21 野外戦闘実習終了
『カルフール王国立 第四騎士中学校』の野外戦闘実習は、予定よりかなり早く終了した。
開催地である『お漏らし山』は、まさにお漏らししたかのような、上を下への大騒ぎ。
なにせ、狩りに出かけたはずの生徒たちが、逆に狩られてしまったかのように、山から転がり逃げてきていたからだ。
戻ってきた彼らは、着の身着のまま。
颯爽と乗って出かけていった、最高級の騎士たちは影も形もない。
麓で彼らの帰りを待っていた引率の教師は、なにがなんだかさっぱりわからなかった。
なにせ生徒たちは一様に、三途の川を渡りかけたような表情で、「白い死神に襲われた!」と泣き叫ぶばかりだったから。
それだけではない、4名もの生徒が高い所から落ちて怪我をしてしまい、タンカで運ばれる。
全員、股間がしとどに濡れており、魂を抜かれたような抜け殻となっていた。
そして、寿命が削り取られたように混乱していたのは、無垢なる少年少女たちだけではない。
死刑囚たちも生身のまま山から下りてきて、「巨人が来たんだ!」と泣き叫んでいた。
さんざん悪事を尽くしてきて、怖いモノなしとされている極悪人たちが、少年少女たちと同然に恐怖に縮み上がっていたのだ。
そんななか、山に出かけていった時の、寸分かわらぬ様子で戻ってきたのは……。
他ならぬ、あの白い墓標であった。
サンタクロースがやって来たような、シャンシャンとした鈴音を響かせ、麓まで降りてきたネクロー。
大騒ぎになっている者たちを、コクピットのモニターごしに、キョトンと見つめていた。
――みんな、あんなに慌ててどうしちゃったんだろう?
死神とか、巨人とか言ってるけど……?
少年は、すぐに合点がいった。
――そっか、軍法会議のときにも、巨人が出ただけでみんなも大騒ぎしてたな。
都会じゃ巨人が珍しいんだよね。
それに田舎の墓地にいた頃は、死神もしょっちゅういたけど……。
こっちじゃ死神も珍しいのか。
ジッジが言ってた。
墓地のまわりには当たり前のようにいるサルやイノシシは、都会じゃ珍しいって……。
巨人や死神も、そのサルやイノシシみたいなもんなんだろうなぁ。
この場で誰よりも無垢な少年は、ひとりでさっさと魔導トレーラーに乗りこむ。
みんなの帰り支度がすむまで、膝を抱えてちょこんと座り込んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そしてネクロー少年、帰還するなり、二度目の軍法会議に……!
「今回は殺してませんよ! むしろ僕なんかじゃ、手も足も出ませんでした! さすが騎士を目指す人たちだけあって、とんでもない強さですね!」
審問官は、前回と同じくポインポイン准将。
「ふぅ……。当たり前でしょう。でもあなたが供述すべきことは、遠足帰りのような感想ではなくて、山でなにを見たのかということよ」
「えっ、なにを見たか? そういえば他のみなさんは、巨人とか死神を見たと言ってました!」
「そう、それよ。それをあなたは見ていないの?」
「いいえ、なにも! 巨人や死神なんて田舎育ちの僕には珍しくないですから、いても気付かなかっただけなのかもしれません!」
「ふぅ……。巨人や死神が珍しくないだなんて……相当脳がやられているようね。でもこれで、我が軍部の『仮説』が正しいことが証明されたわ」
「えっ、仮説?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ところかわって、『カルフール王国立 第四騎士中学校』の校長室。
室内にいたのは校長のほかに、教師陣と、野外演習に参加した生徒たち。
初老の女校長が、穏やかな口調でみなに説明していた。
「さきほど、軍部からの報告がありました。『お漏らし山』には、何千年かに一度の割合で、間欠泉から脳を麻痺させるガスが噴き出すことがあるそうです。みなさんが見たという死神は、そのガスが見せた幻覚だったのでしょうね」
報告を聞いた生徒たちはざわめく。
その中で、真っ先に意義を唱えたのは、優等生のフルールルであった。
「待ってください、校長先生! 私はたしかに白い墓標が、グレフくんたちをやっつけるのをこの目で見たんです!」
生徒たちの集団から、少し離れた所にいたグレフが、チッと舌打ちした。
グレフと彼の取り巻きたちは身体じゅう包帯まみれで、まだ怪我が完治していない。
松葉杖がないと歩けないほどだったので、彼らだけはソファに座って参加していた。
気の毒なクラスメイトを、フルールルはチラと一瞥してから続ける。
「グレフくんたちは、グラシアスさんを人質にして、私に服を脱ぐように言ったんです! それを白い墓標が助けてくれたんです! 白い墓標はみんなが言うように、死神みたいに強くて……。グレフくんどころか、軍用機のコダヌくんまで、ぜんぜん相手になりませんでした!」
フルールルは、あの時の興奮がぶり返してきたようにまくしたてる。
校長は落ち着かせるように、彼女の肩に手を置いた。
「落ち着いて、フルールルさん。やっぱりそれも、ガスが見せた幻覚なのです。だって、考えるまでもないでしょう? 墓標というのは、躓いただけで大破してしまうような、とても脆くて弱いゴーレムよ。軍用どころか、普通の騎士にだって勝つのは不可能だわ。そのことは優等生であるあなたも、よく知っていることでしょう?」
まったくもってその通りだったので、フルールルは言い返すことができなかった。
「今回の野外演習において、みんなの乗っていた騎士は、フルールルさんのものを除いてすべて大破してしまったわ。そんな芸当を、墓標ができると思う? それだったら、フルールルさんがみんなを大破させたと考えるほうが、まだ説得力があるでしょう?」
「そ、そんな!? 私は……!」
「わかっているわ。いくら剣技に自身があるあなたでも、20台もの騎士を大破させるのは無理だってことが。それどころか、クラスメイトに大怪我をさせるだなんて……。コダヌくんなんて、いまだに病院のベッドにいるくらいですから」
まるで自分が責められているかのように、しゅんと肩を落とすフルールル。
女校長は、励ますように微笑んだ。
「でも私は、なにもかもがガスのせいだと言うつもりはありませんから、安心して」
「えっ?」となるフルールルをよそに、女校長は厳しい表情で視線を移す。
その先には、例の問題児が……!
「……グレフくん。あなたがグラシアスさんを人質にとって、フルールルさんに服を脱ぐように強要したのは、本当なのかしら?」




