20 情熱的な挨拶
グレフ少年の前に突きつけられた、白き墓標からのテキストチャット、それは……。
K i l l Y o u …… ! (お前を殺す……!)
たったの7文字であったが、まるでガン告知のような、絶大なるインパクトがあった。
いいや、そんな抗う余地のあるような、生やさしいものではない。
完全なる、死のメッセージ……!
しかも『人間絶対殺すマン』として名高い、死神からの宣告……!
「ひっ……!? ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ショックのあまり、気が触れたようにコクピットでのたうち回るグレフ少年。
もはや逃げるどころではない。
操縦すらもあったものではなく、暴れた拍子にメチャクチャにレバーを動かし、駄々っ子のようにペダルを踏んでいた。
まだ何もされていないというのに、殺虫剤をかけられた虫みたいにわしゃわしゃともがく機体。
さわるものみな傷付けてきた不良少年も、灰狼のような威圧的デザインの騎士も、もはや見る影もない。
しかし、迫り来る死神はそうは思っていなかった。
「……まったく、やられたフリなんかして……。弱すぎて、相手をするのが嫌になっちゃったのかなぁ……」
ネクローからしたら、自分は相手に完全に子供扱いされていると思っていた。
よくチャンバラごっこなどで子供が斬りかかると、大人が「うわぁ~」とやられたフリをしてくれるが、まさにソレをしているのだと思っているのだ。
ネクローも、やる気ゼロの相手にダウン攻撃をするわけにはいかない。
「お願いだからちゃんと起きて、僕の相手をしてください!」
這いつくばるグレフ機に向かって手を伸ばす。
それは助け起こそうとする救いの手だったのだが、迫ってくる手のひらに、グレフ少年は心臓をわし掴みにされたかのように、完全に肝を潰してしまった。
「ひっ……!? ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
……どばしゃあっ!
グレフ機の頭上に浮かび上がっているフェイスに、黄色い液体がぶちまけられる。
「なんだろう、あれ」とネクローが思った次の瞬間、
……ドバシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
グレフ機のキャノピーが爆散。
「たっ……たすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
緊急脱出装置で射出されたグレフが、悲鳴と黄金の液体を打ち上げながら、天高く消えていった。
それでようやく、ネクローも合点がいく。
「なんだ、あの人……トイレに行きたかったのかぁ……! それなのに引き留めちゃって、なんだか悪い事したなぁ……」
コクピットの中で、ガックリと肩を落として反省するネクロー。
機体であるフォゴも、猿のようにうつむいて反省しているのだが、傍から見ればそんな殊勝な態度には見えなかった。
「「ひ……ひいっ!?」」
残されたフルールルとグラシアスは、次は自分たちの番かと引きつれた悲鳴をあげる。
「あ、そういえば……まだふたり、残ってたんだった」
……シャンッ……!
鈴なりのような澄んだ音を立てながら、フォゴを方向転換させるネクロー。
なおも開けっぱなしのフルールル機のキャノピー、そこにはふたりの少女が下着姿で抱き合っていた。
ぬうと覗き込んできた白い墓標に、グラシアスはとうとう泣き出してしまう。
フルールルはグラシアスを胸に抱いたまま、キッと気丈な上目遣いを向けた。
そのリアクションに、死神少年の反応はというと……。
「メガネの女の子は、僕があまりに弱いからって、泣くほど同情してくれてるんだ……。もうひとりの女の子は、僕があまりに弱いからって、睨みつけてる……。他人である僕が弱いからって、泣いたり怒ったりしてくれるだなんて……。都会のゴーレム乗りっていうのは、こんなにも真面目にゴーレムと向き合ってるんだなぁ……」
少年は、へんなふうにポジティブであった。
「待てよ、もしかしたら胸を貸してもらったから、僕をもう弟子みたいに思ってくれてるのかな? 都会の人は冷たいって、ジッジが言ってたけど……案外、そうでもないのかなぁ?」
少年は、未熟な自分に稽古をつけてくれた彼女たちに、なにかお礼をしたいと思った。
「といっても……僕は何も持ってないしなぁ……。あ、そうだ!」
コクピット中でぽんと手を打ち鳴らすと、操縦桿にあたる水晶球を指でなぞる。
……ぐぉぉ……!
白い墓標が、すくいあげるように両手差し伸べてきたので、少女たちは抱き合ったまま後ずさる。
「な、なに……? なんなの……!? いったい私たちを、どうしようっていうの……!?」
鳥肌が立つほどに戦慄するフルールルと、もう声にならないわめき声を、わあわあとあげるグラシアス。
次の瞬間、
……ぶわああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!!
差し出された墓標の両手から、色とりどりの花が、洪水のように溢れだしたっ……!!
それがあまりにも、予想外なモノだったので、
「えっ!? えっえっえっえっ!? えええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
豆マシンガンをくらった鳩のような表情になる、フルールルとグラシアス。
手のひらから湧水のようにあふれる美しい花々で、あれよあれよという間にコクピットは埋め尽くされてしまう。
極彩色の山に埋もれ、顔だけ外に出している少女たちは、人間に恐れて花の中に隠れた妖精さながらであった。
しかしその表情からは、怯えが消えていた。
グラシアスはなおも不安そうであったが、フルールルは泣いたカラスが笑うように顔を明るくする。
「うわあ、素敵っ……! こんな綺麗なお花、初めて見た……!」
フルールルは身の回りを花でいっぱいにするほどに、花が大好きだったのだ。
しかも見たことのない花ばかりだったので、まるで初めてケーキバイキングに来たかのように目を輝かせている。
血の気が戻った少女たちの顔に、ネクローもひと安心。
「よかった、喜んでくれた。ジッジが女の子は花が好きだって言ってたけど、本当だったんだ。それに花を出す技能を持っているのは、墓守の墓標だけだって言ってたけど……。こんなに珍しがってくれるってことは、それも本当みたいだ」
墓守の墓標は、管理している墓地に花を供えるため、花を出せる技能を持っている……。
それはネクローにとっての常識であったが、この世界では非常識。
まさか手から花を出すゴーレムがいようなどとは、ふたりの少女は思ってもいなかった。
「ねえ、グラシアスさん、この墓標、悪い子じゃないみたい。ちょっと怖くて、とっても強いけど……すっごくやさしい! まるで、この山の守り神みたい……!」
すっかり心を許してしまったフルールル。
そんな彼女の前に、例のチャットウインドウが再び現れる。
先ほどは死刑宣告をしたその窓に、フルールルの表情が再び硬くなった。
月の光に照らし出されるように、ゆっくりと文字が浮かび上がる。
その意外なる文言に、少女は思わず目を見開いてしまった。
彼女の大きな瞳に映っていたのは、なんと……!
『 I’ll never let you go.(お前は、誰にも渡さない)』




