いて学校の怪談にでも登場していたほうがしっくりくるような少女でもある。
「そんな! ポインポイン准将! 僕は囚人なんかじゃないです!」
「わかっているわ。だからこうして審問しているのでしょう。ネクロー無等兵が本当の囚人であれば、とっくに銃殺刑よ」
「ううっ……!」
「そうなりたくなければ、重要なことはすべて包み隠さず供述すべきね」
「えっ? 僕は大事だと思われることは、ぜんぶ話しましたけど……」
「嘘。ネクロー無等兵に与えられた『補給物資運搬』の任務には、大きな障害があったはずよ。それが話の中に含まれていないわ」
「……障害? ああ、忘れてました! 途中で道が二手に分かれてて、迷っちゃったんです!」
「そのくらいの分岐で迷うわけがないでしょう。いえ、そんなことはどうでもいいわ。障害というのは、もっともっと大きなものだったはずよ」
「え……? そんなもの、あったかなぁ……?」
本気でわからないといった様子で、首を傾げる少年。
しかし少女はそれを演技だと思い、またしても息を吐いた。
「ふぅ、いまさら何を隠す必要があるのかしら。まあいいわ。ネクロー無等兵のせいで隊長と副隊長は任務が遂行できなくなってしまったから、いま『中古の太陽』に別働隊を派遣しているの。その者たちが帰還すれば、あなたが隠している真実も明らかになることでしょう」
……バァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
蹴破られんばかりの勢いで、法廷の扉が開いた。
ハッと注目が集まるそこには、戻ったばかりの別働隊たちが立っていた。
彼らはぜいぜいと肩で息をし、まるでエイリアンの死体でも目撃してしまったかのように、瞳孔が開きっぱなし。
そしてこの世の終わりに立ち会ったかのような声で、こう叫んだのだ。
「た……大変ですっ! ぐ、グリフドラゴンが、グリフドラゴンがっ! 死んでいましたっ!!」
どわっ! と沸き立つ法廷。
「グリフドラゴンが、死んだじゃと!?」
「そんな、何千年も生きるドラゴンが、途中で死ぬなんてありえん!」
「そ、それが、病気などで死んだのではなく、殺されていたんです! 首を捻られて、一撃で!」
驚愕の事実に、さらなる叫喚が噴出する。
「ぐ……グリフドラゴンが、殺されたっ!?」
「しかも、首を捻って殺すなどとは! そんな恐ろしいことができるのは、天空におるといわれる巨人族だけではないか!」
「あ、ああ……! まさか巨人族が降臨するだなんて……! これは一大事じゃぞ! 今すぐ正規軍を投入して事に当たらねば、この国は滅んでしまうぞ!」
世紀末的パニックに陥る法廷に、高く振り上げられた断槌が打ち降ろされた。
……ガァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
衆目はふたたび、その音の主である壇上に戻る。
「ふぅ、静粛に。巨人族の出現は由々しき問題ですが、この場はそれを論議する場所ではありません、現在審理されている裁判に早急に判決を下し、対策本部を設立しましょう」
この非常事態にも、少女はつとめて冷静だった。
そしてその氷のような視線は、ふたたび少年に向けられる。
「さぁ、これであの山にはグリフドラゴンがいたことが証明されました。ネクロー無等兵は、なぜそれを隠していたのかしら?」
少年は、いつの間にかうつむいていた。
自分がしたイタズラがバレ、飼い主に怒られると悟っている猫のように、決して顔をあげようとはしなかった。
「いちおう言っとくけど、これはネクロー無等兵にとって、最後の弁明のチャンスよ。それすらもいらないというのであれば、結審するわね」
少年はそこまで言われてようやく、観念したように面をあげる。
そして、飼い主の機嫌を伺う犬のような声で、一言……。
「ま、まさか、こんなに大騒ぎになっちゃうだなんて……」
彼は、知る由もないだろう。
これから先、何度もこの言葉を口にすることになろうとは。
「もしかして、殺しちゃダメなヤツだったんですか?」